第5話 作ってみる

 ところ変わって、ここはリビングの隣にあるキッチン。


「ななな、なんですか、これーっ!?」


 声を上げたサクラは、首に巻いていたストールで着物をたすき掛けにして、その上からエプロンを着けている。エプロンはオレの予備の分で、ささっと着させたものだ。


「どうしてわたくしが、このような格好を!?」

「どうしてって、今からスイーツを作るんだ」


 オレもエプロンを着けて、頭に三角巾代わりのバンダナを巻きながら答える。


「す、すいーつ?」


 サクラは首を傾げ、口をポカンと開けて固まった。

 数秒後、思い出したように、ブンブンと首を振る。


「ちょっと待ってください! なぜスイーツなのですか? 宝石は? 宝石から、なぜ、スイーツ?」


 頭の上にたくさんの疑問符を浮かべながら、こっちへ詰め寄ってくる。

 オレはそんなサクラの目の前で、人差し指を立てた。


「サクラは、大切な人を喜ばせたくて、プレゼントを渡したいんだろ?」

「はい。ですから、女の人がよく好きだという花か宝石がいいかと思いまして……」

「もうひとつ。女の人は、スイーツも好きなんだぜ? なっ、スノウ?」


 そう言って、キッチンテーブルの上で飛んでいるスノウに目を移した。


「スノウはいつもオレに、クッキーが食べたいとかケーキが食べたいとかタピオカミルクティーが飲みたいとか、せがんでくるんだぜ?」

「べ、別に、せがんでるわけじゃないわよ! 料理の腕があがるよう、特訓させてるだけよ!」

「そうなのか? でも、いつもオレの分も残さずに、ひとりで全部食べるじゃないか?」


 身体よりも大きなホールケーキを、ペロリとたいらげることだってある。いったい、小さなお腹のどこに収まってるんだ?


「うっ、うるさいわね! 弟子がサンタさんの口に合うものをちゃんと作れるか、味見してるだけよっ!」


 スノウはなぜか顔を真っ赤に染めて、オレのほおをポカポカと殴ってくる。本気じゃないけど、地味に痛い。


「言われてみれば、確かに……。公園にいつも来る女子高生は、よくお菓子をシェアしていますね。女子旅で来た方々も、クレープ片手に写真を撮っていました。この前いたカップルも、新しくできたパンケーキの店に行こうと言っていましたし……」


 オレたちのやりとりを気にすることなく、サクラはあごに手をそえ、ブツブツとつぶやいている。


「まぁ正直、好みは人それぞれだから、その人がスイーツを好きかはわかんないけどさ。でも、自分の手で作ったものなら、きっとサクラの想いも伝わると思うぜ?」


 言いながら、オレはスノウをやさしく捕まえて、キッチンテーブルの隅にそっと座らせた。肩に乗っているクロウも、イヤイヤと翼をばたつかせているのを捕まえて、スノウの隣に座らせる。料理中は危ないし、集中したいから、手出しと口出しは厳禁、というのが決まりだ。


「わたくしの、手で作ったもの……」


 サクラは自分の両手に顔を向ける。手を握ったり開いたりして、最後にギュッと握りしめ、顔を上げた。


「それで、なにを作るのですか!? わたくし、桜餅が良いです! 百歩譲って、練り切りでも良いですよ!」


 ほおを淡く染めて、両腕を上下に振って、やる気満々みたいだ。

 オレはしゃがんで、キッチンテーブルの下にある麻袋をあさった。


「あいにく今、年度末っていうか、収入のある直前だから、食材があんまりないんだ。あんこはなくて、小麦粉もこの前使い切ったから……」


 手もとにある材料で、手軽にできるスイーツといえば……。

 袋から紫色のアレを取り出し、サクラに向かって見せた。


「作るのは、スイートポテトだ!」


 保存の利く、形のいい立派なさつまいもを目の前に、サクラは……。


「芋ぉっ!? わたくしをバカにしているのですかっ!!」


 なぜか、激怒してくる……。


「あのアヤカシ、ちゃんと作れるのかしらね……?」

「キュ、キュ……」


 スノウとクロウのつぶやく声が聞こえた。


 まぁ、なにはともあれ、ここからは、オレ弟子のスイーツレクチャー!

 まずは、さつまいもを洗って、皮をむく。


「芋! まさかの芋! わたくしは桜守さくらもりのアヤカシと言っているではないですか! すうぃーとぽてと、などと言っていますが、たかが焼き芋ではないですか!」

「まぁまぁ。とりあえず作ってみようぜ? あっ、サクラ。ここ、皮がまだ残ってるぜ?」

「わかってます! ちゃんとむきますぅっ!」


 次に、さつまいもを一口大に切る。


「わたくし、さつまいもは嫌いです。つる植物は、木に絡まってくるから嫌なのです……」

「そうなのか? でも、これはだから、心配しなくて大丈夫だぜ?」

「知ってますよ! あと、実ではなく、これは塊根。根っこですからね」


 切ったさつまいもは、さっと水にさらして、なべのなかへ。ここに牛乳を入れて、柔らかくなるまで煮る。

 なべのなかからぐつぐつと音が鳴り出すと、牛乳の温かくて甘い香りが漂い始めた。なべの前で様子を見ているサクラが、匂いをかぐように鼻を軽く動かす。


「どうだ、サクラ? 竹ぐしで刺して、スッと通るようになったらいいぜ?」

「刺せば良いのですね。あっ、柔らかいですよ」

「じゃあ次は、さつまいもをつぶす。フォークで荒くつぶすのが簡単だけど、裏ごしすればもっと滑らかな口当たりになるぜ。どうする?」

「もちろん、裏ごしします! ここで手を抜くわけにはいきません」


 サクラは腰に手を当てて、即答した。

 火を止め、残った牛乳と一緒にさつまいもを裏ごし器のなかへ。サクラはへらを使って、柔らかくなったさつまいもを丁寧にこしていく。オレは裏ごし器とその下に置いたボウルを押さえながら、真剣な表情のサクラを見守った。


「できました!」

「それじゃあ、これをまたなべに移して、火にかける」


 用意しておいた砂糖とバターと卵黄を加え、へらを使って生地を練っていく。


「焦げやすいから、気をつけろよ?」

「わかってますよ。どのくらい練れば良いのです?」

「そうだな……。成形したいから、固めでポテッとするくらい」

「ポテッ……?」


 あきれたような声を出しながら、サクラは手を止めずに生地を練っていく。しばらくすると、牛乳の水分が飛んできて、ポテッとしてきた。まとめた生地がなべ底を転がるようになれば、できあがりだ。


「よし、火を止めていいぜ? 生地をボウルに移して、粗熱をとる。あとは、好きな形にして、オーブンで焼けば完成だ」

「好きな形、ですか?」

「そっ。こうやって、適当な量を取って、手で丸めて……」


 丸めた生地を少し平らにつぶして、周りを五カ所、人差し指と親指で軽くつまんでいく。すると……。


「ほら、星の形になっただろ?」


 少し不格好な星型の生地を、オーブンシートの上にのせた。

 サクラはそれを見て、見えない目を輝かせるようにパァッと表情を明るくする。


「ならばわたくしは、桜の花を作ります!」


 声を弾ませて、早速生地を手に取るサクラ。

 さっきのオレみたいに生地を丸くして、平らにつぶして、形を作っていく。なかなか上手くできないのか、途中で「あぁっ」とか「うぅ~ん」とか言いながら、生地を丸く戻す。それでもあきらめず、再び花の形を作ろうとする。


「サクラって、一生懸命だよな」


 隣で、残りの生地を丸めて星の形を作りながら、オレは言った。

 始めは文句を言っていたけど、手は抜かず丁寧に作っていた。あえて面倒な裏ごしをするって言った。それに今だって、きれいな形にしようとがんばっている。

 サクラは手のひらに生地をのせたまま、チラリとこっちへ顔を向けた。


「当たり前です。サプライズに手は抜きません。こういう小さな手間が、大きなみのりに繋がるのです」


 人差し指と親指を使って、やさしく生地をつまんだり押したりしながら、サクラは言葉を続ける。


「桜と同じですよ。春に花を咲かせるには、一年かけてコツコツと準備が必要なのです。夏に葉を茂らせ養分を蓄え、秋に花芽と葉の芽を作り、冬に眠って寒さをしのぐ。そうしてやっと春に、素晴らしい花を咲かせられるのです」


 サクラの手のひらには、花の形をしたきれいな生地ができていた。今度は竹ぐしを使って、花びらの先端に小さな切れ込みを作っていく。


「そっか。サンタさんも同じだぜ?」


 オレは、自分の作った星型の生地に目を落とした。


「サンタさんも、クリスマスって大切な日のために、一年かけて準備するんだ。集めたワザワイを浄化させて、宝石にして、それを元にまたクリスマスに備える。そして次のクリスマスにまた、子どもたちのキラキラした『夢を守る』ことができるんだ」


 準備というより、後始末みたいに見えるけど。でも、それをしっかりすることで、また次のクリスマスに備えることができる。大切な日のために、残りの日々だって、丁寧に過ごしていかないとダメなんだ。

 顔を上げると、サクラはこっちに顔を向けたまま手を止めていた。そして、プイッと首を反対側にひねった。


「あ、あなたたちのような胡散うさん臭い連中と、桜をいっしょにしないでくださいっ!」


 そう言って、完成した生地をシートのうえにのせた。

 先に切れ込みのある五枚の花びら。真ん中には、めしべやおしべの代わりに小さな丸い生地の玉がついている。まるで上生菓子みたいだ。


「おぉっ。すごいな、サクラ!」

「当たり前です! わたくしにかかれば、このくらい余裕ですよ!」


 サクラはフンッと腰に手を当て、胸を張る。

 あとは表面に卵黄を塗って、オーブンで焼き色がつくまで焼くだけだ。

 そのあいだ、オレは後片付けをして、サクラはオーブンの前にくっついて鼻歌を歌っていた。


 そして――。


「もう良いのではないですか? 茶色く色づいていますよ」

「どれどれ? おっ、いいぜ。熱いから気をつけろよ?」

「わかってます」


 オーブンを止め、サクラがそっと天板を持って、キッチンテーブルに置く。

 オレの作った星型のスイートポテトと、サクラの作った桜の花のスイートポテト。

 どちらも表面がこんがり焦げ茶色。甘い匂いが鼻をくすぐってくる。


「わぁあああっ! これでできあがりですかっ!?」


 サクラは両腕をパタパタ振りながら、嬉々ききとした声をあげる。オレはオーブンシートを網台の上にのせた。あとは冷ませば、できあがりだ。けれども……。


「もうひと手間、あるぜ?」

「えっ?」


 オレはサクラに向かって片目をつむり、あらかじめ用意しておいた小皿を手に取った。なかのものをつまんで、焼き立てのスイートポテトの上にパラパラと振りかける。


「桜……色……?」


 サクラが小さく声を漏らした。

 細かいピンク色の粒子が、焦げ茶色の表面を彩る。


「ピンク色の岩塩だ。これで完成だぜ!」


 桜の形をしたスイートポテト。茶色い幹のような焦げ目と、花のような塩を振って、黄色いさつまいもを桜っぽくしてみた。

 サクラはほおをピンク色に染めて、声にならない歓声をあげている。


「た、食べてみても良いですかっ?」

「あぁ。オレの分ならいいぜ」


 そう言うと、サクラは早速、シートから星型のスイートポテトをひとつはがし、口に運んだ。


「あっ!」


 パッと、サクラの周りにピンク色の花が咲いた、ように見えた。


「あぁっ……! ああああぁっ……! お、おいしいですっ!」


 一口食べるごとに、花が咲き、歓呼の声があがる。楽しそうに身体を揺らしながら、両手で持って少しずつ、まるでリスみたいに食べていく。


「芋の柔らかく滑らかな口当たり、やさしい甘さ、ほんのり効いた塩もアクセントになって……。とてもおいしいです! さすが、わたくしっ!」


 オレに言っているというより、ただ気持ちを叫んでいるみたいだけど……。でも、うれしそうな表情を見ていると、こっちもうれしくなる。


「スイートポテトって、冷めてからのほうがおいしいのよね。……うぅぅんっ! ま、まぁ、焼き立ても、まぁまぁいいんじゃないかしら?」

「あっ、スノウ。いつのまに」


 シートのほうに目を向けると、スノウがオレの作った別のスイートポテトのそばにいた。自身の半分くらいの大きさがあるのに、大胆にかぶりついている。

 テーブルのすみでおとなしくしていたクロウも、がまんできなくなったのか、オレの肩に飛びのってきた。


「よし、サクラ。サクラの作ったプレゼント、大切な人に届けに行こうぜ」


 スノウといっしょにお花畑にいたサクラが、ハッと我に返ってこっちへ顔を向けた。ほおを淡く染め、幸せそうな顔のまま、大きくうなずいた。


「はいっ!」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る