第2章 弟子と、桜守のアヤカシ

第1話 宝石を求め

 地下へ続く石の階段を、一段ずつ降りていく。

 もうすぐ春が来る季節なのに、ここは年中真っ暗で、冷たい空気に覆われている。左手に持つランプは、手が届く範囲を薄明るく照らすだけ。白い吐息が暗闇くらやみに吸い込まれ、コツコツと自分の靴音だけが響く。

 最後の段を降り、人一人立てる小さな空間に着いた。左手側には、鉄の扉がある。


「キュキュン……」


 肩に乗るクロウが、オレのほおをくちばしで軽くつついた。上で待ってろって言ったのに、肩にくっついて離れてくれなかった。不安そうに鳴く体を、右手でなでてやる。


「大丈夫だ。すぐに終わるから」


 言って、口の端を持ち上げた。クロウをなでている自分の手が、かすかに震えている。その手を離し、ギュッとこぶしを作って、胸の前に置く。

 一度大きく、深呼吸をした。


「サンタさんが任せてくれたんだ。絶対に、持って帰る」


 オレは鉄の扉の正面に立った。右手で扉に触れ、力を込めて、押す。

 扉は、案外すんなりと動き出した。

 次の瞬間。


「っ!?」


 隙間すきまから、漏れる黒い空気。凍るような冷気。鼻を突き刺す異臭。

 背中をムカデがうような感覚が走った。ランプの炎が一瞬で消えた。それを落とし、左手を思わず口と鼻に押し当てた。

 息を止め、歯を食いしばる。右手で扉を一気に押して、部屋のなかへ飛び込んだ。


 なかは、ほとんどなにも見えない闇。なにかの腐ったような悪臭が鼻につきまとう。氷を押しつけてくるように冷気が肌をめる。そして、何百ものうめき声が、耳の奥に響いてくる。


 しっかりしろ! み込まれるな! オレ……!!


 上で待っているサンタさんの姿が、脳裏をかすめた。

 前を見据える。すぐさきに見える、備え付けの台へと手を伸ばす。

 その上に散らばっているキラキラした光を集め、一目散に、浄化部屋を後にした。




   *   *   *




「ぷはっ! うぅ……、持っていかれるところだったぜ……」


 階段を駆け上がり、頭上の扉を押し開けて、顔を出した。部屋の明かりがやけにまぶしい。目をしばたたいて床にあごをつけ、水のなかから出てきたみたいに、何度も息を吸ったり吐いたりした。


「ぐずぐずしているからよ。サッと入ってサッと取って来られないの?」


 リビングのほうから声が聞こえる。サンタさんがロッキングチェアに座っていて、そのひじ掛けの上でスノウが腕を組んでオレを見ている。


「そんなこと言ったって、今年初めての回収だぜ? まだ全然浄化されてなくて、うぅ……、すげーことになってたんだからな」


 思い出しただけで、身震いする。

 オレは、ぴったりと顔にくっついて震えているクロウをなでながら、床につけられた隠し扉から身体を出した。扉を閉め、リビングまで歩いていき、パチンッと右手の指を鳴らす。左右にあった本棚が音を立ててスライドして、さっきまでオレたちがいた場所を閉ざし、見えなくした。


「ふんっ、あの程度でビビっているようなら、まだまだ半人前ね」


 スノウはひじ掛けから飛び立ち、トンボのような透きとおった二対の羽を揺らして、オレの鼻先に来る。ちょっとくらいねぎらってくれてもいいのに、肩をすくめて手のひらを上に向ける。

 一方のサンタさんは、ロッキングチェアをゆっくりと揺らしながら、静かに目を閉じていた。


「それで、回収した物は? 今年はどんな出来かしら?」

「あぁ。えっと……」


 オレはズボンのポケットをあさった。スノウは、テーブルにあるガラスの置き皿の上をくるくると飛び回る。テーブルの前に行って、手のひらに集めた物をその皿の上に乗せた。カラカラと澄んだ音が鳴って、光の粒が転がる。


「わぁっ、きれいっ! 小粒だけど、初物はつものにしては上出来な宝石ね」


 スノウがそう言って、目を輝かせた。皿の上に乗って、五個ある宝石をひとつずつ点検するように見ていく。

 突然、オレに向かって指を差した。


「弟子、問題よ! これはなに?」

「えっと、紫の、アメシスト」

「正解! じゃあこれは?」

「オレンジ色の、トパーズか?」

「正解! それじゃあ、これとこれは?」

「えっと……赤と青……。ルビーとサファイアは、まだできるのに時間がかかるはずだから……、トルマリンか?」

「正解よ! 最後に、これは?」

「う~ん……」


 皿に顔を近づけて、スノウが両手をついている宝石を、じぃっと観察する。


「なんだ? このピンクの宝石……」

「これはローズクォーツ。水晶の変種よ。愛と嫉妬しっとおぼれる乙女の不幸を取り込んだワザワイを浄化させると、出てくる物なの」

「へぇー」

「って、ちゃんと覚えてなさいっ!」

「うっ!?」


 スノウが飛んできて、ほおをつねってくる。オレの親指と人差し指を広げたくらいの大きさしかないのに、師匠につねられたみたいにすげー痛い。


「まったく……。それぞれのワザワイによって、浄化の仕方も違うし、できる宝石だって違うのよ。ひとつひとつのワザワイに対して、適切に魔法を使っていかないと、純度の高い宝石を作れないどころか、うまく浄化できなくて大変なことになっちゃうんだからね!」

「わかってるよ……」

「わかってるなら、ちゃんと覚えるっ! ノートはどこにやったの! 今すぐメモしなさいっ!」

「は、はーい!」


 スノウの小さい手でボコボコと殴られ、オレは慌てて立ち上がった。ノートは確か、寝る前に読んでいたから屋根裏の部屋にある。赤くはれたほおを、クロウが心配そうにくちばしでなでてくれた。リビングからキッチンを通って、土間どまに出て、ほほえむトナやあきれ顔のカイを横目に、屋根裏に続くはしごを上ろうとした。


 ドンドンッ。


 と、玄関から、扉をたたく音が鳴った。


「あれ? だれか来たみたいだぜ?」


 はしごにかけた足を戻して、リビングのほうを見る。

 スノウは、宝石を保管用の箱にしまっている途中だった。手を止めて玄関のほうを見やり、顔をしかめる。


「もしかして、初物の匂いをかぎつけた買い付け屋かしら? 弟子、出てみて」

「あぁ」


 扉をたたく音がまた鳴った。返事をして、オレは玄関を開ける。

 家の外には、まだ少し残っている雪と、生え始めた緑の草地が見える。


「どちらさま、だ……?」


 そして目の前には、顔の上半分を白い和紙で隠した、が立っていた。背丈はオレより少し低いくらい。和装で、二の腕辺りに深い切れ込みの入ったこげ茶色の着物を着ている。腰には黒色の細い帯を締め、肩には淡いピンク色のストールをゆるく巻いている。髪は黒く、肩の上で斜めに切りそろえられていて、頭のてっぺんだけは、くせがついたようにピュッとはねていた。


「あの、サンタクロースの家とは、ここでしょうか?」


 人らしき者は両手を腹の前でそろえて、丁寧な口調で言った。


「あ、あぁ」


 オレは身構えながら答えた。いつも訪ねてくる買い付け屋じゃない。家の周りにはスノウの結界が張られているから、ほとんどのワザワイは入ってこられないはずだが……。


「そうですか。ここが、クリスマスというちゃんちゃらおかしいイベントで人々を惑わせその隙に欲望をかき集めマッドでファンタジックな力を使いまがい物の宝石を作る、あのサンタクロースの家ですね!」

「えっ、いや、その」

「お願いです! わたくしに! わたくしに、その宝石をくださいっ!!」

「え、えぇっ!?」


 突然、人らしき者はオレの肩をつかんで、詰め寄ってきた。グッと押してきて、家のなかへ入ろうとする。

 オレは足を踏ん張って、壁に手をついて、なんとかこらえる。クロウがビックリして、フードのなかに潜り込んだ。

 ちらと横目でリビングを見ると、スノウが両手でバッテンを作っている。一歩も入れるなってことだろう。


「あ、あの、悪いんだけど、うちは直売やってないんだ。ほしいなら、専門の店に行って買ってくれ」

「か、買う!? まさか人の使う貨幣が必要なのですか! そんな小汚い物、わたくしが持っているとお思いですか!?」

「持ってないのかよ!? だったら、なおさら無理な話だ!」


 オレは人らしき者の肩をつかんで、突き放した。思った以上に強く押してしまったみたいで、人らしき者はよろけ、玄関先でしりもちをつく。


「あっ、悪い……。けど、オレたちにも生活があるんだ。生きていくためにも、サンタクロースで居続けるためにも、お金は必要で……。だから、宝石をタダで譲るわけにはいかないんだ」


 こうやって、サンタさんが宝石を作っているといううわさを聞きつけ、やってくる者はたまにいる。それを追い返すのは、オレの大事な仕事のひとつだ。


「そうですか……」


 人らしき者は、地面にひざをつけたまま、しゅんっと肩を落とした。

 胸にチクリと痛みが走る。ワザワイならともかく、悪意のない者を追い払うのは、気が引ける。けど、ここは心を鬼にしないといけない。


「では、しかたないですね……」


 人らしき者は、ようやく立ち上がって、服についたほこりを払った。

 あきらめて、帰ってくれるのか。胸をなでおろそうとした、その瞬間。


「わたくし桜守さくらもりのアヤカシ、あなたをのろい殺し、宝石をすべて我が物にしますっ!!」

「えっ? えぇえええーっ!?」


 人らしき者の着物が、バサバサとはためきだした。風ではない、よくわからない衝撃波が周囲を振動させる。

 人らしき者は口をにんまりと曲げ、オレの身体に飛びつ――っ!?


「ダメに決まってんでしょっ! とっとと帰れ、この低俗アヤカシーっ!!」

「あああーーーっ!?」


 割り込んできたスノウが、人らしき者のほおに飛びりをいれた。魔法を加えた本気の蹴りだったらしく、人らしき者は家の外へ吹っ飛ばされた。その隙に、扉がバタンッと勢いよく閉められる。


「い、いいのか、スノウ?」


 呆気あっけにとられたまま、扉とスノウを交互に見た。


「いいに決まってるわ! あんなわけのわかんないの、門前払いよ!」


 スノウは腰に手を置き、ほおを膨らませてプンプン怒っている。

 すると、扉の下のほうから、またコンコンとたたく音が鳴り出した。


「あの~、開けてください~、話を聞いてください~、呪いますよ~、呪いますよ~」


 なんだか泣きそうな、人らしき者の声。


「なぁ、宝石は譲らないけど、話を聞くだけ聞いてあげようぜ?」

「なんですって!?」

「なんか、困ってるみたいだし。いいだろ、サンタさん?」


 オレはリビングに目を向けた。サンタさんは普段どおり、ゆっくりとイスに揺られている。

 スノウは、「どうなっても知らないわよ」と大げさなため息を吐いた。





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