第4話 ください!

「いや。だから、それはできないんだ」

「ふぇえっ!?」


 オレの一言に、素っとん狂な声が返ってくる。上機嫌にほおを上げていたサクラの顔が、苦虫を噛み潰したように崩れた。こちらに向かって差し出していた両手をギュッと握り、その腕を大きく上下に振り出す。


「なぜですか! 理由を話せばくれると言ったではないですか!」

「そんなこと、一言も言ってないわよ!」

「わたくしをだましましたね! ありがたい話を長々と聞かせてやったというのに、たかが石の欠片のひとつもくれないのですか!」

「別に聞きたくて聞いてたわけじゃないわよ! ていうか、人のこと見下しといて、ちょっと目が合ったくらいでなにのろけてんのよ!」

「べ、別にのろけてなどいません! ひ、一目れなど、していませんから!」


 売り言葉に買い言葉。スノウが応戦して、またサクラといがみ合う。

 激しくなる前に、オレはふたりのあいだに割って入った。


「なぁ、サクラ。これだけは言っておきたいんだ」

「なんですかっ!」


 スノウに向かって歯をむき出していたサクラは、そのままオレに顔を向ける。「じゃましないでよ! 弟ふぃっ!?」と、スノウをまた手のひらに包み隠して、オレはサクラをまっすぐに見た。


「サクラはさっきから、サンタさんの作る宝石のことを『まがい物』だとか『偽物』だとか言っているだろう?」

「えぇ。だってそうでしょう。本物の宝石というのは、土深くで長い年月を経てできる結晶です。それをあなたがたは、怨念や悪霊を材料に、怪しい力を使って作っているのでしょう? その偽物を売って、金もうけをしているのでしょう?」


 サクラはなんのためらいもなく、平然と話をする。コチラ側で広まっているうわさを、そのまま口にしているのだろう。

 こうやって、面と向かってはっきりと言われるのは、久し振りだ。


「確かに、サンタさんはワザワイを材料にして、魔法を使って宝石を作っている。それは、サクラの言うとおり間違ってないぜ。でも――」


 サンタさんの作る宝石は、作られ方が天然の宝石と違うけれども、中身の組成はほぼ同じだ。天然の宝石と、なにも変わらない。むしろ不純物が少なくて、質がいいくらいだ。

 でも、オレが言いたいのは、そんなことじゃない。


「サンタさんは、宝石を作って売るためにサンタさんをやっているわけじゃない。ワザワイがもたらす不幸を少しでも取り除くために、子どもたちの『夢を守る』ために、サンタさんはサンタさんをやっているんだ」


 サクラの口が、への字に曲がった。

 オレは構わず、白い和紙の巻かれた先の目を見据える。


「クリスマスの『夢を守る』ために、サンタさんはワザワイを集める。集めたワザワイはそのままにしておくわけにいかないから、無害なものに浄化させないといけないんだ。その浄化でできる副産物が、宝石だ。それを売ることで、サンタさんはまた、サンタさんとしてクリスマスに『夢を守る』ことができるんだ」


 ワザワイを浄化させるためには、大量の魔力と体力と集中力が必要になる。ほぼ一年、ほとんど動けないくらいに。そのあいだ、生活していくためにも、次のクリスマスに備えるためにも、どうしてもお金は必要になる。だから、浄化途中で魔法を少し工夫して宝石を生みだし、それを売って、かてを得ている。


「サンタさんにとって宝石は、『夢を守る』ために命をかけて作った結晶で、命を繋ぐ大切な結晶なんだ。だから、易々やすやす他人ひとに譲るなんてできない。それをしてしまえば、サンタさん自身を値切りすることになるんだ」


 そう、オレはスノウから教わった。どんなに懇願されても、自分の命を削って生みだした物を、無価値にして渡してはいけない。それをすれば、一時は幸せを感じるかもしれないけれど、本当は、自分自身を軽視して、不幸にしているだけだって。

 オレの話を、サクラはなにも言わずに聞いてくれた。そして、


「物は言いよう、きれいごとですね」


 そう言って、一笑する。


「あぁ。でも、それがサンタさんだ」


 理解してほしいなんて言わない。むしろ話を聞いてくれただけでもありがたい。

 サクラはつまらなそうに口を真一文字に結んで、しばらく沈黙した。そしておもむろに口を開き、さっきまでとは違う低い声を出す。


「もしもわたくしが、今ここで、あなたがたの持つ宝石を力尽くで手に入れようとすれば、あなたはどうするおつもりですか?」

「止める。全力でな」


 オレは間髪入れず、力を込めて言った。

 次の瞬間、サクラの髪がユラリと揺れた。あごを少しだけ前に出して、顔をななめに傾ける。口角がかすかに上がり、小さく息を吐き捨てた。


「たかが人がっ。わたくしに勝てるとでも思っているのですか?」


 一瞬にして、部屋の空気が変わった。見えない目から放たれる殺気に、ザワリと脊髄せきずいを悪寒が走る。

 それを悟られないよう、腹に力を入れる。目をそらさず、サクラを見続ける。


かなわないかもしれない。けど、全力で止める。もしもサンタさんが命がけで作った物やサンタさん自身に危険が及ぶのなら、命をかけてオレは守る。それが、弟子オレの使命だ」


 ぶれることのない気持ちを、言葉にして伝えた。

 サクラは動かず、まるで品定めをするように、オレに顔を向けている。

 と、その時。


「なにカッコつけてんのよ、弟子! あんたに守ってもらうほど、サンタさんは落ちぶれていないわ!」

「うぐっ!?」


 突然、スノウがオレの手から飛び出して、あごに強烈なりを入れてきた。硬直していた身体が、勢いでソファーの背に倒れ込む。


「いってーっ!? スノウ、そこツッコむところなのか?」

「当たり前よ! サンタさんをお守りするのは、相棒のワタシの使命! あんたはただの弟子! 見習い雑用! 勘違いしないで!」


 オレは口に手を当て、身もだえる。さっきまでこらえていた涙が、別の理由であふれてきた。そんなオレに構わず、スノウは立てた人差し指をほおに突き刺してくる。

 サクラを見ると、拍子抜けしたようにポカンと口を開けていた。


「それにさ、サクラ」


 オレはスノウのツッコミを手のひらで制しながら、身体を起こす。スノウのせいですっかり変わってしまった空気のなかで、思ったことを伝える。


「いくらきれいだからって、自分が『偽物』で『たかが石』だと思っている物を、大切な人にあげるのはちょっと違うと思うぜ? ましてや、強引に奪った物なんて。もらうほうは、うれしくないんじゃないのか?」


 サクラはハッとした様子で、オレに顔を向けたまま固まった。そのほおが、徐々にまたピンク色に染まっていく。そして、ふっと息を吐いて、あきれたように口もとを緩めた。


「わかりましたよ。あなたがたの作る宝石はあきらめます」


 その言葉を聞いて、オレもようやく肩の力が抜けた。オレの手をなぶっていたスノウは、フンッと鼻息を鳴らす。余計なことを言わないように、両手をかぶせておく。

 一方のサクラは、急に唇をゆがめて、そわそわと身体を動かし始めた。肩を落として、うつむきながらつぶやく。


「でも、わたくしはどうすれば良いのですか……。もう時間もあまりありません……。今から川原に行って、宝石を探せと言うのですか……」

「いや、いい方法があるんだ」

「えっ?」


 サクラがパッと顔を上げた。

 宝石を譲ることはできない。けれども、宝石以外のことで、サンタさんに負担をかけないことなら、オレはなんだって手伝いたい。相手が困っていて、その事情を知っているのに、放っておくことなんかできない。

 だから。オレは立ち上がり、サクラに向かって片目をつむってみせる。


「いっしょに、プレゼントを作ろうぜ?」




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