第八章 白藤銀次は剣を振るう(2)
ここで全ての決着をつけてやる。これが最後の変身だ。
そんな思いでメタリッカーとなる。
あちらこちらにXの気配を感じ過ぎて、些か気持ち悪い。薬で抑えるにも、限度がある。
気配を数えようとして、うんざりしてやめた。意味がない。
いつもの見慣れた駅前通りが、逃げ惑う人々と、大量のXで阿鼻叫喚の地獄絵図となっている。
X達はどうやら建物の中にも入っているらしい。
これらから全ての人々を守るのは難しい。
それでも、出来るだけ被害は少なくしたい。そうした方が、アリスの心の負担が少ないから、だ。もちろん、自分自身にも。
どこかの制服を着た女子高生に襲いかかろうとしているXを蹴りとばすと、そのすぐ近くでショーウィンドウを破壊してケーキ屋に入ろうとするXの頭を掴んで地面に叩き付ける。
近くにいるものから、人を襲おうとしているものから、目についたものから、片っ端から倒していく。
出来るだけ力は温存したい。だからレーザーソードは使わないようにしよう。
そうは思っていたが、素手だけではなかなか埒があかない。
「スパイラルキック!」
一体粉砕。
着地すると同時に迫って来た一体へ頭突き。倒れたそれにさらに攻撃を畳み掛けようとする、が別のところからもう一体が飛んで来る。
それを避けて、殴り飛ばす。
「くそっ、次から次へと!」
お前等はゴキブリかっ!
四体を一度に相手にするはめになる。
アッパーを喰らわせて、とんでくる攻撃を避けて、さらに蹴り倒して。
埒があかない。
レーザーソードで一掃したようかと思っても、次から次へと来る攻撃を避けて、突き放すのが精一杯でレーザーソードをなかなか呼びだせない。
両手を使って二体をつきとばすと、この隙に、とデバイスを操作する。
その瞬間を狙ったのか、どこからともなく五体目が現れた。
あと少しなのにっ。
五体目の攻撃を避けて、体勢を崩す。
ふらりとよろけたところに、別の一体の攻撃が降ってきた。
体が傾いでいくなかでは、体勢を変えることができない。
ヤバい、避け切れない!
そう思ったとき、どこかから銃弾が飛んで来た。
そしてそれを受けて、Xが倒れた。
……倒れた?
銃弾は効かないはずでは?
疑問が胸を過るが、余所見をしている場合ではない。
途中だったデバイスの操作を終え、
「レーザーソード!」
を呼び出す。
そして、
「メタリッカークラッシュ!」
その場にいた全てのXを薙ぎ払った。
新たなXの出現がないことを確認すると、ひとまず息を吐く。
でもまだ向こうのほうに気配がする。いかなくては。
その前に、さっきの銃弾は一体どこから?
思っていると、
「銀次くん」
名前を呼ばれる。メタリッカーではなく、自分の名前を。
黒ずくめの格好をした、覆面をした謎の男が、銃を片手にやって来る。
しゃんっと伸びたそのシルエットには、なんだか見覚えがある。
「大丈夫ですか?」
再び発せられた覆面男の声。聞き覚えがある。
って、まさか、
「その声は、シュナイダーさんっ!? なにやってるんですか!」
それはどう考えても鈴間屋の執事長だった。
シュナイダーは少し覆面をあげて見せる。覗いたのは、やはり見知った顔だった。
「私が元軍人なのは知りませんでしたかな?」
にっこり笑って彼が言う。
「……名前以外の情報、初めて知りました」
まあ彼のことだ。過去にどんな経歴があっても今更驚かない。
「その格好は?」
「有事とはいえ、一応銃刀法違反なので身元を隠してみました」
名前呼んでいたら意味ないし、警察だって機能してないだろうに。
「まあ、あとは気分ですね」
「気分って」
真面目だけど、意外とお茶目なところある人だしなー。アリスが子供のころは、かなり本格的なサンタクロースのコスプレをノリノリでしていたっていう話もあるし。それは正直、見たかった。
「っていうか、なんですか、さっきの銃弾は。なんでXに効いたんですか?」
「塵になって消えるXをつめた銃弾です」
ぎりぎり開発が間に合ったんですがね、とシュナイダーは続ける。
「Xを倒すことができるのはXだけ。しかし、その効果は塵になって消えようとするときも残っていたんですよ」
「……そんなものも研究していたんですか」
感嘆が半分、呆れが半分で口にする。
「ええ、できることは、可能性は、すべて行うのが私のモットーです」
なんでもないようにシュナイダーが言う。よっぽど大したことだ。
「さすがですね」
「銀次くんにだけ頑張らせるわけにはいきませんよ」
他にも何人か、自衛隊出身者とかが辺りに散らばっていますよ、とシュナイダーが続ける。
ああ、確かに、少しずつXの存在が消えている。っていうか、あの屋敷にそんな自衛隊出身者とかいたのか。有能な人間を所構わず、拓郎が引き抜いたっていう話は聞いていたが。
「もっとも無理はしませんが。危なくなったら無理せず逃げろ、自分の身を第一に考えろ、というのがお嬢様の命令ですので」
「ああ、そうですね」
アリスが言いそうなことだ。そして、その方がいい。
「そのお嬢様ですが」
シュナイダーが口を開きかけたとき、ぷつっと音がして駅ビルのスクリーンの映像が乱れる。なにかのCMを流していたそれが切り替わり、現れたのは、
「お嬢様っ!?」
思わず素っ頓狂な声をあげる。
テレビ画面に写ったのは、鈴間屋アリスの姿だった。
「これがお嬢様のできることで、やることです」
全てを知っていたのであろう。シュナイダーはちっとも驚きを見せずに続ける。
「え、なんで」
「電波ジャックです」
「さらっと怖いことをっ」
どうやってやったのかも謎だし、違法行為じゃないのか?
そんなことを言っている間にも、画面に映ったアリスが話だす。
「Xに襲われて驚いているところに、さらに驚かせてしまってすみません。スズマヤコーポレーションの鈴間屋アリスです。現在、鈴間屋ではスズマヤコーポレーション所有のシェルターを開放しています。焦らず、落ち着いて向かってください」
いつもよりもゆっくりとした、落ち着いた口調でアリスが告げる。
「……シェルター?」
「元々は旦那様の趣味の産物なのですが、あるんですよ鈴間屋には」
「……なんか皮肉ですね。それを解放するんですか?」
「ええ、いざとなったらそうしよう、とお嬢様が決めていらっしゃいました。この放送も、怒られるかもしれないが、いざとなったらやる、と」
「お嬢様が?」
「ええ」
なるほどまったく、有能過ぎるのだ。
アリスがメタリッカーのことを知って二ヶ月とちょっとしか経っていない。彼女自身がXに苦しめられていた時期もある。
もちろん、ある程度はその前からシュナイダーが決めていたのだろうが、それにしたって短期間でここまで決めて行動するなんて。アリスも、シュナイダーも、鈴間屋の人間は有能過ぎる。
なんでもないただの運転手の自分だが、有能さのかけらもないが、それでもいま、ここで戦い抜こう。
「最後に」
アリスの演説は続いている。
「今、この状況で、最前線で戦う人がいます。自分の身を削ってまでも戦っている人がいます」
その言葉に、銀次はメタリッカーのマスクの奥で、大きく目を見開く。彼女は一体、何を言いだすのだ。
「だから、私は一般人が傷つくことを許しません.守られる貴方達が傷つくなんて許しません。彼に、応えなさい」
アリスがそれだけ言うと、放送は、始まったときと同じぐらい唐突に終わった。
ただ、シェルターの場所を示す地図だけが表示されている。
「……お嬢様」
銀次は呆れて呟いた。
「赤の他人の一般人にあんな言い方して。反感買うだけだろうに」
そうやって呆れる想いの一方、少し嬉しい。彼女は気にかけてくれている。自分のことを。
どこまでいっても、傲慢で我が侭で勝ち気な彼女が愛おしい。
「まったくですね。今の発言は正直、私も予想外でした。やはり、銀次くんがお嬢様をとめてくださらないと。最近ではめっきり、私の話を聞いてくださいませんから」
こんな時なのに、妙に苦々しく、そして恨めしそうな口調でシュナイダーがつぶやく。娘のカレシが結婚の挨拶にきた父親っていうのは、こんな感じかもしれない。
「そうですね、お嬢様のことはちゃんと見てないと、また好き勝手しますから。あの人は」
だから必ず帰らないと。彼女の元に。
想いを新たに誓う。
「それじゃあ、シュナイダーさん。無理のない程度に」
「はい。人々の誘導も一緒に行いますので」
頼りになる執事長に言葉を残し、銀次はかけだした。
さきほどから、一際大きな反応がある。強いXの気配がする。
ただの勘、だ。
それでも、きっと。
そこに優里がいる。
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