サンタと兄と弟と

竹槍

夜八時半

 「もうこんな時間か。」

自室の時計を見て川津祐馬は呟く。


 机の上には冬休みの宿題のはずの作文用紙が載っかっていた。面倒なものは冬休み前に片付けておくに限る。しかし、国語の高橋先生もせっかちなものだ。受験方法は勿論、志望校すら大半の生徒は固まっていない中二の冬に小論文を書かせるなんて。

 そのうえ、授業において受験受験となにかに取り憑かれたように繰り返し、とりとめのない自分語りまで始める始末。生徒達はげんなりしながら「医者の不養生」の用法を学ぶ羽目になった。なんと素晴らしく無駄の多い国語の授業だろうか。


 しょうもないことを考えながら、扉を開けると、リビングの明かりが消えていることに気がつく。

 「そっか。二人とも残業か。」

一瞬戸惑った祐馬だったが、すぐに事態を飲み込む。

 彼とその弟、大樹だいきの両親は共働きで二人とも年末年始が忙しい類いの職種なのだ。毎年年明け前のこの時期は残業で遅くまで帰らない日も多い。クリスマス用品を売り切らなくてはならない今日、すなわちクリスマスイブなどなおさらだ。

 弟の大樹もこの時間にはもう寝ている。小学三年生ならば特段早いという時刻でもないだろう。


 だが、慣れた手つきで電気をつけた祐馬の目に映ったのは、なんとも珍妙なものであった。


 クリスマスツリーの下に置いてあるのは一通の手紙だった。宛名の欄には拙い文字で「サンタクロースさんへ」と書かれていた。大樹の筆跡だ。

 ここまでなら特段驚くこともない。だが、そこからが問題だった。


 その手紙に覆い被さっていたのは、つっかえ棒をしたザルであった。そうめんとかで使うあのザルだ。


 「ええ・・・」

狐につつまれたような顔をしながらおそるおそる手紙に近づく祐馬。罠らしきものに手を触れようとしたその瞬間、


 「だめだよ兄ちゃん!」

ソファの影に隠れていた大樹が飛び出して大急ぎで兄を制す。


 「大樹、なんなんだ。これは。」

「何って罠だよ。サンタを捕まえるんだ。」


 「あのなあ・・・これじゃあ雀も捕れないぞ。」

意気揚々といった感じの弟に呆れながら言う。

 よく言うと天然かアホの子。悪く言うとお馬鹿な大樹のことだ。本気でサンタを捕まえられると思っていても不思議はない。


 「わかってるよそんなこと。」

大樹の口から出てきたのは意外な言葉だった。

「サンタがこれに気を取られてるすきに後ろからこの紐でグルグル巻きにするんだ。うまく首に引っ掛けられればできるはずだよ」

大樹がビニール紐を取り出して得意げに語る。


 「うわ・・・」

普段の弟からは想像もつかないかわいげのない作戦に思わず祐馬が呟く。

引くと同時に彼は己の危機を察知した。


 中学二年生という年齢でクリスマスプレゼントを受け取っているものは少数派だ。多くの家庭は中学校入学前後を機にサンタクロースはその任を全うする。それくらいの歳になれば、サンタクロースのカラクリを知るのだ。聖ニコラスの童話のように、サンタクロースは正体を知られてはならないのだ。


 祐馬は特別ロマンチックな子供でもないので、サンタクロースの正体にはとっくに気がついていた。しかし、クリスマスプレゼントを未だに受け取っているのだ。何故なのか。


 答えは、彼がサンタクロースと密約を結んでいたからに他ならない。中学生になった彼に、サンタは交渉を持ちかけてきた。


 「プレゼントをあげるから大樹には自分達の正体をばらさないで欲しい」と。

 サンタは子供達の夢を守るためなら悪魔サタンにだってなるらしい。


 プレゼントが貰えなくなったからといって純真無垢な弟の夢を壊す祐馬ではなかったが、貰えるものは貰っておくに限る。


 だが、そんな事情を知らぬ弟がサンタの捕獲を試みている。万が一サンタの正体がばれれば一大事だ。ス〇ブラの約束を反故にされかねない。それだけは避けねばならなかった。

 今は八時半。両親が帰ってくるのは九時頃。タイムリミットは三十分。


 「なあ、サンタを捕まえるのは止めといた方がいいと思うぞ。来年からプレゼント貰えなくなるかもしれないし。」

「あ、そっか。」

大樹の目から自信の色が消える。罠を片付け始める弟を見て胸をなで下ろす祐馬だったが、彼の体がソファの影に隠れたのを見て、再び胸が飛び跳ねた。


 「待て、なにをしてる。」

「サンタを待つの。バレなきゃ大丈夫だよ。」

確かに彼からすればバレなきゃ大丈夫かもしれないが、祐馬からすれば、バレてもバレなくてもアウトだ。


 「だけどなあ。そううまくはいかないだろう。」

「大丈夫だって。わざわざこっちを見たりしないから。」

なんとか翻意させようとするが、弟の決意は堅かった。


 その後もあの手この手で説得を試みる祐馬だが、弟の意思は変わらず、時間だけが過ぎていった。


 そんな彼の頭に妙案が浮かんだのは九時まで十分をきったところだった。

彼は寝室に飛び込み、ベットから毛布を引っぺがして、リビングの大樹に投げ渡した。


 「パジャマじゃ寒いだろう。毛布でも羽織っとけ。」

兄がそう言って渡してくれた毛布を、大樹は喜んで受け取った。


 必殺布団の魔力。効果、相手は眠る!


 名案ではあったが勝率は微妙だ。あと十分ほどで眠ってくれるという保証はどこにもなかった。


 祈るような気持ちで毛布にくるまった弟を眺める。聖ニコラスあたりに祈っておけばよいだろうか。それしかできないのだから仕方がない。祐馬は必死で祈った。スマ〇ラがかかっているのだ。クリスチャンでないことはこの際見逃してもらえることを願って。


 九時三分。赤と緑の小包二つ持って帰宅した両親が見たのは、寝息を立てている次男をそっと背負う長男の姿であった。

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サンタと兄と弟と 竹槍 @takeyari

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