第七章 鈴間屋アリスは痛みに耐える(2)
シュナイダーに声をかけてから、二人で出かけることにする。そういえば、いつ以来だったろうか。顔は合わせるものの、運転手の仕事はめっきりしていなかった。
いつものように後部座席のドアをあけると、
「ね、白藤」
「はい?」
「助手席でも、いい?」
甘えた声で尋ねられる。身長差があるから、自然と上目遣いになる。
「……ドライブだから」
ほんの少し不安そうに付け加えられた言葉に、少し笑うと、
「はい、どうぞ」
助手席のドアをあけ、彼女を座らせる。
いつもと少し違う感じをうけながらも、ゆっくりと車を発進させる、
「お嬢様、どこか行きたいところとか、ありますか?」
「ないなー」
あっさり言われた。
「なんかないのー、白藤。お勧めのデートスポット的な。ドライブで行く夜景の綺麗な場所とか」
「……そんなこと、私が知っているとお思いですか?」
なんていうむちゃぶりを、と思いながらそう問い返すと、
「んーん」
無情にもあっさり首を横に振られた。
「なくてよかったなーって思った」
それから小声でつけたされる。
ちらりと横目で見ると、アリスは窓の外を見ていた。少しだけ笑っているのがみえて、じゃあまあいいか、と思い直す。
「とりあえず、てきとうに。ドライブを」
「はい、かしこまりました」
まあ、人の少ない方にでも走った方が良いかな。今だと丁度帰宅の時間になるし、などと思いながら、車を走らせる。
アリスは何も言わないけれども、それでも気まずい空気はしない。どこかここちよい。
だから銀次も何も言わず、車を走らせていた。
たまにはこんな、のんびりした時間もいいかもしれない。アリスだって、最近ずっと気をはっていたのだろうし。
そんなことをのんびりと思っていると、
「ぐっ」
嫌な感じがして、ハンドル操作を少しミスる。ふらりと車体が揺れた。
「白藤?」
アリスの怪訝な声を聞きながら、とりあえず路肩に一時停車。
腹の辺りでうずいているこの感じは、間違いない。
「……X?」
腹部を抑える銀次に、恐る恐るといった体でアリスが尋ねて来るから、ゆっくり頷く。
今日、三回目かよ、ふざけんな。
「すみませんお嬢様、行きます」
「うん」
「……お嬢様は、いかがなさいますか?」
家まで送って行けない。ここで降ろした方が安全だとは思うが、しかし人が居ない道を来過ぎた。この辺りならばタクシーを捕まえるのも一苦労だろう。それはそれで、また別の意味で危ない。お嬢様付き運転手としては、是認し難い。とか言っている場合でもないのだが。
「行く」
アリスは銀次の顔を見上げるとはっきりと言った。
「車からは降りないで待ってるから、危なくないように」
「……わかりました」
そこまで言われたら、反対のしようもない。
銀次はXの居る地点に向かって、車を走らせた。
Xは駅前の公園で暴れていた。
悲鳴が聞こえる。ああもう、だからこれ、今日三回目だぞ?
少し離れた場所に車を止めると、
「いいですか、動かないでください」
念を押してから車から降りる。まあ、彼女が一人で外に出れるとは思っていないが。
物陰に隠れると、意識を腹部に集中させた。
すると、ベルト状のデバイスが現れる。右手でデバイスの二カ所のスイッチを入れて、
「変身!」
ポーズを決めた。このモーションは必要ないんだが、気分の問題として。
ぱあっとベルトを中心に体内が光り、光が消えたときにはメタリッカーがそこにいた。
まったく、忌々しい。
人体の能力を超えた速度でXに駆け寄り、丁度今まさに通行人に危害を加えようとしていたそいつを飛び蹴りの要領で蹴り飛ばした。
「メタリッカー!!」
誰かが叫ぶ。
ここで口上の一つでも述べられたらかっこいいのだが、あいにく銀次にそんなセンスはない。あったとしても本日三回目の今、そんなことをする気はない。
熊のような形をしたXを睨む。
いくら薬が効いているとはいえ、今日三回目のレーザーソードを使う気分にはなれない。さすがにそれは躊躇う。体の中で暴れ出すんじゃないかと、不安になる。最近、薬のおかげで痛みから離れていたから、余計に怖い。
だからここは、時間をかけてでも、素手で倒してやる。
飛び蹴りの衝撃から起き上がったXに対して、連続で蹴りを加える。
公園にいた親子連れが悲鳴をあげる。
ええい、いいから早く逃げろ。やりにくくて仕方ない。
親子連れを気にしたら意識がXから一瞬逸れた。それを見逃さず、Xが銀次に向かって右手を振るう。咄嗟に避けたが、避け切れず、少しの衝撃。バランスを崩してたたらを踏む。
その隙にXは、親子連れの方に向かった。巨体に似合わず、意外と俊敏な動き。
「逃げろっ」
咄嗟に叫ぶ。
銀次の声に我にかえったのか、母親は小さな娘の手を引いて走り出す。さらに小さな赤ん坊を抱えているから、その娘を抱き上げることは出来ないようだ。
足がもつれて、娘が転ぶ。
銀次もそちらに向けて走り出すが、Xの方が早い。
しまった、間に合わないっ。
背に腹は変えられない。
「っち、レーザーソード!」
舌打ちまじりにデバイスを操作。武器を取り出すと、
「これでも喰らえ!」
そのままXに向かって投擲。
X自体には当たらなかったが、その足を鈍らせるには十分だった。その隙に駆け寄ると、Xを殴り飛ばす。
通行人らしき青年が、倒れていた娘を抱えると走り出すのを視界の端に捉える。誰だか知らんがグッジョブ。日本もまだ捨てたもんじゃない。
起き上がりかけたXに立て続けにパンチを喰らわせる。そのまま飛び上がると、
「メタリッカー・スパイラルキック!」
回転を加えたとび蹴りを喰らわせた。
少しの間のあと、Xが塵になり、消える。
くっそ、オーバーワークをさせやがって。
内心毒づきながら、地面に突き刺さったままのレーザーソードを引っこ抜くと、デバイス内に収納した。
けが人などがいないことを確認すると、立ち去るために駆け出そうとして、
「め、メタリッカー!」
かけられた言葉に、足を止める。
さっき転んでいた女の子が、泣いたであろうぐちゃぐちゃの顔で、それでも少し笑って片手を振った。
「ありがとー」
隣で母親と青年もペコペコ頭を下げている。
正義のヒーローにはなりきれないが、きちんと守れた功績は自分の誇りだ。
少し嬉しくなって片手を振り返すと、今度こそ公園を後にした。
適当な物陰で変身を解除。痛みは少ないが、疲労は大きい。少し呼吸を整えて、落ち着かせると、車のところにまで戻る。状況がわからなかったアリスは、気が気じゃなかっただろう。
「お嬢様、遅くなりまして」
言いながら車の中を覗き込んで、
「お嬢様っ?」
そこにアリスの姿はなかった。
ドアに手をかけると、かけたはずの鍵がかかっていない。
この状況で一人で車椅子に移って、どこかに行けるはずがない。念のためトランクを確認したが、そこには銀次がしまった車椅子が、しまった時のままの状態で入っていた。
「お嬢様っ!」
ここからわかることはただ一つ。アリスは自分の意志ではなく、何者かに連れ去られた、ということだ。
そしてその何者かが誰なのか、考えるまでもない。
周囲を見回すが、痕跡は見つからない。それでも、探すために走り出す。
まだ、近くにいるかもしれないから。
「アリスっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます