第1章 8・9月─開戦

リアン編

#1 初陣─①

 8月15日、リアンは宣戦布告を静まりかえる兵舎の食堂で聞いた。ある者はそれを聞いて声を上げて拳を突き上げ、ある者はこれから訪れるであろう自らの死に対して涙し、ある者は静かに様々な感情が入り混じる人の群れを見渡した。


 リアンも群れを見渡した1人だった。大きな戦争なんて、今までも小競り合いがあったんだからいずれするであろうと思っていたし、徴兵された時点(正確には徴兵された後職業軍人になると決めた時点)で『死』なんてものを考えるのはやめていた。だからこそ、もう戦争が始まるのか、お偉いさんたちは仕事が早いな、程度にしか思わなかった。


 だが、ルームメイトであるロンから「ようやく実戦だぞ。俺たちの実力を中国の奴らに見せつけてやろうぜ」と言われたとき、微かに高揚した。今まで培ったものを見せつけてやりたい、そう思った。


 開戦から1週間経った今でもその思いは変わらない。国境線の密林地帯に張り付いて相手の動きを探ってる今でもだ。


 しかし、陸での戦闘は未だ起きていない。インド海軍から(ベトナムにそんなものを運用できる人材はいないはずなのだが)貸与された空母打撃群と中国の空母打撃群による小競り合いばかりが起きており、国連は非難するばかりで国連軍を派遣してこないそうだ。もしここでベトナム側から攻め入れば国連がすぐにでも軍を派遣してきて勝ち目がなくなるだろう、とのことらしい。つまり、向こうから攻めてこない限り陸での戦闘は起こらない。


「暇だな」


 後部座席に座るロンが話しかけてきた。多くのヒューマーは単座式なのだが、今乗っているロシア製の『アフランニク』は主な任務が偵察であるため一回の出撃が長時間にわたるからといってタンデム式を採用している。少しでも負担を減らすためらしい。


「今は任務中なんだから静かにしときなって」


 リアンが窘める。


「いいだろ。敵こないし、もう3時間近くこのままだしさ。それに無線も入ってない」


 ロンが悪びれた様子も見せず手を頭の後ろで組んだ。


「相手に動きがあるか探るためなんだから、来ないっていうのも立派な情報だよ」


「……やっぱりすることないじゃん」


「……まあ、たしかに空の偵察機みたく操縦することがないからね。座って計器とモニター見てるだけだし」


「早く攻めてこないかなぁ……」


「ロン、生まれ故郷が戦火に巻き込まれてもいいのか?それに、こっちは2個小隊しかいないんだぞ。本気で攻めてきたらすぐにやられる」


 そうは言ったものの、リアンもまた、早く戦ってみたいと思っていた。だが、それを言ってしまえば、ロンが何をしでかすか分からないため、否定の立場をとったのだ。とはいえ言ったことに嘘はない。攻めてこられたら持ちこたえる自信までは持っていない。


「まあな。しっかしなんで2個小隊だけなんだろうな」


「お偉いさん方が中国はまだ本気で攻めてこないとか思ってるからじゃない?」


「だからって『アフランニク』はそこまで戦闘力高くないのによ、たった6機じゃ……」


「仕方ないさ。戦闘力は高くないけど、こいつ単体でかなり広い範囲をカバーできるんだから」


「やっぱりそうだよなぁー、各機それぞれが各種センサー積んだドローン群の親機だもんな」


「そうだろ?だから仕方ないの。わかった?……あれ、ロン?」


 返事がないのでリオンが後ろを振り返ってロンをみて、彼は思わずため息をついた。ロンは目を閉じていびきをかいていたのだ。


 たしかに自分だって退屈だとは思う。でもいくら退屈だからといっても、今は戦争中。それも、相手が目と鼻の先にいるという最前線であるというのに、彼には緊張感というのはないのだろうか。一周回ってその胆力に感心してしまう。


 そう思う彼の、膝の上に置かれた指は一定のリズムを刻んでいた。彼もまた、ある種の余裕をもっていたのだ。


 敵はやってこない、と。

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