第2話 人らしき者

 人らしき者を家に入れ、リビングのソファーに座らせたあと。

 オレはお茶を入れに、キッチンに行った。


「なんなのですかあなた! ひとを見るなり飛びりとは! わたくしをだれだと思っているのですか!」

「押しかけてきてよく言うわ! いきなりのろい殺すなんて野蛮なこと言い出したのはそっちからでしょ!」

「野蛮とはなんですか! わたくしはこの近くの土地で百年以上桜を守る、由緒正しき桜守さくらもりのアヤカシですよ! あなたのような獣のなれの果てといっしょにしないでください!」

「なによ! たかが草のアヤカシじゃない!」

「草ではないです! 木ですぅっ!!」


 お湯を沸かしているあいだ、人らしき者とスノウの口ゲンカが繰り広げられる。家中響く怒声に、肩に乗るクロウはソワソワと落ち着かない。土間どまにいるカイは、迷惑そうにペタンと耳をふさいでいた。

 それにしても、スノウの正体を見ただけで気づくなんて。アヤカシって言っているけど、そうとう力があるみたいだ。


「まぁまぁ、それくらいにしとけよ、スノウ。お客さんなんだから」


 オレはトレーにカップとお茶請けを乗せ、テーブルの前に行った。

 客用のカップとお茶請けを人らしき者の前に置き、その斜め向かいにスノウ用の小さなカップと普通サイズのお茶請けを置く、そしてスノウの隣に自分の分を置いた。


「な、なんですか……これは……」


 人らしき者は、二人掛けの長いソファーの上で正座をしている。スノウにあれだけ強く蹴られたのに、ほおに傷はまったくない。和紙で見えない視線をカップに向け、口の端をピクピクと動かす。


「なにって、紅茶とクッキーだぜ?」


 出したのは、アールグレイの紅茶と星型のクッキー。ミルクポットとシュガーポットもそえておいた。クッキーは、昨日スノウにホワイトデーがなんとかってせがまれて焼いたものだ。

 人らしき者は肩までプルプル震えだして、キッと、見えない目でオレをにらむ。


「わたくしをバカにしているのですか! さっきから守のアヤカシと言っているでしょう! ジャパニーズSAKURAですよ! ここは玉露ぎょくろでおもてなしするところでしょう!」

「えっ、あっ、今、緑茶切らしてて……」

「なんですかそれ! だいたいこの家だって、客間はないわ、畳はないわ、土足であがるわ! ここはニッポンです! 郷に入っては郷に従え、という言葉を知らないのですかっ!」


 人らしき者は背筋を伸ばして正座したまま、両手をブンブンと振って怒る。

 オレが一人掛けのソファーに座ると、スノウが耳もとに飛んできた。


「ほら、言ったでしょ? こんな面倒なアヤカシと関わらないほうがいいわよ」


 そうは言っても……。オレは頭のうしろをかいた。

 人らしき者はブツブツと言いながら、カップに手を伸ばした。取っ手を持たず、片手を底に、もう片方を横にそえて、まるで湯飲みみたいにして持ち上げる。


「まったく、うわさどおりの連中ですね。人のくせに怪しい力を得てもてあそび、郷に染まらず己だけ利を得ようとは、なんと乱暴で粗野で非道なやつら……あっ、おいしい」


 ズズズッと紅茶をすすると、パァッと顔の周りに花が咲いた、ように見えた。クッキーを片手に取って、口の中へ。また顔の周りに花が咲く。さらにシュガーポットから砂糖をホイホイホイと三杯紅茶に入れて、スプーンでかき混ぜ、すする。と、さらに花。

 オレの淹れた紅茶と作ったお菓子を気に入ってくれたのか、人らしき者のほおはピンク色に染まっていく。


「なんか、口は悪いけど、良いひとっぽいぜ?」

「……そうかしら?」


 スノウは口をひん曲げて、人らしき者に向かって目をすがめた。

 オレは自分の紅茶を一口飲んでから、ソファーの上で踊るように身体を揺らしている人らしき者に話しかけた。


「それで、えっと、桜守のアヤカシって言ったよな? サクラは、どうしてここに来たんだ? なんで宝石がほしいんだ?」


 「桜守のアヤカシ」は長いから、縮めて「サクラ」と呼んでみた。

 サクラは天国から戻ってきたみたいにハッと我に返って、カップをソーサーに戻す。


「それよりも、あなたがたも名乗ってはどうですか? 特にそこの、さっきからフラふらフラふらしている人! あいさつもせずになんなのですか!」


 オレの後ろでロッキングチェアに座っているサンタさんを指差して、サクラは唇をとがらせた。

 スノウが目をつり上げて叫ぶ。


「あんた、サンタさんに失礼よ!」

「まぁまぁ、スノウ、落ち着けって」


 飛びかかりそうなスノウを、両手で抑えてやる。サクラは手をひざの上に置いて、ツンッと澄ましている。

 オレはクロウと目を合わせて、苦笑いを浮かべた。それから改めて、サクラに向き直る。


「オレはサンタさんの弟子だ。こっちは、オレの相棒のクロウ。で、こっちが、サンタさんの相棒のスノウ。それで、こっちはサンタさんで、あっちにいるのが、トナカイのトナとカイだ」


 両手がふさがっているから、目でみんなの紹介をする。サクラはオレの目線どおりに首を動かしていく。最後に背後を見て、首を戻してカクンッと傾けた。


「サンタクロースというのは、あなたではなくそちらの人なのですね。でも、どうしてずっと揺れているのですか? 生気もあまり感じられませんが、ちゃんと生きています?」

「なんてこと言うのよ! 撤回して謝罪しなさい! この無礼アヤ、」

「まぁまぁ、だから落ち着けって、スノウ……」


 つぶさない程度に両手を柔らかく握って、スノウの上半身を閉じ込める。

 オレは後ろにいるサンタさんを見た。これだけ騒がしいのに、静かに目を閉じて、一言も話さず、イスに揺られるままでまったく動かない。


「サンタさんは今、クリスマスに集めたワザワイを浄化させるために、意識を集中させているんだ。特に春の終わりまでは、一番力を使わないといけない時期なんだよ」

「ふーん。それでフラフラ揺れているのですね」

「まぁ、立ってても座ってても寝ててもいいんだけど、サンタさんは、このイスにいるのが一番集中できるみたいだぜ」


 サクラはほぅと相づちを打って、片腕をブンブンとサンタさんに向かって振ってみる。もちろん反応はない。意識はあって、ちゃんと声も聞こえているみたいだけれども、特別なことがないかぎりは動かない。

 さっきから手のなかをボコボコとスノウがたたいてきて、すげー痛い。放してやると、ほおを膨らませながら、サンタさんを隠すようにサクラの前に飛んでいった。


「これでわかったでしょ? サンタさんは今、すっごく忙しいの! あんたみたいなアヤカシに関わっている暇なんか、これっぽっちもないんだからね!」


 小さな指で小さな隙間すきまを作って、スノウは言った。

 サクラの唇が、への字に曲がる。


「わたくしだって、今は一番大切な時季なのですよ! 桜は冬の休眠から目覚め、花を咲かせる準備をしているのです。そのデリケートな時季を見守っていかなければならないのに、それを休んで、わざわざここまで来たのですからね!」

「なぁ、それで、なんでサクラは宝石を求めてここに来たんだ? そろそろ教えてくれないか?」


 このままだとまたケンカが始まると思って、口を挟んだ。

 スノウをそっと捕まえて、紅茶とクッキーのあるテーブルの上に置いてやる。スノウは不機嫌そうに、自分の身体の半分はあるクッキーをかじり始めた。

 サクラはスノウから顔をそらして、紅茶を湯飲みのように持ってすすり、パァッと花を咲かせた。それからカップを戻し、コホンッとせき払いをひとつして、話し始める。


「渡したいがいるのです。わたくしが『ここにいる』というあかしを伝えたくて……」

「渡したい人? 証……?」

「はい。話せば長くなりますが、一度しか言わないのでちゃんと聞いてくださいね?」

「長くなるなら短くまとめて」

「あ、あぁ。話していいぜ」


 文句の腰を折って、空っぽになったスノウのお茶請けにオレの分のクッキーを置いてやる。

 すると、サクラがうらやましそうにこっちへ顔を向けるから、残りのひとつをあげた。サクラはほおを上げながら両手でクッキーを持ち、少しずつ食べながら話し出す。


「わたくし桜守のアヤカシは、桜を守ることが使命です。日々、桜を見守り、桜に近づく怨念や悪霊を追い払っているのです。事が起きたのは、七日前。わたくしが、公園で見回りをしていたときのことです。女の人が一人、一本の桜の前に立っていて、花芽のついた枝に手を伸ばし、強くつかんだのです」

「それって、枝を折ろうとしたのか?」

「ひどい人ね」

「違います! 話はちゃんと聞いてください! その人の背中には、悪いむしいていたのです」


 サクラの言う「悪い蟲」という言葉に、オレとスノウは顔を見合わせた。怨念や悪霊と同じ、「ワザワイ」の一種を言っているんだろう。

 サクラはクッキーの最後のひとかけらを食べたけど、花を咲かせず、面白くなさそうに話を続ける。


「たちの悪い連中ですよ。小物こもののくせに、心の弱った人に取り憑いて、よからぬことをさせ、もてあそんでいるのです。おそらくあの女の人も、心の隙間に入り込まれ、思考が鈍り、あのような行動に走らされたのでしょう」

「それで、その人は無事だったのか?」


 オレは身を乗り出して、サクラにいた。

 突然寄ってきたオレにビックリしたのか、サクラは口を小さく開けた。それから唇を結び、顔をオレからそらして、再び口を開く。


「安心してください。ちゃんとわたくしが、全力で追い払ってやりましたよ」


 そう言って、サクラはそのときの様子を詳しく話してくれた――。




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