第八章 白藤銀次は剣を振るう(3)
気配の方向に走っていく途中、わらわらと湧いていた有象無象のX達を叩き潰す。通行人の気配は殆どない。無事に逃げていればいいのだが。
力の強い気配は、いつかと同じ倉庫にあった。
「犯人は現場に戻るってな」
ふんっと鼻で笑うと、ドアを開ける。
「こんにちは、銀次さん」
案の定、優里がそこに居た。いつもと同じ、完璧なメイド姿で。
そしてその隣に佇むXの姿に、銀次の足が止まる。
「驚きました?」
優里の隣に佇むXは、他のX達とは違っていた。他のX達が元になった動物達に依拠した姿であるのに対して、そこにいるXは人型に近かった。
というか、
「黒い、メタリッカー?」
自分の姿の、色違いと言えた。
「鈴間屋拓郎が残した実験体です。ある意味、彼の最高傑作ですね」
優里が淡々という。
「最高、傑作?」
自分に欠陥があるとするならば、鈴間屋拓郎からみて欠陥があるとするならば、それは未だに体内のXに体を乗っ取られていない、ということだ。
と、するならば、
「人を、実験体に使ったのかっ」
目の前のXも、人が媒介になっているはずだ。
「優里に怒らないでください。作ったのは鈴間屋拓郎です。それに、生きた人間を使ったわけではありません」
「は?」
「生きている人間だとXが乗っ取るまで時間がかかることがわかったので、死体を使ったようです」
倫理観に欠けた発言を、優里はなんの躊躇いもなく続けて行く。
「Xに襲わせて、死んだ人間を使ったんです」
「てめぇっ」
「ですから、優里に怒らないでくださいってば」
どこか呆れたように優里が言う。
「諸悪の根源は、あんただろうが!」
「まあ、そうかもしれませんが。ですが、優里は優里の仕事をしただけです」
「人を傷つけることの、何が仕事だっ」
「ですから、ご自身の星の価値観を、異星人に押し付けないでください。ああ、もう、頭に血が上った人に、何を言っても無駄ですね」
呆れたとでも言いたげに首を振りながら、優里はXに命じた。
「お話は終わり。さぁ、メタリッカーを倒しなさい」
愛おしそうに、その腕を撫でると続けた。
「これが本当に、最後の実験です」
走ってくるXを避ける。
はやい。
自分よりも。
拳と拳がぶつかり合う。
力も向こうの方が強い。
とんっと後ろに飛び、距離を取り直す。
ああ、なるほど、最高傑作、か。
その言葉の意味を思い知る。
人間の体が、人間の意思が、白藤銀次が無意識にストッパーをかけているメタリッカーと違い、すべてがXの思うままであるXは格段に強い。
このままじゃ勝てない。
デバイスを操作して、レーザーソードを呼び出す。
斬りつけようとするのを、蹴りで薙ぎ払われた。
相手は強い。だからってひいてはいけない。
さらに畳み掛けようとXに近づいたところで、
「ぐっ」
痛い。
久しぶりに感じる腹部の痛みに、足が止まった。
力の使い過ぎで、薬の効果が切れた。
今まで抑え込んでいた分も揺り戻しがくる。
押さえつけられていた銀次の中のXが、自由気ままに動くXを見て不満の声をあげる。俺も外に出せと、もっと自由にさせろと。
暴れている。
痛みが上に這い上がって来る。
ざわり、と心臓の方に何かが触れたような痛みが走る。
これ幸いと襲いかかってくるXの攻撃を、床を転がるようにしてかろうじてかわす。
痛い。
意識が飛びそうになる。
からり、と手からレーザーソードが落ちた。
「あらあら。意地をはるのは、およしになったら? 銀次さん」
優里の声がする。
耳元に、いつかの鈴間屋拓郎の笑い声が蘇る。
確かに、意識を手放してしまえば楽になれるだろう。そう思う。
痛い、痛い、痛い。
「うっ」
だけれども。
意識を手放してしまったら、それこそ向こうの思うつぼだ。優里が理想のXを二体手に入れることになるだけだ。
そんなことになったら、地球はどうなる? アリスは?
震える手を伸ばして、レーザーソードを掴み直す。
壁に寄りかかりながら立ち上がる。
だから、俺は。
Xの攻撃を、レーザーソードで受けた。
衝撃に体が震える。痛みが増す。
それでも。
「俺はっ、帰るんだっ」
ぐっと力を入れて、レーザーソードを握りしめる。
痛みで集中力が切れそうになるのをごまかしながら、意識をレーザーソードに集中させる。
「俺はっ、お嬢様の、運転手だからっ」
不安そうな顔をしながらも送り出してくれたアリスのことを思い出す。
世間を敵にまわすような発言をしてまでも自分のことを気遣ってくれたアリス。
彼女の思いに応えなければいけない。
帰らなくちゃいけない。
「負けるわけにはっ、いかないんだっ!!」
吠える。
優里が驚いたような顔をしているのを視界の端に捉える。
優里の星の実験とやらが、どんな高尚なものなのかは知らない。一人知らない星にきて、せっせとやってきた実験がどんなに大変なものかは知らない。
そんな優里に利用された、鈴間屋拓郎の妻への思いがどんなもんだか知らない。世界中を敵にまわしても、世界全てを失っても、鈴間屋美里を生き返らせたいという、鈴間屋拓郎の思いがどんなものだかは、知らない。
だけど、これだけは言える。そんなものに、自分のアリスへの思いは負けないっ。
「これでっ、終わりだぁぁぁ」
大声で痛みを追い払うと、レーザーソードを振った。
「メタリッカースーパークラッシュっ!」
ざんっと音をたててXを斬る。
少しの間のあと、Xの体が塵となって消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます