第三章 全裸色の原付疾走

 外に出る。雪は、未だ降っていた。

 息を吐けば白く染まり、寒気が容赦なく叩きつけられる。

 体は凍え、歯の根が合わない。

 夜になり、気温もどんどん下がっているようだった。


 絶好の、全裸日和である。


「このまま原付で、どこかにいっちゃおー!」

 シャブ江の脳天気な声が響く。俺はその声に、そうだなそれも悪くない、とラリった頭で思った。


 全裸でエレベーターに乗り、全裸でマンションの駐輪場に行く。

 マンションの監視カメラには、生まれたままの姿で徘徊する不審者が、がっつり映っていることだろう。


 さてさて、生まれたままの姿というが、かくもこのように格差があるとは思わなかった。

 生まれたとき、人間はふわふわぷにぷにしている、まん丸の可愛い赤ん坊だ。


 それが成長したら、毛はフサフサ(頭部を除く)、体はカチコチで股間にはエレファント。

 どう考えても進化の方向性を間違ったとしか思えない有様である。


 思春期の手前あたりで、ポケ○ンなら必死にBボタンを連打してキャンセルしたいところだが、間に合わなかったようだ。


 以上、蛇足でした。


 さて俺は、全裸で原付のロックを解除し、全裸でエンジンに火を入れる。おもちゃのようなエンジン音が響いた。


「どこか、どこに行こうか」

 俺がシャブ江に尋ねると、シャブ江は首を傾げて思案する。

「さあ?」

「さあって」


 などと会話しているうちにも、俺の体に降り落ちた雪が、体温で溶けている。次第に、雪の冷たさを認識出来ないようになっている俺がいた。


「どこに行きたい?」

 シャブ江が問う。俺は少し思案し――。

「そうだな、君とクリスマスデートがしたい」

 と返した。恋人とクリスマスと来たら、デートという答えに帰結するのは当然のことだろう?


 俺の言葉を聞いたシャブ江は、嬉しそうな笑みを浮かべる。

「うん。うん! それは、それはそれは、それはとてもよい考えだよ!」

 シャブ江はそう言ったあと、俺に座席の後部に据わり、俺の腰に手を回す。

 空虚な感触を、あるはずのない感触を、俺は感じようと努力した。


「大好き!」

 シャブ江の薄っぺらい愛の言葉が、脳をキンキンと揺らした。

 俺は腰回りにも、背中にも、何も感じないまま、虚空の恋人と冬の夜空へと駆け出す。


                 ○


 外はクリスマスという概念で溢れていた。


 家々はイルミネーションで飾り立てられ、コンビニはクリスマス商品ののぼりを林立させ、飲食店はクリスマス限定メニューをでかでかと掲げている。


 道行く人々は男女の二人連れが多い。おそらく、家族でクリスマスを過ごす人間は、もう家の中で暖まっているのだろう。


 そして俺は。

「アッヒャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 全裸で原付のアクセルを全開していた。原付一種なので、全開にしたところで六十キロオーバー程度にしかならないのが残念であり、しょぼこい。


 どうせなら音速をぶっちぎりたい。全裸で。

 全裸で音速の壁を突破したらどうなるのだろうか。ソニックブームを放ちつつ爆発四散して赤い肉塊として散るのだろうか。

 それも悪くない。


 はらはらと降る雪が、俺の顔に、俺の胴に、俺の脚に、俺の乳首に、俺の亀頭に当たっては溶けていく。


 風を切って走れば、冷気が俺の全身を、俺の性感帯を撫でる。それが気持ちよく、俺の股間はさらに怒張する。


 というか、先ほど元カノの家での一件からずっと、俺の股間は怒張していた。

 もしかしたら、ついにバグったのかもしれない。あるいは、秘めたる力に覚醒したのかも。


 この近辺で一番の繁華街、そこを貫くように通されている大通りを、ひた走る。

 道行く人が目を丸くして、俺を応援してくれる。


 ある者は悲鳴をあげ、ある者は笑い声をあげる。ある者は目を隠し、ある者はシャッターを切る。

 俺は今、この世界中の注目を浴びているといっても過言では無かった(過言です)。


 それはさておき、注目されることの何と気持ちいいことか。

「やあやあ! ありがとう! ありがとう! ありがとう!」

 俺は顔を天に向け、感謝の言葉をひたすらに叫び続けて返す。


「これがクリスマスデート! これがウィンドウショッピング!」

 後部座席に座る虚無の恋人に、そう語りかける。

「そうだねー! 良い感じにクリスマス! 良い感じにお脳が湧いてるね!」

 シャブ江は、そう言ってからからと笑う。俺も笑って返した。


 たった今、俺は実に愉快な気持ちだった。この夜、この世の全てを許し、愛せるような気持ちにすらなっていた。


 そしてその気持ちを、哀れにも弊社で残業している奴隷どもにも分け与えてやりたい。

 そんな発想に至る。


「シャブ江! 弊社に行くぞ!」

「行く行くー!」

 シャブ江は俺の提案に同意し、頭空っぽのような笑い方で笑った。


 俺は、原付のアクセルを開ききったまま、高速でターンし、来た道を引き返す。

 目指す場所は、一つ。

 普段は俺を束縛している弊社だった。


        全てから解放されて万能感に包まれている俺

                 VS

        夜暗に重々しく佇むコンクリートの要塞、弊社


 究極の戦いが繰り広げられようとしている。

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