第七章 鈴間屋アリスは痛みに耐える(1)

 作戦の変更か、別の段階にうつったのか。

 あの廃工場での一件以来、ここ二週間、妙にX達がでてくる。以前は三日に一回ぐらいだったものが、今では一日二体でてくることもある。

 まったく鈴間屋拓郎は何を考えているのやら。

 思いながら銀次は、戻って来た自室のベッドに倒れ込んだ。

 もらった薬のおかげで進行は遅い。以前みたいな苦痛はない。それでも、疲労は濃い。抜けない。

「……ねむ」

 何が悲しくて一日に二回も変身しているのだろうか。

 思いながら目を閉じる。

 アリスにばれてしまったおかげで、休みやすくはなっている。それはもしかしたら、よかったことなのかもしれない。

 寧ろ、あの一件のあとアリスは、

「片付くまで運転手やらなくていいから」

 なんて言っていた。それは流石に手持ち無沙汰になるし、出来る限り運転手の仕事もすると伝えたが、実際ここ二週間、まったく運転手の仕事をしていない。

 ああ、そういえば、今日はまだお嬢様の顔を見ていない。朝から立て続けに戦っていたからな。あとで顔を見せておかないと、また余計な心配をかけてしまう。

 そう思いながらも、のしかかってくる睡魔に身を任せ、瞳を閉じた。


「白藤、帰ってきた?」

 アリスの部屋で、アリスが尋ねると、優里は一つ頷いた。

「ええ、呼んできますか?」

「ううん。ちゃんと帰ってきたならいいの」

 疲れているだろうし、休ませてあげたい。

 ああ、でもそういえば、今日はまだ会っていない。もう少ししたら、様子を見に行ってもいいだろうか。

 パソコンをいじると,今日のX関係の記事を呼び出す。最近多発するXについて、記事はメタリッカーに期待する、無責任な終わり方をしていた。

 小さく溜息をつくと、

「どうしました、アリスお嬢様?」

 優しく優里が尋ねてくる。

「……世界を守るために、白藤だけが傷つくの、理不尽だなって思ったの」

 自分はなにも出来ていない。そして、世界の大多数がなにも出来ていない。何も知らずに、ただメタリッカーに期待している。メタリッカーの正体も知らず、その影に隠された白藤の苦痛も知らず。

「まあ、それは少し前の私と一緒なんだけどね」

 もう一つ溜息。

 理不尽だ。世界はとっても理不尽だ。

「差し出がましいようですが、アリスお嬢様は一つ勘違いをされています」

「なに?」

「銀次さんは、世界を守る為になんて戦っていません。アリスお嬢様を守る為に戦っているのであって、世界を守っているのはその副産物に過ぎません」

 優里に言われた言葉を、少々時間をかけて飲み込むと、

「はぁ?」

 思わず素っ頓狂な声が漏れた。

「何、それ? 公私混同っていうか、私がすごく傍若無人っていうか、うーんなんていうかわかんないけど、何それ?!」

「あら、何を驚くことがありますの?」

 優里は心の底から不思議そうな顔をすると、

「銀次さんはアリスお嬢様の運転手ですよ? アリスお嬢様をお守りするのは、当たり前のことじゃないですか」

「優里の中では、運転手のルビってボディガードなの?」

 論理がハチャメチャすぎる。

「失礼ながらアリスお嬢様、それでは世界とは、一体何ですか?」

「は?」

 何を言っているのかわからず、優里を見上げるが、いつもと同じクールビューティな顔をしていて、やっぱり何を考えているのかわからなかった。

「世界は世界でしょ? この世の中全体? 地球?」

「そんな抽象的なもの、守れると思いますか?」

「いや、うーん」

 確かに、何をして世界を守ったというのかと言われれば、すぐには答えられない。この場合は、Xの侵略を許さない、現状維持な気もするけど。

「ですから、守るべきものの明確な対象としてアリスお嬢様がいるんです」

「でも、それおかしくない? だって、私の父親が白藤をあんな目に遭わせているのに。私は諸悪の根源の立場なのに」

 鈴間屋拓郎の居場所は、アリスが知る以前からシュナイダーが探している。だが、なかなか手掛かりがないらしい。

 自分の父親さえいなければこんなことにならなかったのに。そんな自分が守られているだなんて、やっぱりおかしい。

「アリスお嬢様、何度も申し上げますが、悪いのは旦那様であって、アリスお嬢様ではありません」

「そうはいうけど……」

 優里もシュナイダーも、銀次ですらも、アリスと拓郎を切り離して考えている。でも、アリスにはどうもそこを切り離せない。

 あの人が自分のことを要らないといったとしても、言ったからこそ、身内の不始末はきっちり片をつけなければいけないのだ。

「はぁ、嫌になる」

 受け入れて、慣れているけれども、久しぶりにこの足が恨めしい。膝をそっと撫でる。自分にもう少し機動性があったならば、他にもできる対応があっただろうに。

 だからと言って、それを言っても始まらない。今、できることをやらなければ。

「白藤のこと心配だって言ってるだけじゃどうにもならないもんね」

 メタリッカーの記事を保存すると、別のファイルを立ち上げる。

 過去にも遡ってできるだけメタリッカーやXの記事はあつめてある。なにかに使えるかもしれない。

 研究所の人々には、引き続き研究を続けるように頼んである。

 さて、それじゃあ自分にできることは。

 少しでも銀次の手助けになるようにできることは。

 アリスが考える姿勢になったことを察すると、優里は「お茶を入れてきますね」とその場をそっと立ち去った。 


 目覚めた白藤銀次は、起き上がると一つ伸びをする。

 だいぶ疲れはとれた。時刻はもう、夕方だ。

 一度、アリスのところに顔をだそう。

 鏡を見ると、髪型や服装を整えていく。スーツ姿なのは、いつだって変わらない。これ以外に、まともな服持っていないし。手袋はきちんとはまっている。

「よし」

 鏡の前の自分に気合いを入れると、部屋をでた。

 アリスの姿は、庭の隅で見つかった。なにを考えているのか、ぼーっと外を見ている。

「お嬢様」

 声をかけると振り返って、

「ああ、白藤」

 つんっとすました感じで答えた。

「平気なの?」

 そのままの口調で言われる。まったく、可愛げがない。

「はい、おかげさまで」

「そっ」

 軽く頷いて、視線を外す。けれども、その口元が少し緩んでいる。そういう、可愛げがないところが可愛い。

「お嬢様、今日は結果的に、一日お休みを頂いてしまって、すみません」

「いいっていってるでしょ、そのことは。どうせ、でかけてないし、今日は」

「そうなんですか?」

「色々、家でやりたいことがあって」

「……ならお嬢様」

 ほんの少し声を和らげると、それに気づいたのかアリスはまた、こちらを向いた。

「少し、ドライブにでも行きましょうか?」

 尋ねた瞬間、アリスの顔がぱぁぁっと華やいだ。それをごまかすようにアリスは、視線を逸らし、

「行ってあげても、いいけど?」

 なんて嘯く。

「ええ、是非お願いします」

 だからこちらが下手にでて、お願いしたのだった。

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