#30 演習

 ミーティングの後、食事を終え部屋に戻ると、カトーは二段ベッドの下段に座り、同室で上段にいるニックに話しかけた。


「なんでこの時期に小隊同士で訓練なんかするんでしょう」


「さぁな、気まぐれじゃねぇーか?」


「気まぐれで訓練を決められても」


「まぁな。ま、あの人のことならなんか考えがあるんだろ」


「……あの戦闘狂にですか」


「お、恨み節?」


「茶化さないでくださいよ。なんであんな人が部隊のトップにいるんですか。英雄だか悪魔だか知らないですけど、ただ戦いたいだけみたいな人の下で信念掲げてやってる方が馬鹿らしくなる。合法的に人を殺したいだけじゃないですか」


「生と死の境に立って、ようやく生きてることを実感するひとなんだろな。あの人」


「……ただの人殺しだ」


「俺たちだって変わんねぇよ」


「間違っているものを正しているだけです。一緒にしないでください」


「わかる日がくるさ……そう遠くない日にな」


「何言ってるんですか、もう……先に寝ますね……軍曹?ニック軍曹?」


 返事が返ってこず、カトーは上の段を覗いた。するとすでにニックからは寝息が聞こえていた。もう寝てしまったらしい。


「……おやすみなさい。軍曹」


 ニックは部屋の電気を消した。


 翌日、小隊同士の訓練が始まった。a小隊とb小隊の戦闘が1番最初だった。カトーたちはそれを観戦していたがその勝負はものの数分でついた。b小隊が全機被弾、ペイントまみれになった。a小隊は無傷だ。ここは森林を想定した数キロ単位の広さを誇る演習場、ひらけた場所での接近戦とはわけが違う。数分で決着がつくとは思ってもみなかった。しかし、その戦闘でわかったことがあった。


「チャドさんが高台から狙撃か……。レイノルドさんとカイラさんの2人がキルゾーンまで追い込んでチャドさんと大隊長でとどめを刺してる。索敵の要のチャドさんがいる限り確実に攻撃される」


 アンシュが低い声で分析した。それに対しウィルソンが付け足した。


「乱戦にでも持ち込みますかね?」


「乱戦?それなら大得意っすよ!」


 ニックがウィルソンの提案に乗って叫んだ。


「相手が同じ作戦で来るとは限らないですけど……それならこういう作戦でいきましょう」


 アンシュは3人を近くに呼び、自身の作戦を話した。


「……なかなかのことを考えますな、隊長」


「一歩間違えば一瞬で崩壊しますよ」


「俺がうまくやればいいんだろ!問題ない」


「なんにしたってただ負けるよりは試したいことをやってみるだけだ。これでいこう。よし、じゃあ各自装備を整えて」


『……よし、準備ができたようだな。それじゃあ次はc小隊だ。隊の初期位置はランダムで決まり、お互い相手の位置はわからない。制限時間はあってないようなもんだ。焦って死ぬなよ』


 ジェイコブが全体通信で呼びかけた。


『両隊、作戦開始』


『いいね、作戦通りだよ。左手の高台に注意して』


「了解」


 4機の“クシャトリア”はそれぞれ前方に胴体を容易に隠すことのできる大楯を掲げて扇状に散開した。


『知っての通り、頭部には中破相当の当たり判定がある。気をつけて』


 その後、1番最初に会敵したのはニックだった。ニックの進行方向から見て1時の方向から攻撃を受けたのだ。その攻撃は盾にあたり、被害はなかった。


『会敵!作戦通り行く!』


 ニックが叫び、盾を地面に突き刺した。横の一面を木で覆うことにより、敵から射線は実質2方面に限られる。それがアンシュの作戦の1つだった。


『詰められる前に詰めるぞ!自分がニックに向かう。2人は回り込んで』


 アンシュが支持を出し機体を走らせ、ニックのもとに行くと彼もまた盾を突き刺し、射線を塞いだ。これで射線は1つ。塞いだ後、アンシュは陣地から出て別の木で敵の予測地点からの射線を切る。


『敵、捉えました!』


 ウィルソンが敵を捉えたと報告した。


『攻撃開始!』


 ウィルソン機は敵に狙いを定め、一撃必中の意を込めて撃ち放った。敵がウィルソン機に気づき武器を構えたが遅かった。弾丸は敵機の腹部に命中し、大破判定を与えた。


『1機大破』


「よし」


 思わずカトーは拳を握った。なんとか自分も活躍しなければ。


『……くっ!!』


 通信に苦痛にも似たウィルソンの声が入った。


『敵の攻撃を食らっている。注意がこちらに逸れた。盾で受けているが回り込まれる。救援を』


『カトー!』


「了解……!」


 ウィルソンのもとへ駆け出した。この際姿がバレてもしょうがない。あと少しでウィルソンのところへ着くというときに目の前に敵の姿があった。すでに回り込まれていたのだ。ウィルソンを餌に罠にかけられた。救援に来た味方を潰すために。


 カトーは急いでその敵をロックし、撃った。しかし、敵は一旦右脚に体重をかけ一気に左へ跳んだ。それにより自動照準の未来点とずれが生じ、弾丸が敵に当たることは無かった。


 なんとか敵に食らいつこうと何度も撃ったがほんのわずかな挙動で未来点をずらされ一度も当たることはなく、後ろに回り込まれて膝を蹴られて跪いてしまった。


『惜しかったな坊主』


 接触通信。聞き覚えのある声。大隊長ジェイコブ・ミラーだ。


『筋は悪くないがコンピューターに頼りすぎだ。お前のことは前から噂で聞いてるよ。大義があるんだか知らないが、実戦においてそんなものは役に立たん。生きるか死ぬかだ。戦闘狂と言われようが何だろうが、俺が戦う事でお前ら大隊の隊員が生き残る。大義なんかより、まずは生きていることに感謝することから始めるんだな。それができなきゃ正義や大義以前に人として死んでるよ。独りよがりの正義は自分だけじゃなく味方も殺すぞ』


「何でそれをここで言うんです」


『逆にこういう機会じゃないと、呼び出したみたいで悪いからな。それと動きも見たかったんでね。アンシュの活躍を眺めたりして』


「早く殺ってくださいよ」


『そう焦るなよ。気づいていると思うが坊主は罠なんだから』


「次は負けない」


『その言葉を待ってた。俺を倒せるようになったら酒でも奢ってやるよ。言い分も聞いてやる』


 カトーは意を決して、通信で叫んだ。


「俺ごと敵を撃ってください!早く!」


『お、言うなぁ、坊主。ウィルソン曹長はやられたか。するとあとはアンシュとニックか。じゃあな坊主。楽しかったぜ』


 ジェイコブはカトーから離れ、駆け出した。まだ判定は出ていない。カトーは素早く動くジェイコブ機をマニュアルで狙いを定め、そして撃った。その前に銃が狙撃され照準がずれた。ジェイコブ機が振り返り、カトー機に向けて2発撃った。胸部と腹部にそれぞれ当たり、大破判定を受けた。カトーは力なく笑った。乾いた笑い声だった。


 遠くから銃声が聞こえる。やがて銃声はやみ、通信からジェイコブの声が聞こえた。


『状況終了。a小隊の被害はカイラ機が大破、その他の被害なし。c小隊の被害は全機大破。以上』

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