私は私が好き。

とりけら

私は私が好き。

私は私が好き。



ー登場人物ー

渡辺悠里(わたなべゆうり)

北山沙也加(きたやまさやか)

紗倉奏海(さくらかなみ)

内藤茉心(ないとうまこ)



〜第1章〜



私は私が嫌いだ。

何故こんなことをさせているのか、わからない。

けれどきっと、意味の無いことなんて、ないから……


今日も退屈な授業が終わった。

教室の中は間近に迫ったテストの話題でもちきりだ。


私が帰り支度をしていると、

「沙也加ちゃん、今帰りー?」

「うん、そだよー」

「なら一緒に帰ろっ!」

「おっけー、ちょっとまっててねー」


悠里は沙也加がすき。

女の子だからって関係ないの。

すきって気持ちは、きっとそういうものだから。

なんか、こう、ぐわぁーって感じで胸のあたりが温かくなって、苦しくなるの。

遠くから見てても、近くにいても。

苦しいはずなのに嫌じゃないの。

むしろもっと感じていたいの。

沙也加ちゃんの、全てを感じていたいの。


だからもっと


一緒にいたいの。


ずっと一緒に、いたいの。



私は悠里のこと、嫌いじゃない。

好き、ではあるけど恋愛的な意味ではない。

悠里はずっと明るいし元気だし一緒にいて楽しい。だから私は悠里のことを、ただの無邪気な子だと思っていた。

でも違った。

自分のやりたいことがあるとただ真っ直ぐに、叶えようとする。

誰にも譲らないという確固たる信念がある。人は見かけによらないとはまさにこの事だと思った。

私は……人に流されやすいから、きっと悠里に対して、憧れ、の気持ちがあったのだと思う。


だから近づいた。


悠里に、近づいた。


私もそうなれるかな、と思って。



下校中、辺りは夕焼けのせいで赤く染っている。秋の風はもう冷たくて、手がかじかむ。


「沙也加ちゃん、最近元気無くない?」

悠里から急に話しかけられてびっくりした。

体調が悪い、訳ではない……

ただ……

とりあえず、返答しなきゃ。

「え……そんなふうに見える?」

「うーん……いつも元気無さそうだけど最近は特に……」

「まぁちょっと……考え事をね……」

悠里の前だとつい口を滑らせてしまう。

こんなこと、言いたくなかったのに……。

だから……そんな目、しないで……。

私はその視線に、弱いから……。

「大丈夫?私で良かったら聞くよ……?」

「ううん、ごめん、大したことないから、大丈夫。」

「そっか……何かあったら言ってね!必ず助けるから!」

「……ありがと」


あぁ……。

その目はさらに輝きを増していた。

この真っ直ぐな目。そして視線。

私には眩しい。

私には、もったいない。


私は視線を足元に落とした。


「ね、ね、沙也加ちゃん!」

「ん?」

「今日、沙也加ちゃんの家、行っていい?」

「んー……ちょっと待ってね」

悠里がうちに来るのはよくあること。

悠里は私の親と会ったことがあるけど、いると面倒だから最近は親がいない日なら来ていい、と決めていた。


私は携帯でスケジュールを確認する。


1ヶ月、か……。


「ん、来ていいよ」

「やったー!これで宿題すぐ終わるー!」

「……やっぱりか」

「えへへー、あ、そうだ!ついでにテスト勉強もしよー」

「しょうがないな……」



沙也加ちゃんの家に着いた。

実行するならここしかない。

私は沙也加ちゃんの全てを、知りたいの。

沙也加ちゃんと先に、進みたいの。

もう我慢、出来ないの。


「ちょっと悠里……ちゃんとやってるの?」

「うぅー……つまんない……」

「真面目にやんなきゃ終わらないよ?」

「勉強楽しくない~つまらない~やだ〜」

「そんな事言ったって終わらないよ……」

「沙也加ちゃん、ちょっとこっち来てー」

「んー、なになに?どっかわかんない所、あるの?」


そして私は沙也加ちゃんを

押し倒した。

沙也加ちゃんは驚いた顔をせず、ずっと私の目を見てくれている。


嫌じゃ、ないんだね。


私はそっと、顔を近づける。

私の手を、沙也加ちゃんの手に重ねる。

あと少し……


という所で沙也加ちゃんが私をどかした。


「なんで……?」


気づいたらこの言葉が出ていた。


私の事、嫌いなの……?


胸にもやもやとした気持ちが溜まっていく。


「悠里……ふざけてたら勉強進まないよ?」


沙也加ちゃんは何も変わらない様子。


「あ、あはは~、ついいたずらしたくなってね〜」


私はとっさに嘘をついた。

空気が悪くなるのが嫌だったから。

……違う。嫌われるのが、嫌だったから。


そのまま、何も起きず私は帰宅した。

家に帰るとなくなったはずの胸のもやもやがまた返ってくる。


苦しい。


つらい。


沙也加ちゃん……。


沙也ちゃん……。


沙也ちゃんの写真を見ながら、そうつぶやくしかなかった。



私は、気づいてしまったのだ。


あの時の……悠里の、目の奥にある何かを。

その何かはきっと私が、憧れ、と感じていたものでは無い。

いや、そもそも私が勘違いしていただけかもしれない。

そこにあったのは……悠里の奥にあったものは、ただの、欲望。

確固たる信念、なんて綺麗な言葉じゃない。

独占欲とか性欲とか、そこらへんの類。

私はゾッとした。

そして、悲しくなった。

私の知っていた悠里じゃなかったから。


私の悠里は、もういない。



その時、携帯が鳴った。

こんな時に電話……と思ったけど、知っている名前だったから電話に出た。


「久しぶりですね、先輩。私の事、捨てたんじゃなかったんですか?」

さっきの出来事で動揺していたから、声が震えてしまった。

「あはは……それは言い方が悪いよ。私はただ、旅をさせただけ。可愛い子には旅をさせよ、って言うじゃない?」

「そんな都合のいい言葉使ったって、私は許しませ」

「ねぇ、今、あなた絶望してたでしょ?」

「えっ……。」

「図星だね。今からいつもの公園に来て。待ってるから。」

「えっ……?は……?えっ……?」


そして電話は切れた。

まるで意図した展開、と言わんばかりのタイミング……。

それでも、先輩からの呼び出しには行かなきゃだから、私は急いで準備し、公園に向かった。


あたりは真っ暗で、公園の真ん中にぽつんと1人、先輩の姿を見つけた。

「はぁはぁはぁ、せ、先輩!なんで急にっ!」

「早かったね。こっちおいで?」


そして私は先輩に抱きしめられた。

この感覚、1ヶ月振り……。

私の感じていた絶望が溶けていくのを感じた。


「つらかったね……。もう大丈夫。私がいるから……。」

先輩が優しい声で、抱きしめてくれる。


私は先輩無しでは生きていけない。

他人から見れば、依存、と言われるだろうけど、私の気持ちは違う。


私は先輩のことが好きだ。




私は私が嫌いだ。

可愛い後輩をわざと手放して、辛い思いをさせて、私のことをもっと好きになるようにしたのだから。

でも、不思議と悪い気はしない。

誰かに頼られる、好意を寄せられることは嬉しいのだ。

沙也加に今日何があったのか聞いた。



私の好きな、悠里についてを。



〜第2章〜



私は私が好きだ。

過去にこだわって、今も引きずっている嫌な性格が好きだ。

好きな人への思いは一筋だから。

全部、恋のおかげ。

全部、恋のせい。



「奏海?奏海?聞いてるの?奏海!」

「……ん?あぁ……聞いてるよ、茉心

……」

「もう、集中してよね?受験、近いんだからっ!」

茉心と二人きりで勉強するのはもう何度目になるだろうか……そんなことを考えていた。


私は、茉心と付き合っている。

付き合っている、と言っても一緒に下校したり、一緒に家で勉強する程度の関係だが。

それでも、茉心といる時間は楽しいし、何よりもかけがえのないものだと思っていた。


けれど……。


私は気づいてしまった。


つまらない。


どうしようもなく、つまらない。


茉心はこのままでいいの……?

友達のその先、恋人とすることに興味が無いの……?

まだ手だって、繋いだことないのにっ……。


つまらない。

つまらない。

つまらない。


だから私は、茉心と別れた。

約1年、何も無い関係に興味はなかった。


「私は、茉心が……そんなにつまらない人間だとは思わなかったよ……。もっと先に、進みたかったのに……」

私は俯きながらそう言った。

茉心の目を見れるはずがなかった。

「私だってっ!私だってっ進みたいと思ってたのに! ……何もしなかったのは奏海の方じゃないっ!ずっと私の話を聞くばかり……全部私からだったじゃないっ!全部、受け身だったじゃないっ!それなのに……それなのにつまらないなんて、無責任じゃないっ!」


力強いその言葉は、私の心に突き刺さる。

私は、何も言えなかった。

図星だったから。

先に進みたいと思っていたのに、先に進む勇気がなかった。

無責任だ。


「さよなら、茉心……」

私は吐き捨てるように言い、その場を去った。

後ろをからは泣き声が聞こえる。

振り返っては、いけない。


それが、私が中学生だった時の話。

昔話。



高校に入っても茉心とは友達でいた。

幸い、同じ高校だったということもあり、疎遠になることは無かった。

ただ、昔の記憶は互いに閉ざしたままなだけだ。


高校2年生になると後輩が出来た。

名前を沙也加、と言う。

沙也加は純粋で可愛い子だった。

彼女は私に憧れているらしい。

期待の視線を向けてくる。

……私はそれが耐えきれなかった。

憧れは、私を引っ張って欲しい、そういう意味でも捉えられるから。


私には、無理だ。


私から何かするなんて、無理だ。

だから……同情して、慰めることにした。

……そう、沙也加を、堕とすしか、なかった。

堕とすと言っても大層なことはしていない。

ただ、ちょっといじめた、だけ。

そしてタイミングを見計らって、優しい言葉で、沙也加を包む。


憧れを、恋心にする。


「沙也加、あなたは悪いことなんてしていない。あなたはいい子」

「沙也加、私はあなたが求めているほど凄い人じゃないよ。あなたの方が凄いじゃない」

「沙也加、私はあなたと一緒にいて、楽しいよ。ずっと、一緒にいたいくらい」


「沙也加、あなたには、私がいるわ」


沙也加からの視線が、憧れ、から恋、に変わるのにそう時間はかからなかった。

変えたことに悪い気はしなかった。

むしろ心地がいいと感じた。

私は愛、というものに飢えていたのかもしれない。

自分が他者に抱く愛よりも、他者が自分に抱く愛が、最高に気持ちが良い。


もっと、私のことを愛して……?


だから……


彼女、悠里との出会いは運命だと感じた。


私は悠里の、沙也加に対する視線の奥から、どす黒い、欲望を、確かに感じた。


これだ。

私が欲しかったものはこれだ。

その欲望を、私に向けて欲しい。


きっとこれが、私の恋心。


だから彼女の、悠里のことを知りたいがために悠里を利用した。

私が直接、悠里と話してはいけない。

まだ、その時ではない、と思ったから。


「私とはもう関わらないで。」


この一言を、沙也加に言っただけ。

沙也加は泣いていた。

けれど、彼女の目は、諦めていない目だった。


沙也加は、私に恋をしていた。

今はもう、沙也加は私に依存している。


沙也加が私の元に必ず帰ってくる確信がそこにはあった。


悠里の愛は、私のもの。







私がいつ、奏海のことを諦めたと言った?

私がいつ、奏海のことを嫌いになったと言った?


奏海をずっと見ていたからこそ、奏海の変化にはすぐに気づいた。

そう……好きな人が出来たことも。

私はその変化が許せなかった。

私の奏海を返して。

奏海のそんな嬉しそうな顔、見たくない。


私の、奏海を、返して?


過去の恋をずっと引きずってるって言われるかもしれない。

引きずってなんかないよ?

だって、ずっと、好きだもん。

これは恋。

ううん。

愛、だよ。


私は私のことが好きなの。

だってこんなにも、一筋なんだから……。




〜最終章〜



私は……

私は……やっぱり……

私のことが、好き。



悠里は沙也加に拒絶されて落ち込んでいる。

心身共に疲れている今がチャンス。

堕ちた人を優しさで包む。

そうすればきっと私のことを見てくれるから……。

沙也加から聞いた話では、今まで見たことないくらい、放心していたらしい。

沙也加は深くは言わなかったけど、私には想像出来る。

きっと、絶望しているはず。


悠里……待っててね。

今、行くから。


悠里の連絡先は沙也加から聞いている。

私は悠里に電話をかけた。


私は深呼吸して、心を落ち着かせる。

焦ってはいけない。

ゆっくり、優しく、確実に。

10秒ほどで、悠里が電話に出た。


「はい、渡辺ですが……すいません、どなたですか……?」

悠里の声は疲れていた。

とても面倒くさそうな感じ。

予想通り。

「私、沙也加……北山沙也加さんの先輩の紗倉と言います」

落ち着いて、私。

初めて、悠里と話すからって。

焦っては、だめ。

「は、はぁ……その……先輩が私になんの用で?」

「あなた……沙也加のことが、好きなんでしょ?」

「っ!」

ここも、予想通り。

「バレバレ、だよ。あなたの、沙也加を見る視線は、普通の人と違ってたから」

「…………」

悠里は黙って聞いている。

畳み掛けるなら、今。

「でも……あなたは、沙也加から、拒絶された。違う?」

「なんで……なんで知ってるの!!」

怒る、か……。

想定外だけど、まだ大丈夫。

「沙也加から全部、聞いたよ。悠里ちゃんは怖い人だ、ってね」

「沙也加……が……?なんであなたなんかにっ!……えっ、もしかして、沙也加は……」

そして私は、堕ちた人を。

更に、堕とす。

「そう、その通り。沙也加はね、私のことが好きなの。あなたのことなんて、これっぽっちも見てない」

「ぁぁぁ……」

「そういえばこうも言ってたわ。悠里ちゃんなんてもう嫌いって」

「ぁぁぁぁぁ……」

「悠里ちゃんとはもう、絶交だって」

「ああああぁぁぁぁ!!!!」

これは、嘘。

沙也加はそこまで言っていない。

悠里にそう思わせることで沙也加との関係に更に溝を深め、私を見てくれる可能性を増やす。


これが私の、作戦。


「現実を、受け入れた?」

「…………」

悠里は落ち着いたようだ。

これからは、優しい言葉で。

「沙也加は私の事が好き。でもね……私には好きな人がいるの」

「…………」

「それはね、悠里、あなたなの」

「えっ……」

「私はね、あなたの事がずっと前から好きだったの。出会った時から……一目惚れしたの」

「…………」

「電話越しでごめんね……今から会えたり、しないかな……?学校近くの公園で、待ってるから……」

「……あ……は、はい……」


はぁはぁはぁ……。

気持ちを伝えるのがこんなにも大変なことだったなんて……。

すごく、すごく疲れたけど……とっても幸せな気持ち。

早く、準備しなきゃ……。


公園に着くと、既に悠里がいた。

どうやら私の方が準備に時間をかけてしまったらしい。

「ごめんね、遅くなっちゃって。呼び出したの、私なのに……」

「い、いえ……大丈夫です……そ、それで、さっきの話って……」

「うん……全部、本当のことだよ……?」

そして私は、悠里を抱きしめる。

悠里はびっくりした様子だったが、だんだんと身を預けてくれる。

私は悠里の頭を撫でながら、続けた。

「私ね……悠里ちゃんのことが好きなの……。付き合って欲しいの……。私のものになって……?」

「…………」

「すぐ答えを出さなくてもいいの……。私、待ってるから……」

「いえ……その必要は……ないです……」

「えっ……?」

「私も、先輩のことが……すき……です」

「ありがとう……」


そして私は、

悠里の顎をそっと持ち上げた。

彼女の瞳は潤んでいて、真っ直ぐ私を見つめている。

そして目を閉じ、全てを私に預けた。

私は、彼女の唇に、

そっと、優しく、キスをした……



それからは悠里との幸せな日々が続いた。

悠里は私の思ってた通り、積極的な子だった。

悠里は、授業が終わるとすぐに私の教室に来て、「一緒に帰ろっ!」と、笑顔で出迎えてくれる。私も、「いいよ」と、笑顔で答える。そして、手を繋いで帰る。

家で一緒に勉強する時もあったが、勉強は全く進まなかった。

私からの時もあるが、悠里からが圧倒的に多い、キス。それは、すぐ終わるようなものから長いものまで……私達は互いに求めあった。


私達は幸せだった。

ずっと、こんな毎日が続くのだと、思っていた。

ずっと、一緒だと、思っていた……




そんなの、私が許さない。

奏海の幸せは、私のものだ。


奏海がどんな手を使ったかは知らない。

けれど、ある程度予想はできる。

自分に興味が無い人を振り向かせる方法……

そんなの、手を差し伸べるか、自分から無理矢理いくか、のどっちかに決まっている。

後者は奏海の性格上ありえない。

なら……

私が奏海を堕としてやる。


奏海の相手は……悠里。

悠里は沙也加のことが好きだったはず。

なら……利用するなら、沙也加だ。

早速私は沙也加との接触を試みた。


後輩の噂では、ある日を境に沙也加は物静かな子になってしまった、らしい。そして今も、誰とも喋らず、過ごしている。


話してみないと、わからない、か……


私は下校中の沙也加に話しかけた。

「ねぇ、あなた、北山沙也加さん、よね?」

沙也加は気だるそうにこっちを向いた。

「あ、はい。そうですけど……」

無視されなかっただけok

私は話を続けた。

「私、内藤茉心って言うの。1個上の先輩」

「は、はぁ……先輩が私になんの用で……?」

「紗倉奏海、って知ってる?」

「っ!」

ビンゴ。

やっぱりこの子、奏海と何かあったのね。

「何か知ってる、顔ね」

「い、いえ、私は何も知りません。それでは、失礼します……」

早足で逃げていく。

逃がさない。

「待って。あなた、奏海のことが好きなんでしょう?」

「っ!」

沙也加は立ち止まった。

これも当たりか。

「私も今の状況が好ましくない。だからここは1つ、手を組みましょう」

沙也加はこっちを向いた。

「手を組む、って、私が奏海先輩と付き合えたとして、内藤先輩には何も恩恵がないと思いますけど……?」

「私にも恩恵はあるわ。私は昔、奏海と付き合っていた。でもね、振られたの。その仕返しができる、それだけじゃ、だめ?」

「…………先輩は、もう奏海先輩のこと、好きじゃないんですか?」

「きっと、奏海は振り向いてくれないわよ。もう分かってることだもの……」

「……分かりました、手を組みます」

「詳細は後日。では、また明日」

「はい、また……」


布石を打った。

あとは……

もう1人。



計画実行の日。

それは冬休み開始の日、つまり終業式の日。

私達は、動いた。


「沙也加、あなたは30分後、屋上に行きなさい。奏海が待ってるわ」

「分かりました、その後は計画通りに進めればいいんですよね?」

「そうね、よろしくね」

「はい」


そして私はもう1人の共犯者に電話をかける。

「先輩、あれは本当なんですよね?」

「本当よ。奏海は、嘘をついている」

「あんな約束も、したのに……最低……」

「奏海は屋上にいるわ。真実を問いただしなさい」

そして私は電話を切った。

あとは……

タイミングを見計らうだけ。


悠里から手紙で屋上に呼ばれた。

下駄箱に入れるなんて、粋な計らいをしてくれる。

冬休みの計画とか、立てるのかな……

私はワクワクが止まらなかった。

いろんな妄想をしていると、屋上の扉が、開いた。

気づいたら集合時間になっていたらしい。


「悠里っ!粋な計らい、してくれるじゃないっ!で?なんの用なの?」

あれ……?なんだか悠里の顔が怒っているように見える……?

「悠里?どうしたの……?黙っちゃって……」

「先輩。」

「……?」

「先輩は……先輩の愛は……嘘、だったんですか?」

「えっ……?」

「先輩……私の他に恋人がいるって本当なんですか?」

「そ、そんなこと!あるわけないよ!私は悠里しか見てない!」

「だったらこの写真!なんだって言うんですか!」

その写真に写ってたのは、私が沙也加と手を繋ぎながら歩いている姿だった。

「これはっ!悠里と付き合う前の写真よ!今はもう、関係ない!」

「これ、取られた日付が昨日なんです。昨日私を変えれなかった理由って、そういう事ですか……?まだありますよ、沢山あります。沙也加と先輩の、写真」

「昨日……だなんてそんな……昨日は家族との用事が……」

「嘘なんて聞きたくない!私は……先輩のこと、本当に好きで……愛してたのに……先輩は私の事……好きじゃ、なかったんですか……?あの時助けてくれた……私を闇の底から救ってくれた先輩も……嘘だったんですか……?」

「嘘じゃない!私だって悠里のことが……悠里はたかがそんなことで私を捨てるの!?私のことを信用してよっ!」

「たかが……?私にとってはたかが、なんて言葉じゃ済みませんよ。ふざけないでください……ふざけんな!」

「っ!」

私は悠里に頬を叩かれた。

痛い。


悠里は泣いていた。

「先輩のことなんてもう知りません。今日までありがとうございました。さようなら」

「……ま、待って…………」


あぁぁぁぁぁぁ

偽物から作った恋愛は、偽物しか生まないのか。

偽物が、本物になる事は無いのか。

ひたすらに、後悔するしか、なかった。


すると、屋上の扉が開いた。

悠里っ!?と思ったが、違う。

あれは……沙也加だ。


「お前か?」

私は睨みつける。

「えっ?」

「お前が私を貶めたのか?」

「私は何も知らない……」

「ふざけるな!私はお前を許さない。絶対に許さない!」

「ちょ、ちょっと待って、話が違う!……い、痛いっ!なんで……私……殴られてっ!」

「許さない」

「や、やめてっ」

沙也加は一目散に屋上から立ち去っていった。

屋上に、再び1人きりになった。

私は……

何が欲しかったんだろうか……

雨が降ってきた。

全てを失ってわかるもの、とはよく言ったものだ。

失ってから気づいても、何も返ってこない。

もう……終わり。

何もかも……おわり。


屋上の扉がまた、開く。

悠里か!?と思って殴りかかったが、そのまま抱きしめられた。

「ま……茉心……」

「こんな所で何してるの……?風邪、引くよ?」

「……いいの、私、しばらく雨に打たれていた気分だから……」

「……何か、あったの?」

「…………」

「ご、ごめん……別に話したくないならいいの」

「茉心……全てを失うと、もう……何も感じないんだね……」

「えっ……」

「全てを失ったら悲しいものだと思ってたの。でも違った。何も、感じない。全てを失ったからそうだよね。残るのは、無、だけ」

「…………」

「もう……いいかな……全部、どうでも良くなっちゃった……。欲しいものも、もう、わからないし……ならいっその事……」

「それだけはダメだよ!」

私はまた、茉心に抱きしめられた。

暖かい……

「…………」

「何も感じないなんて、嘘だよ……。そしたら奏海、なんで涙を流してるの……?」

「これは……雨、だよ……」

「違う。全てを失って、何も感じないなんて、嘘。悲しいって感じるの。それが大切なものだったら尚更。大切なものを失って、悲しいと思わないなんて、人間じゃないよ……」

「…………」

「それに……全てを失ったわけじゃない、でしょ……?」

「…………」

「私が、いるよ?私が、奏海を支えてあげる。私は、奏海のそばに、ずっといるよ……?」

「…………」

「だから……何も無いなんて……言わないで……奏海がいなくなったら、私も何も無くなっちゃうから……」

「…………ごめん、ごめん」

そして私は茉心を強く、抱きしめた。

もう離さない、もう1人じゃない。

今、私にあるものを、確かめるように。



内藤先輩を探しに廊下を歩いてると、昔の友達にばったり出会ってしまう。

「悠里……」

「沙也加……」

「…………」

「……なんか久しぶりだね、話すの」

「そう……だね……」

「…………」

「…………」

『あ、あのっ!』

「あっ……」

「あ……」

「先、悠里いいよ……?」

「い、いや、沙也加こそ、お先に……」

『…………』

「なんか、おかしいね……昔はもっと気軽に話せたのに……」

「ほんとにね……どうしてこうなっちゃったんだろ……」

「あ、あの……」

「……ん?」

「また、友達、なれるかな……」

「っ!」

「やっぱり、仲悪いままだと……やだなって……」

「なれるよ!なれる!なろう!」

「あ、ちょっと、腕引っ張らないで……」

「私、沙也加から嫌われたって思ってて……それで……」

「私が……?嫌いになんて、なってないよ……?」

「そう……だったんだ……良かった……」

「じゃあ……今日から……いつも通り……」

「うんっ!またっ!友達!」

「よろしくね」

この握手の意味はわからない。

仲直りの握手?

また友達になった握手?

それとも……

それでも、私達は前に進むことが出来た。

それだけで、今は、いい。




高校2年生になった。

私と悠里は昔のように一緒に帰ったり、家で勉強する日々が続いていた。

そこには、友達としての、仲の良さがあった。


恋だけが全てじゃない。

友達の、好き、だって、価値があるものだから。


きっと私達はこの先ずっと、仲良しだ。

互いに、そう、確信できた。


「ね〜沙也加ちゃ〜ん、抱きしめてもいい〜?」


そこに恋は無いはずだ。

多分……





「ねぇ、茉心……今日も一緒に……」

「うん、分かってるよ奏海……」


私達は付き合っていない。

私が一方的に好きなだけ。

奏海は私に依存している。

奏海が私を失えば、直せないほど壊れてしまう。

依存でも、いい。

きっと恋に変わる時が来るはずだから。

依存のままでも構わない。

この状況にしてしまったのは私のせいだから。


私は後悔していない。

奏海は私のものになった。

奏海のためならなんでもする。


私は……こんな性格の私が嫌いじゃない。


むしろ、大好きだ。


だって……


欲しかったんだもの。

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