花火

17時。駅に着いた。今日は花火大会だ。

とにかく人が多い。携帯の電波も悪い。でも、悪い気はしない。これが何回目になるかは数えてないからわからないが、彼を待つ時間は心地よい時間。いつ彼が来るかわからない期待と緊張と少しのドキドキ。

待ち始めてから3分後、彼がやってきた。

彼オススメのよく花火が見える場所がある、と言うので案内してもらうことに。

押し潰されそうな人混みの中、彼は早く紹介したいのか足早に歩く背中を、私はただ、見失わないようにと追いかけるのに精一杯だった。

手ぐらい、繋いでくれたっていいのに……

期待は泡となって消えていった。

そして、彼のオススメの場所に着いた。ある程度、 人はいたものの比較的空いていて、しかもよく花火が見える、確かにいい場所だ。

ヒュ〜〜〜バァンッ

尺玉が1つ打ち上がった。花火大会開始の合図だ。

花火。私は花火が特別好き、という訳では無いのに1度見始めると何故かその景色から目を離せない。花火はそんな、見た人に不思議な魔法をかける。

花火はテンポよく打ち上がり、空はキラキラと光り出す。歓声は沸き上がり、祭りはさらに盛り上がる。

ふと、彼の右手に触れてしまった。これは事故だ。彼がこんなに近くにいると思わなかったから。

だから私は花火に願い事をしてしまった。1度咲いたらすぐに消えてしまう花に。誰にも聞こえない声でただ呟いた。

きえないで。

気づいたら私は彼の手を握っていた。彼は驚いた顔でこちらを見たが、すぐに視線を花火に戻した。少しだけ、嬉しそうな顔をしていた。


花火大会も半分を過ぎた。

彼とお祭り、に行くのははじめてだ。だからこの浴衣姿を見せたのもはじめてで。着慣れない浴衣姿と、繋いだままの右手に私は今更恥ずかしくなってうつむいてしまった。いつもより近い距離だからこそ、バレないようにこっそりと。

大きな花火が打ち上がった。周りがその光によって照らし出される。真っ暗で確かめられなかったこの状況が真実であるとわかった瞬間だった。

夢に描いた一瞬を花火が照らし出した時、私はまた、誰にも聞こえない声で呟いた。

きえないで。

この思い出が、このドキドキが、この状況が、これからも、夢で終わらせたくなかった。


花火大会も終わりに近づいてきた。

私はただ、花火を祈るように見上げるしか、できなかった。もう終わってしまう、そう思ってら全てが終わる、そんな気がしたから。

きえないで。

もう何回呟いたかわからない。それでも。言葉にしなければ不安で心がいっぱいになりそうだった。

ふと、彼が私の右手を離そうとした。私は、ぎゅっと、ほどけそうになった手を握りしめてしまう。

はなさないで。

彼に聞こえる声で、そう囁いた。あなたがくれたこの一瞬を、この思い出を、決して忘れることの無いように、空に瞬く花火とともに胸に焼付けた。




きえないで。


はなれないで。


思い出は、きえない。はなれない。


けしたくても、はなしたくても、できない。


だから憧れる。たとえそれが夢だとしても夢を見た、という思い出はきえない。はなれない。


それが理想の夢なら尚更。


そんな私の、ある夏の日の、夢物語。

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