第8話 サクラの拳

 箱がひしゃげる寸前、オレは地面を蹴った。


「やめろぉぉぉおおおおおおおおっ!!」


 痛みに構っている場合じゃない。かばうようにオレの前にいたサクラを押しのけ、一直線に突き進む。

 ワザワイが持ち上げているプレゼントまでは、四メートルほどの高さがある。

 けど構わずに、跳ぶ!


「〈 Presentプレゼンツ 〉! 〈 Jack-in-the-boxジャック・イン・ザ・ボックス 〉!!」


 指を鳴らし、足もとに箱を出現させる。箱のふたが開いて、バネのついたふざけた顔のおもちゃが、なかから飛び出してきた。


 ビヨ~~~~~ンッ!


 その頭を踏みつけ、さらに高くジャンプする!


「届けぇえええっ!」


 右手を伸ばし、大切なプレゼントへ――。

 けど、ワザワイはハサミをヒョイと上へずらす。


 あと二センチ、届かない……っ。


「キュンッ!」


 そのとき、フードのなかに隠れていたクロウが飛び立ち、くちばしでプレゼントをくわえ、ハサミから引き離した。


「クロウ! あっ。あああーーー!?」


 なにもつかめなかったオレの身体は、背中から落ちていく。下でピョンピョン揺れていたおもちゃの頭にぶつかって、あらぬほうへはじき飛ばされた。


「ぐへっ!?」


 背中から落ちたのは、公園の端にあった生け垣。地面にぶつかるよりは痛くないけど、葉っぱと枝まみれになってしまう。

 くちばしにプレゼントをくわえたクロウが、こっちに飛んでやってきた。


「ありがとうクロウ、ナイスだぜ!」

「キュンッ!」


 腕に止まったクロウから、プレゼントを受け取る。クロウは大きく一鳴きしたけど、怖かったのか、震えながらオレの胸にくちばしをこすってきた。

 頭上から、キシキシとハサミの擦れる音が鳴る。


「オマエ、さっきから邪魔ばかりして、小賢しいケラ! あのバカなアヤカシとそのちっぽけな箱が、そんなに大事ケラか!」

「大事だ!」


 オレは即答した。両手にプレゼントとクロウをしっかり抱え、ワザワイをまっすぐに見据える。


「サクラは、大好きな人のために、大切な人のために、プレゼントを作ったんだ! 一生懸命、自分の手で、想いを込めて、このプレゼントを作ったんだ!」


 はるばるサンタさんの家まで、宝石を求めてやってきた。門前払いされても、あきらめずに家に入ろうとしていた。女の人との思い出を話して、切なそうな顔をしていた。地道な作業も丁寧に、心を込めてスイートポテトを作っていた。プレゼントをずっと大事に抱えて、ここまで持ってきた。


「この小さな箱のなかには、サクラの想いが、いっぱい、いっぱいに詰まっているんだ! その想いを踏みにじって、バカにするんじゃねぇっ!!」


 このプレゼントを壊すことは、サクラの想いを壊すことになる。そんなこと、絶対にさせない。このプレゼントは、オレが絶対に守ってみせる!


「ケラケラケラ! だったらバカなオマエも、その箱ごと踏みつぶしてやるケラァアーッ!!」


 ワザワイはわらい、上体を大きく持ち上げた。

 オレは身体をひねり、プレゼントとクロウを自分の腕に隠した。降りかかる影に、奥歯を噛み締め、身を強張らせた。


 次の瞬間。


「ゲラァアッ!?」


 ワザワイの体が、地面から現れたなにかによって、吹っ飛ばされた。

 突然目の前に現れたのは、焦げ茶色の幹と枝。ここに来る前に立ち寄った公園で、たくさん見た。葉も花もついていない、一本の大きな桜の木。


「たかが人がっ。わたくしの擁護ようごなど、しないでください……」


 さっきまでの小言を言う声でもなく、心配する声でもない。家にいたときに一度聞いた、背筋の凍るような声が耳に届いた。

 サクラが足音もなくやってきて、桜の幹にそっと手を触れる。やさしくなでる手つきとは裏腹に、髪がかすかに揺れていて、身震いするような殺気が肌を刺してきた。


「ケラ……、よくもやったケラ! 不意打ちとは、卑怯ひきょうケラッ!」


 十メートルほど飛ばされたワザワイが、起き上がって声を上げた。

 サクラの手が止まる。そっと幹から手を放す。首を傾げるようにゆっくりと、ワザワイへ顔を向けた。


「たかが蟲ケラの分際がっ。あの人を利用し、そのうえわたくしの目の前で人を傷つけるなど、ただで済むと思うな」


 冷淡で、威圧的で、怒りを多分に含んだ声色が発せられた。

 次の瞬間、サクラの着物がバサバサとはためき出す。風ではない。得体のしれない衝撃が伝わり、オレは息を止めた。


「ケラァアアアアーッ!! たかが木の分際ケラがぁああああああーっ!!」


 ワザワイが土ぼこりをあげながら突進してくる。

 サクラはワザワイと正対し、右手を斜め下へと伸ばした。まるで地震が来たように、周囲の地面が揺れだす。手のひらを上にして、空気の塊を握りつぶさんとするように、指に力を入れる。

 サクラはその手を、天高く突き出した。


 桜の木が、跳ぶ!?


「桜を、めるなぁああああああああああーっ!!」


 天をくようなサクラの声とともに、桜の木は煙で覆われた天井近くまで跳び上がった。

 そして、オレと同じように呆気あっけにとられて動きを止めているワザワイへ――。


「ゲラァァァアアアアアアアッ!?」


 桜の大木が、ワザワイの下半身にのしかかった。

 地面がえぐれ、亀裂が走る。木の根は土のなかに食い込み、ワザワイを締め付け、その動きをつなぎ止める。

 サクラが、着物をひるがえし、ワザワイのもとへ駆けだした。


「ご……ごのゲラァアアアア!!」


 ワザワイはもがきながら、近づいてきたサクラをハサミで切り裂こうとした。けど、ハサミが交差する寸前、サクラは地を蹴り、ワザワイの頭上に跳ぶ。

 右手にこぶしを作り、腕を勢いよくうしろに引いた。


「はぁあああああああああああっ!!」


 拳が、ワザワイのひたいに殴り込まれた。

 オレがどれだけ攻撃してもまったく歯の立たなかったワザワイの殻にヒビが入る。

 サクラがそのヒビを蹴って身を引いた、直後――。


 パリンッ!


 額の殻が、小さく割れた。


「今です!」


 今なら、攻撃が届くはずだ。

 サクラの声に答える前に、オレは立ち上がった。クロウにプレゼントを預け、指を弾く。


「〈 presentプレゼンツ 〉! 〈 Shining Arrowシャイニング・アロー 〉!!」


 弓を構え、黒いもやが漏れ出しているワザワイの額に、ねらいを定める。


「いっけええええええええええええええーっ!!」


 プレゼントへ込めた想いを。

 大切な人へ向けた想いを。

 サクラが抱いた想いを込めて、矢を放つ。


 光り輝く矢は一線のきらめきを描き、ワザワイの額に突き刺さった。


「ゲラアアアアアアアァァァァァーーーーーッ!!」


 額から黒いもやがあふれ出て、消えていく。同時にワザワイの体が、砂のように崩れていく。ハサミが地面に落ち、体も倒れ、形を失っていく。

 ワザワイの姿がすっかり消えてなくなると、鳥の声や車の走る音が聞こえ出した。桜の木の姿ももう見えない。辺りを見回すと、覆われていた黒い煙もなくなって、外の様子が見えるようになっていた。


「やった……」


 オレは心の底から安堵あんどの息を吐いた。

 と、視界の隅に、コソコソと地面をう、ミミズみたいな二匹の虫のようなものを見つけた。


「あっ……」

「ケッ!?」

「ラッ!?」


 絶対に虫ではない黒い二匹は、大急ぎで近くの茂みに隠れようと尺をとる。

 けど、その行く先に、大きな影が立ちはだかった。


「逃・げ・ら・れ・る・と? お思いですかっ!」

「ケーケー!?」

「ラーラー!?」


 サクラが地面にしゃがみ込み、ワザワイをとっ捕まえる。両手で握りつぶし、丸めて、こねくり返して、罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせながら、散々にもてあそぶ。

 サクラの手のあいだから漏れるワザワイたちの悲鳴で、耳が痛い……。


「サ、サクラ……」

「なんですか! 宝石の材料にしたいのなら、あげますよ!」

「ケ!? ケーケーケー!」

「ラ!? ラーラーラー!」


 糸くずのようにこんがらがったワザワイたちを握りしめて、サクラが言った。ワザワイたちは本気で泣いている。


「い、いや……」

「いらないのですね! だったら!」


 サクラはワザワイたちをボールのように握って、全力投球した。


「二度とわたくしの前に現れないでください! このクソクズバカアホ蟲ケラーっ!」

「ケェーーー」

「ラァーーー」


 ワザワイは公園の隣にあるコンクリート張りの水路にポシャンッと落ちて、流れていった。

 サクラがパンパンと汚れを落とすように手をたたく。


「まったく、とんだ災難でした! だいたいあなたが弱くて手こずるからいけないのです! 花も葉もついていない時季はあの術しか使えず、けっこう重いのですからね!」


 まだ怒りが収まらないのか、サクラは腕を振って、オレに当たってくる。けど、急に動きを止めて、手を下ろした。顔を少しだけ下へ向け、つぶやくような声を出す。


「けがは……大丈夫なのですか?」


 サクラの顔は、片腕で腹を抱えるオレに向いていた。


「あぁ。たいしたことないぜ?」


 まだ少し痛いけど、動けるから骨は折れていないだろう。ところどころすりむけてもいるけど、たいしたことはない。家に帰ったら、スノウの治癒魔法で治してもらえばいい。

 サクラは顔を横にそむけ、口を結んで、なにも言わない。


「それよりも、サクラ」


 オレは話を変え、肩に乗るクロウからプレゼントを受け取った。それをサクラに返すため、差し出す。


「これ……」


 けど、プレゼントはもうボロボロになってしまっていた。土で汚れていて、桜柄の包装紙は破れていて、箱の両側はへこんでしまっている。

 サクラはなにも言わず、両手でプレゼントを受け取った。包装紙を取り払って、箱を開ける。

 なかにあるスイートポテトはつぶれていて、半分に割れてしまっていた。


「ごめん、サクラ……」


 もっと早くワザワイから取り返していれば、もっとオレが強ければ……。後悔の念が、胸を刺す。


「あなたが謝ることではないですよ」

「でも」

「もういいのです」


 サクラの声は抑揚がなく、表情もわからなかった。淡々と箱を閉じ、もとのように包装紙で包んでしまう。


「もう、あの人には、渡せないのですから……」


 そう言うと、来るときと同じようにプレゼントを胸に抱えて、歩き出した。公園の出口に向かって、さみしげに背中が揺れる。

 オレはギュッと手を握り締め、サクラの隣へと走っていった。


「まだだ。行こうぜ、サクラ」

「えっ?」


 腕をつかんで、オレたちは駆けだした。




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