目の前に辺り一面埋め尽くすほどのすすきがゆらゆらと揺れている。

秋風は少し肌寒い。

俺はふと、目を閉じた。この場所に来ると、決まってこの記憶を思い出す。



彼女と出会ったのは10年前。俺がまだ中学1年生になりたての頃だった。

昔からこの場所は俺にとっての思い出の場所で、普段からよく足を運ぶ場所だ。ずっと1人ですすきを見る。秋限定の場所。俺はすすきが特に好きという訳では無いが、何故か目を離せなくなる。その景色は学校の教室という狭い世界がこの世の全て、ではなく、世界は果てしなく広いことを教えてくれた。

その日もいつもと変わらず、俺はこの場所に訪れた。ふと、誰かいることに気づいた。

長い髪を秋風になびかせ、季節に合わない、白いワンピース姿の女の子。

たくさんのすすきの中を1人、くるくると回りながら歩いていた。俺はその姿に一体どれだけの時間、見とれていただろうか。気づいたら、目の前に彼女はいた。


「ねっ!あなた、よくここに来る人でしょ!」


唐突に発せられたその言葉に、俺は反応できなかった。今までこんな経験なかったのだから。


「ね〜聞いてるの?おーい、おーい」


何度か呼ばれて、やっと我に返った。


「あっ、ごめん……。ついぼーっとしてて……」

「ん、大丈夫。私も姿を見せるのは初めてだし」

「?」

「わたし、もう死んじゃってるんだもん」

「えっ……?」

「このすすき達の中に、わたしは捨てられたの。だからこの場所は、誰も近寄らないはずなのにね。あなたは毎年来てくれてる、だから、姿を見せようって思ったの。」


その告白は、俺にとっては急すぎた。

彼女はもう亡くなってて……?

この場所は誰も来なくて……?

俺が今見ているのは幽霊で……?

整理に時間がかかった。

だから、思った。

俺も死んじゃったのかなって。


「ううん、あなたはまだ、生きてるよ」

「そう……なんだ……」

「わたしが姿を現したのは伝えたかった言葉があるからなの。ただ、ありがとうって。毎年お見舞いに来てくれてありがとうってね」

「え……そんな……俺はここで誰かが亡くなったなんて知らなかったんだ……」

「そんなことないよ、わたしはしっかり覚えてる。わたしと君は小さい頃に遊んだことがあるんだよ?」

「えっ……」


そう、遊んだことあったのだ。

俺は昔の記憶を遡った。

幼稚園に入った頃、両親と共に来たこの場所。

自分と同じ年くらいの女の子とすすきの中でがかくれんぼをした記憶。

小学校に入ってからもその女の子と毎年の秋、遊んだこと。

そんな日々がずっと続くと思っていたのに、急に女の子が来なくなった。

両親から理由を聞いていたが、理解出来ず毎年この場所に来ていること。


俺の中で「消していた」記憶だったこと。


「じゃあ……君は、あの時の……?」

「うん、そうだよっ!」


何もかもが急すぎて、俺はまた、ぼーっとしてしまう。


「どう?わたしの姿、かわいいでしょっ!」


彼女の笑顔は昔から変わらない、素敵なものだった。

だから俺は、不意に涙を流してしまった。

もう無くしたものだと思っていたから。

無いもの、無かったものとして扱っていたから。


彼女はそこにずっといた。


そんな事実を、彼女の笑顔は教えてくれた。


「話したいこと、沢山あるんだけど、あんまり時間ないんだよね。だからわたしから、一言だけ……」


俺だって話したいことは沢山ある。

もっと喋っていたいし昔のように遊びたい。

だけど……俺は何も、できなかった。


「わたしね、昔、一緒に遊んでくれた時、嬉しかったんだ。わたし、ずっと1人だったからさ……。楽しかったの。それで、君のこと、好きだった。幼稚園の頃の好き、なんてよく言うから本気じゃないと思うかもしれないけど、この気持ちは本物。だって今も君のこと、好きだもん!……なんて、今の私に言われても困るよね……でも、これだけは伝えたかった。伝わってくれたなら、もう、後悔ないよ?」


彼女は、泣いていた。

そこに素敵な笑顔はなかった。

待ってくれ、まだ行かないでくれ。

俺だって伝えたいこと、あるんだ。


「それだけ。じゃあ、ね……」


「待ってくれ!!」

「えっ……?」

「お前だけ、言いたいこと言って、俺の事は、何も聞いてくれないじゃないか!俺にだって、話したいこと、たくさん!あるのに!」


彼女はただ、真面目な顔で、俺の事を見てくれている。

言うなら、今しかない。そう思った。


「俺は!俺だって!楽しかった!互いにどこの誰かも知らないし、秋だけなのに、ずっと遊んで、楽しかった!だから!急にお前がいなくなって!悲しかった!悲しかったんだ……。嫌われたのかなって、楽しくなかったのかなって、ずっとそんなふうに思ってたのに……両親から、お前が……もういなくなったって、聞いて……現実を、受け入れられなかったんだ……。だから、俺は……お前と遊んだ、お前と出会った記憶を無いものに……してしまったんだ……。」

「…………ごめん。」


彼女は一言、そう言った。

俺はそんなことを言って欲しいわけじゃない。

この記憶が、あの時間が、確かに存在したことを、確かめたかったのだ。


「あの時の!あの時間は!本物だったんだよな!」

「本物だよ!だって覚えてるもの!ずーーっと、わたしの中にあるよ!!」


2人して、泣きながら、笑った。

この時間は忘れてはいけない。

そう思った。


「俺も、好きだったよ。記憶を無いものにしても、ここに毎年来てるってことはまだ、未練があったってことだ。だから俺も言う。お前が好きだ。」

「ありがとう。最後に……名前だけ、聞かせて?」

「俺は、あきと。」

「私は、すすき。」

「……もう時間なんだ。そろそろ、帰らなきゃ……」

「そっか……ありがとう、姿を見せてくれて。俺、必ず毎年ここに来るよ!」

「私も!ずっと待ってるから!!」



それはとある秋の日に起きた、奇跡だ。

あの日からすすきの姿を見ていない。

それでも、俺は確信を持って言えることがある。

きっと、すすきは見てくれている。

見えなくても、そこにいる。


「あきと!わたし!ここにいるよ!」

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