#40 昔やんちゃしてた

「アメリカにある1号機だけでなく、EUの2号機もだ。どうやらうちの社員は自由に憧れる者が多いようだ」


「なぜそう我々に易々と話す?」


 ダニエルがオーウェンに問う。


「逃す気がないから、ですね。それにさっきも言ったように危害を加える気は毛頭ない。集めた理由は知性の保存が目的でもある。外のことがわからなくなる分今押さえておこうかと思いましてね」


 オーウェンはこちらの動きを気にする様子もなく、壁に埋め込まれているスクリーンの方へ移動した。


「ああ、そうだ。あなた方が知らない“モリグナ”の一面を教えてあげましょう。ハッキング機能を導入することができまして、その状態で世界規模のネットワークに接続すると、自国どころか他国の機能を奪うことができるんですよ。ロシアと中国にも無人兵器があるそうで、すでにそれらは奪取してくれましたよ」


「ただの泥棒ね」


 楓のその一言が引っかかったのか、オーウェンは眉を釣り上げて笑った。


「泥棒?何も知らないのによくそんなことが言えますね。まあ、なんと言われようと構わない。あなた方には事態を解決することができない。もうすぐ時間だ。最高指導者の言葉を全世界に伝える。全世界のスクリーンを奪うのなんて“モリグナ”にかかれば造作のないことだ」


 オーウェンはスクリーンの電源をつけ壁に背中を預けた。


「そんな勝手なことはさせないぞ。いくら恩師だとしても」


 ダニエルがオーウェンに詰めかけ、殴りかかろうとした。しかしそれは乾いた破裂音とともに阻まれた。ダニエルは右腕を押さえて後ろに倒れこんだ。オーウェンが拳銃を向けていた。


 楓たちはダニエルのもとへ駆け寄った。ダニエルは痛みに喘いでいたが、傷は命に関わるほどではなさそうだった。楓はオーウェンを振り返り、怒りに満ちた表情を向けた。


「なんてことを……」


「変な真似をしなければと言ったでしょう。皆さんわかりましたか?次は警告じゃ済ませない」


「真美、社長をお願い。ハンカチとかで傷口を押さえて。……健、あっちの腕って鈍ってない?」


 楓は真美にハンカチを渡して指示した後、健に囁いた。


「おい、冗談だろ?」


「この状況でそんなこと言えるわけないじゃない。で、どうなの?」


「まあ、大丈夫だと思うが」


「黒服は6人。じゃあ3人ずつね。私が黒服に走り出すからオーウェンを気絶させて」


「おい、それじゃお前が危ないだ──」


 健が言い終える前に黒服たちに向け走り出した。オーウェンが楓に気を取られ拳銃を向けた。


「くそっ……!」


 健は悪態をつくと、オーウェンへ走り拳銃を弾き、勢いに任せて鳩尾に肘をめり込ませた。


「くかっ……!」


 オーウェンの力が抜け、その場に崩れ込んだ。


「おい、あんたらも男だろ!?こいつを押さえてるかあいつらに反抗しろ!」


 健は、立ち尽くしているスーツに身を包んでいる肩書きだけの男たちに叫び、自身は黒服たちに向かっていた。男は互いに顔を見合わせたあと、急いで何人かはオーウェンのもとに行き、何人かは黒服のもとに走り込んでいった。


 黒服が楓を羽交い締めにしているところへ健たちが殴り込み、楓が解放される。黒服が散ったところで、各個撃破に移る。楓は巨漢の黒服の懐に潜り込み、股間を思いきり蹴り上げる。怯み、少し屈んだところで回し蹴りを頭に食らわし、鳩尾にヒールの蹴りを叩き込む。さすがの黒服も耐えきれず倒れこむ。


「ごめん。恨みはないの」


 そう言って横顔を蹴って気を失わせた。楓は振り向き、ざっと戦況をみる。健はすでに1人を倒した。他の4人の黒服は男たちと取っ組みあっている。こちらが圧倒的に劣勢。押されてる。拳銃を持ってか持たずか、使わないだけまだましか。


 楓は取っ組み合ってる黒服の後ろから膝に蹴りを叩き込む。が、ほとんど体勢を崩さない。


 やだ、さすがに硬いじゃない。


 黒服が楓を見たタイミングで、男が自身のジャケットで黒服の顔を包み、全力で締める。それに乗じて楓はもう一度膝を蹴る。気を取られていたのか今度は倒れこむ。そして首筋に手刀を叩き込む。黒服はゆっくりと倒れた。


 息が上がり、身体中が痛む。


 歳ね。


 辺りを見渡す。立ってる黒服は2人。片方は健たちに任せる。リーダー格と思われる黒服が、男の1人をねじ伏せた。


 楓はその黒服にタックルし気を引く。黒服は楓を器用に床にねじ伏せ、懐から拳銃を取り出した。


 え、嘘……。


 楓は目の前の状況に対し思考が一時停止した。


「カエデ!」


 健が叫び、拳銃をむける黒服のもとへ走り出したが、間に合いそうもなかった。


 銃声が部屋に響き渡った。


 健は立ち尽くし、楓たちの方を見ていた。黒服が頭から血を流して倒れた。


 健はゆっくりと銃声のなった方を見た。真美が震える手で拳銃を構えていた。オーウェンが持っていたものだった。


「……わ、私、ひ、人を、人を……」


 真美は拳銃を落とし、膝から崩れ落ちた。男の1人が真美に駆け寄ってそれを受け止めた。


 楓は返り血を浴びた体を起こした。


「真美、大丈夫。あなたは自分の身を守っただけ。いいわね?」


「は、はい」


「皆さん、大丈夫ですか?」


 楓は部屋を見渡して言った。


 部屋では6人の黒服とオーウェンが倒れていて、健と真美とダニエル、そして9人の勇敢な男たちがいた。皆、満身創痍であった。


「ありがとう、手伝ってくれて」


「いいんだ。俺たちも男だからね。女性ばっかり危険なことはさせられないよ。オリバー・ブラウンだ。よろしく」


 男の1人が、オリバーが楓にそう言った。


「そ、それよりあなた方は何者なんですか……?」


 真美が震えながら楓に聞いた。楓は息を切らしている健を見たあと、


「昔やんちゃしてた」


 とだけ言った。


 すると、男の誰かがスクリーンを指差した。


「あれを」


 スクリーンには初老の白人が映っていた。


 楓はふと時計を見た。19時。グリニッジ標準時では新年を迎える時間だった。

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