第7話 奇襲する蟲

「ケラァァァアアアアアアアーッ!!」


 巨大なハサミが、オレとサクラの頭上に迫る。互いに横跳びでかわすと、ハサミは固い地面に突き刺さり、土の塊が飛び散った。

 背中になにかが当たる。公園の周囲を覆う、黒い煙。壁のように固くて、外へ出ることはできなさそうだ。


「こんな大事なときになんですか! ケラケラうるさいむしケラが!」

「黙れケラァッ! オマエだけは絶対に許さないケラァアッ!!」


 別の方向に避けていたサクラに向かって、再びハサミが突進される。

 サクラは胸にプレゼントを抱えたまま、ハサミをかわして、オレのそばに来た。


「サクラ、あいつなんなんだ!?」

「小物の蟲ですよ。怨念のカスが集まったようなモノです。あなたたちは全部ひっくるめて『ワザワイ』と呼んでいるのです、かっ!?」


 迫ってきたワザワイは、上体を大きく横にひねり、ハサミを振り払ってくる。オレとサクラは、同時に同じ方向へ跳びのいた。


「サクラをねらってるみたいだけど、なにかしたのか!?」

「知りませんよ! 怨念や悪霊など、掃いて捨てるほどぶっ飛ばしてきましたから、恨まれることなどしょっちゅうです! いちいち覚えていません!」

「覚えてないケラだとぉ!?」


 ワザワイが、頭をもたげて叫んだ。赤い目が、ギンッとサクラをとらえる。


「許さないケラ! 許さないケラ! 弟のかたきを必ずとってやるケラァッ!!」

「弟の敵……?」


 ワザワイはその場で地団駄を踏むように、上体を持ち上げては振り下ろす。オレのつぶやきにピクリと反応して、ハサミをキシキシと鳴らした。


「そうケラ! コイツは七日前、甘い人間のみつを吸っていただけのケラたちに向かって、突然襲いかかってきたんだケラ!」

「七日前……あっ! もしかして、あの人にくっついていた無粋な蟲ケラですか!?」

「蟲ケラ言うなケラァアーッ!」


 上体を大きく反らしながら、ワザワイが叫ぶ。怒りを表すように、ハサミを何度も交差して、無数の足を激しく動かした。


「弟はあのあと、オマエの気に当たったせいで弱って、成仏したんだケラ! オマエのせいで、ケラたちの大事な弟が……っ」


 ワザワイの声が震える。その赤い目から、なにか光るものがこぼれ落ちた。


「……なぁ、サクラ。謝ったほうがいいんじゃないのか?」

「はぁっ!? なに同情しているのですか! そもそも人にくっついて悪い事をしようとしていたのはあっちですよ! だいたい悪い蟲ケラが、仏にるわけがないじゃないですか!」

「ケラァアアアッ!! 覚えてなかったうえに、謝る気もないケラか! 謝っても許さないケラが、もう絶対に許さないケラァッ!!」


 ワザワイは体をブンブンと左右に振って涙を振り落とし、再びオレたちに向かってハサミを振り下ろしてきた。


「オマエに仕返しをするために、ケラたちはがんばって不幸を喰らい、ここまで大きくなったんだケラ! すべてはオマエを、ギタギタのケラケラに切り裂くためケラァアアアアッ!!」


 ハサミが地面を砕く直前、オレは右へ、サクラは左へ跳びのいた。

 ワザワイはオレではなく、サクラのほうに視線を向け、追いかける。

 ねらいはサクラ一点だ。


「サクラ!」

「わたくしのことはいいですから! 早く倒してください!」


 サクラはオレから離れるように走りながら、声を上げた。

 このままだと、この空間から出ることができない。ワザワイも、説得できるような相手じゃなさそうだ。せめて動きを抑えないといけない。

 オレはワザワイの背後に回り込む。右手を高くあげ、指を弾いた。


「〈 Presentプレゼンツ 〉!」 


 澄んだ音が空間にこだまする。右手にまとった魔法の手袋に、淡い熱を感じる。同時に、オレの四方に四角い箱が現れ、クルクルと周りを回りだす。

 オレは上げていた腕を、今度はまっすぐ胸の前に伸ばした。


「〈 Shooting Starシューティング・スター 〉!!」


 叫ぶと同時に、ひとつの箱が、オレの目の前で止まった。

 その箱を両手で捕まえ、できるだけ頭上高くへ放り投げる。

 箱が開き、キラキラと光る星たちが、一斉に飛び出した。

 

「いっけぇええええっ!」


 オレは右手を、ワザワイに向かって指し示した。

 四方八方に散らばる星たちが、身震いをするようにまたたいた。次の瞬間、オレの指した方向へ、輝く尾を引き、光の粒子を振りまきながら流れていく。

 ワザワイの背に、たくさんの星たちが降り注いだ。


「ちょっ!? こっちにも飛んできたのです! コントロールへたくそですか!」


 何個かの星は軌道をそれて、上に飛んでいったり、地面に当たったりしてしまう……。土ぼこりがあがるなかから、サクラが悪態を吐きながら走ってきて、オレの背後に隠れた。


「ごめんな、サクラ。大丈夫か?」

「『大丈夫か?』ではないです! もしもせっかく作ったプレゼントが壊れたりしたら、どう責任をとるおつもりですか!」


 前方を注視しながら、耳にサクラの荒げた声が入ってくる。

 そのとき。


「ケラァアッ! 邪魔するなケラァアアアッ!」


 土ぼこりを振り払い、ワザワイは何事もなかったかのように、こっちへ突っ込んでくる。あれだけ攻撃をくらったのに、黒いからには傷ひとつついていない。


「だったら――」


 オレは素早く右手をもう一度あげた。


「〈 presentプレゼンツ 〉! 〈 Shining Arrowシャイニング・アロー 〉!」


 指を鳴らすとともに、また箱が出現する。目の前に止まったひとつから、弓が飛び出す。


「いちいち呪文を唱えなければならないとは、面倒ですね」


 弓を左手に取り、右手で弦を引く。左手と右手を結ぶようにして、光り輝く矢が現れる。まっすぐに突き進んでくるワザワイのひたいに、ねらいを定める。


「これなら、どうだ!」


 ギリギリまで近づけて、矢を放った。

 ワザワイは避けることもせず、矢が額に――


 キンッ!


 命中し、けれども殻に弾かれて、地面に落ちる前に消えてしまう。


「そんなもの、痛くもかゆくもないケラよぉおっ!」


 ワザワイがオレたちの目の前でハサミを振り下ろしてくる。


「くっ!?」


 オレはうしろに跳びのき、距離を取るため走る。

 ワザワイの体を覆う殻が、想像以上に硬い。〈 Shooting Starシューティング・スター 〉も〈 Shining Arrowシャイニング・アロー 〉もまったく効かないなんて。おそらく、〈 Jack-in-the-boxジャック・イン・ザ・ボックス 〉も効果ないだろう。


「あなた、力はありますが、思うよりも強くないですね。あんな小物の蟲ケラに、なに手こずっているのですか」


 並んで走るサクラが、唇をとがらせた。


「そんなこと言ったって……。というか、サクラも少しは手を貸してくれよ?」

「はぁ!? 見てわからないのですか! わたくしはこれを持っているのです!」


 そう言うサクラの両手には、プレゼントが。中身を崩さないよう、大事そうに手に包まれて、胸に抱えられている。


「さっき言ったではないですか! あなたは『別の者にプレゼントが奪われないよう、ガードしていてください』と! 早くやっつけないと、あの人が来てしまうではないですか!」


 サクラがいっしょに戦ってくれれば心強いんだが、どうやら手を貸す気はないらしい。といっても、あんな硬い殻を、オレ一人でどうやって破ればいいんだ?

 うしろを振り返ると、もうワザワイが目前に迫っていた。


「ケラケラケラ! まさかオマエ、まだわかってないケラかぁ?」


 ハサミが振り下ろされ、オレとサクラは別の方向に跳んで避けた。

 休む暇を与えず、ワザワイがサクラに向かって襲いかかる。オレは何度か矢を射るけど、どこに当ててもキンッと跳ね返ってしまう。サクラはひらひらと、まるで舞う花びらのようにハサミをかわしながら声を上げた。


「わかっていないとは、なにがですか!」

「オマエ、どうしてこんな場所に来たケラかぁ?」

「それは、人と約束をしたからです! ですから、蟲ケラに構っている暇など」

「ケラケラケラ! 傑作ケラ! まんまと偽の手紙にだまされているケラァ!」

「……えっ?」


 踊るように跳ねていたサクラの足が、止まる。ワザワイは赤い目をおかしそうに曲げて、上体を持ち上げたままサクラを見下した。


「あの手紙は、ケラたちが書いた手紙ケラ! まぁ、ケラたちは人間の字など知らないケラから、人間に乗り移って書かせてやったケラ!」

「乗り移ったって、だれにですか!?」

「決まっているケラ! 七日前に乗り移ったのと、同じ人間ケラ!」


 サクラの顔が、遠くからでもわかるくらい、一瞬で青ざめた。ワザワイが言う「同じ人間」というのは、おそらくサクラが待っている女の人のことだ。

 サクラはプレゼントをさらに強く抱きしめ、震えた声を出す。


「どうして……二度も……」

「あの人間は、ずっとやまいに伏せっていたケラ。死の恐怖と絶望で、身体中から不幸を巻き散らかしていたケラ。だからケラたちはおいしい不幸の蜜を吸いながら、人間を操れたケラ! 特に昨日は弱り切っていたから、とっても簡単に操れたケラ!」


 ワザワイの言葉に、オレは息をんだ。手紙に書かれていた、ガタガタに震えて、かすれていた文字を思い出す。

 サクラが、よろけるように、足を半歩後ろに引いた。


「それじゃあ……あの人は……、あの人は、どうなったのですか!?」

「さぁケラ? 手紙を書かせたらもう用済みだったから、放って置いてきたケラ。けどまぁ――」


 ワザワイは小首を傾げながら、軽い声で言い放つ。


「もう、死んじゃったんじゃないケラぁ?」


 その一言が、まるで鉛玉を胸に撃たれたように、オレに、サクラに、重くのしかかった。


「そんな……」


 サクラはうつむき、金縛りにあったように固まる。

 ワザワイが首を横に振りかぶり、サクラに向かってハサミを振り払おうとする。

 けれどもサクラの足は動かない。動こうとしない。


「サクラっ!!」


 オレは走った。ワザワイの真横を通り過ぎ、手を精一杯伸ばして、サクラの身体を押し飛ばす。

 直後、自分の腹に激痛が走った。


「ぐはぁっ!?」


 ハサミの外側に直撃して、身体が宙高くにはね飛ばされた。背中を地面にたたきつけられ、それでも勢いが止まらず、二、三回と転がった。

 なぎ払われるだけで、あの鋭利なハサミに真っ二つにされなかったのは不幸中の幸いだ。だけど、激痛に腹を押さえ、せき込みながらうずくまる。


「だ、大丈夫ですか!?」


 うっすらと目を開ける。サクラがオレのもとにすっ飛んできて、心配そうに身体を揺らした。


「あ……、あぁ……。く、クロウは……?」

「キュン。キュキュン……」


 フードのなかに隠れていたクロウも無事らしい。顔を出し、震えるくちばしでオレのほおをなでてくれる。

 と、オレは、サクラの両手がオレの腕をつかんでいることに、気がついた。


「サ、サクラ……、プレゼント、は……?」

「あっ? あぁっ……!?」


 サクラも今の今まで気がつかなかったみたいだ。なにも持っていない自分の両手を見て、声を上げた。


「探している物は、これケラかぁ?」


 視線を移すと、さっきサクラを押し飛ばしたところにプレゼントの箱が落ちていた。きっと、押し飛ばしたときにサクラが落としてしまったんだ。

 ワザワイが、ハサミの先で箱を挟んだ。


「っ!? や、やめてください!」

「ケラケラケラ! 人間ごときにちゃちなプレゼントケラかぁ? 浮かれて持ってきたケラかぁ?」


 サクラがギュッと両方の手でこぶしを作る。けど、ワザワイはさげすむようにあざ笑い、ハサミを高々と持ち上げた。

 まるで見せしめのように、ゆっくりと、箱にハサミの先が食い込んでいく。


「やめてください!」


 サクラが再度叫んだ。拳が震え、爪が食い込むほど強く握りしめられる。

 オレも、身体に力を入れる。


「ケラケラケラ! バカなアヤカシケラ! そんなにこれが大事なら、こうしてやるケラッ!」


 ハサミの先が、さらに食い込んでいく。箱の四角い形が崩れ、押しつぶされていく。


「やめてくださいっ!」


 響き渡るのは、サクラの悲鳴のような叫び。ワザワイの嘲笑ちょうしょう

 プレゼントが、箱もろとも、ひしゃげ――


「やめろぉぉぉおおおおおおおおっ!!」




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