第5話 秘密の仕事

「どういうことなの……? サンタさんがワザワイを集めるって……」


 怖くなって、手が震えてしまう。それでも声を振り絞って弟子にいた。

 弟子は、そんなわたしの様子に気づかないみたいで、明るい顔をして人差し指を立てる。


「ほら、サンタさんって大きな袋を持ってるだろ? あのなかへワザワイを吸い込むんだ。ソリに乗って、鈴の音を鳴らして赤の目立つ色を着るのは、ワザワイの目を引きつけるためなんだぜ?」

「方法じゃなくて! なんでサンタさんは、そんなことしてるの?」


 わたしは声を強め、もう一度訊いた。

 クリスマスは、プレゼントをもらう、子どもにとっては夢のような一日。そんな日にどうしてサンタさんは、あんな不気味なワザワイを集めているの?


 弟子はようやくわたしの気持ちに気づいたのか、顔をじっと見つめてきた。

 おもむろに立ち上がり、日の光が差し込んできた空を見ながら、話を始める。


「例えばさ、買ったケーキを途中で転んで潰さ“ない”とか、プレゼントが盗まれ“ない”とか、仕事や学校の帰りに事故にあわ“ない”とか。サンタさんは、ワザワイを集めることで、その日一日を、災いの“ない”日にするんだ」


 腰に手を当て、はっきりした口調で、弟子は言葉を紡いだ。


「集めたワザワイは、どうするの?」

「一年かけて浄化する」


 わたしの問いに、弟子は目を合わせて即答する。

 首をうしろへ回し、サンタさんの家に目を向けた。


「家の地下に浄化部屋があるんだ。そこで、ゆっくり、確実に、無害なものへ浄化させる」


 弟子は両ひざを折って、またわたしに視線を合わせる。


「そしてまた、来年のクリスマスイブにワザワイを集める。その繰り返し。それが、サンタさんの仕事だ」


 弟子が笑顔でわたしに言う。

 頭にポンッと、手が置かれた。


「で、たまに、凝縮されたワザワイの力をねらって、さっきみたいに別のワザワイがやってくることがあるんだ。それを追っ払うのが、今のオレの仕事だ」


 弟子はわたしの髪をクシャクシャとなでた。

 弟子のひとみに、わたしの顔が映っている。まゆをゆがめて、目に涙をためている。おびえた表情が、そこにあった。


「怖く、ないの?」


 手を振り払うことも忘れて、わたしは訊いた。


「せっかくのクリスマスにあんな不気味な怪物の相手をして、集めたワザワイの上で暮らして、家がねらわれて戦わなきゃいけないなんて……、あなたは怖くないの?」


 声が震えた。サンタさんはプレゼントを子どもたちに届けてくれる。そんな素敵な仕事だと思っていたのに。本当は、不気味なワザワイとずっと戦っているってことでしょ?

 今のわたしなら、きっとたえられないと思う。

 弟子はわたしの言葉に、ハッと目を丸くした。ゆっくりと、目を閉じる。


「怖くない……って言ったらウソになるな。おぞましいワザワイもいる。命をねらわれることもある。けど」


 パッと目を開け、わたしを見た。

 純粋で、まっすぐで、ぶれることのない、とび色のひとみ。

 ニコッと満面の笑みを浮かべて、弟子は言った。


「サンタさんがワザワイを集めることで、子どもたちは無事に親からプレゼントをもらえるんだ。夢の詰まったプレゼントを。そして子どもたちは、クリスマスの一日、すっげーキラキラした時間が過ごせる。幸せを感じてくれる。その幸せにくらべたら、ワザワイなんか、どうってことないぜ?」


 その言葉に、わたしは息が止まった。

 弟子はポンポンとわたしの頭を軽くたたいて、立ち上がる。なにかを確かめるように、キョロキョロと辺りを見回し始めた。


「にしても、おかしいな……。あんな小物、いつもなら入ってこないんだけど……。スノウの結界が緩んでるのか? クロウ、悪いけど、サンタさんたちを探してきてくれないか?」

「キュン!」


 弟子が言うと、肩にのったクロウは一鳴きして空へ飛びだった。

 一方のわたしは、その場に立ち尽くして、動けなかった。


『子どもたちは無事に親からプレゼントをもらえるんだ。夢の詰まったプレゼントを』


 弟子の言葉が、頭のなかで何度も繰り返される。

 かぎのかかった扉が開いたかのように、声がよみがえってきた。


『あら? もしかしてそれは、あの子へのプレゼント?』

『きっとあの子、驚くわよ? ……どうしたの? 浮かない顔して』

『そうね……。あの子には、まだ……』

『……わかったわ。いいの。ワタシが一番大事なのは、あなただもの』

『それじゃあ――記憶を消して、雪のなかへ捨ててきてちょうだい?』


 わたしは頭を抱え、その場にうずくまった。


「ユキ?」


 なに? なんなの、この声……? この、言葉……?


「おい、ユキ!? どうした!?」


 弟子が、わたしに気付いて駆け寄ってきた。

 わたしは雪の上にペタンと座って、弟子を見上げる。


「思いだしたの……」

「思いだしたって、ユキの記憶か?」


 弟子は両ひざを折って、支えるようにわたしの肩に手を置いた。

 わたしはこくりとうなずく。


「少しだけど……、声を聞いたの。『あの子へのプレゼント』って、でも『あの子には、まだ……』って、それで、『記憶を消して、雪のなかへ捨ててきて』って……」


 聞こえた言葉を伝える。でも、うまく説明できない。

 怖い考えが頭をよぎった。声が震える。身体も震える。

 わたしは、弟子の腕をつかんだ。


「きっとあの声は、わたしのお母さんよ! お父さんがプレゼントを買ってきて、でもあげたくなくて、わたしを捨てたんだわ!」


 言って、こらえきれずに涙がほおを伝った。声をあげて泣いた。

 まだほとんど思いだせない。お母さんのこともお父さんのことも、わからない。ただ、耳に入った声の記憶だけは、頭のなかで何度も何度も繰り返し響きだす。

 弟子が、わたしのほおに両手をそえる。


「お、おい、泣くなよ? ちょっと思い出しただけなんだろ? まだ、ユキの親がユキを捨てたって決まったわけじゃないだろ?」


 慌てたように弟子は、流れる涙をぬぐってくれる。

 でも……。わたしは弟子の言葉に、ブンブンと首を横に振った。


「じゃあ、なんでわたしには記憶がないの!? 『記憶を消して、雪のなかへ捨ててきて』ってどういう意味なの!? きっとわたし、悪い子だったのよ! だからお母さんとお父さんはわたしを嫌いになって……わたしを……」

「そんなわけないだろ!? 悪い子だったからって、嫌いになったからって、子どもを捨てる親なんか……。とにかく落ち着け! そんな大きい声で泣くと、またワザワイを呼び寄せるだろ?」


 止まらない涙を、弟子は必死でぬぐってくれる。励ましてくれる。

 その時。


「見ィつけタ……!」


 空から、凍りつくような冷笑が降る。

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