第4話 敵とバトル

「ま、待ってよ!?」


 わたしは弟子を追いかけた。うしろからカイも、さくを飛び越えついてくる。

 外へ出ると、黒い雪が身体をたたくように襲ってきた。空も、さっきまでは灰色だったのに、今は真っ黒。日が沈んだ夜の色でもない。雲自体を黒く染めたような暗黒が広がっている。

 弟子は扉を出たところで、そんな不気味な空を見上げていた。肩にかけたコートをひるがえしながら、強風をものともせずに身構えている。


「ワザワイ……ワザワイ……」


 空から、低くうなるような声が聞こえてきた。

 黒い雪が、渦を巻きながら空中の一カ所に集まっていく。

 どんどんと大きくなって、固まって、なにかが形作られていく。


「ワザワイ……ヨコセ……」


 バサリと翼を羽ばたかせ、現れたのは、弟子の倍はあろう大きな鳥の怪物。

 長い首に、太くて鋭利に曲がったくちばし、鋭い鉤爪。姿はまるでコンドルのようだけど、全身真っ黒で、大きな翼が二対揺れている。


「な、なに……あれ……?」


 息をみ、震える声で弟子にいた。

 すると弟子は、今わたしの存在に気付いたみたいに、ハッとこちらを振り返る。


「ユキ!? 危ないから、家のなかにいろ!」


 さっきまでの調子とちがう。命令するような、強い口調。それだけ緊迫していることが、弟子の様子からうかがえた。

 わたしは涙をこらえて、うしろへ振り向く。開いたままの扉から、家のなかへ戻ろうとした。

 けど。


 バタンッ!


 だれも触れていないのに、扉が音を立てて、勢いよく閉まる。


「あれ? なんで……? 開かない!?」


 取っ手をつかんで開けようとするけど、びくとも動かない。


「ニガサナイ……。ワザワイ……。ヨコセ……」


 うしろから、不気味な声が聞こえる。

 もしかして、あの怪物の仕業? 震えながら、わたしは振り返った。

 けど見えたのは、怪物の姿を隠すように立つ、弟子のうしろ姿。


「ユキはカンケーない! それにお前、タイミングが悪すぎるんだよ! 去年の分はもう残ってないし、今年の分は明日にならないとやってこないぜ!」


 臆することなく、弟子は声をあげた。


「ワザワイ……! ヨコセッ!!」

「まっ、聞く耳なんか、ないだろうけどな」


 怪物の叫び声が、弟子のつぶやきをかき消す。

 と同時に、立っていられないほどの強い風が身体を襲う。


「カイ! ユキを頼んだ!」

「きゃっ!?」


 弟子の声が聞こえるやいなや、わたしの身体が宙に浮く。うしろえりをカイにくわえられ、ポイッと背中にのせられた。そのままカイは走り出す。わたしは落ちないように角をつかむ。

 うしろを振り返ると、さっきまでいた場所に、大きく鋭い針のような羽根が突き刺さっていた。


「こっちだ! ワザワイ!!」


 弟子はわたしたちと反対の方向へ逃げていた。

 怪物に向かって、注意を引くように叫ぶ。

 怪物の目が、弟子を追う。


「〈 Presentプレゼンツ 〉!」


 弟子は足を止めて、右手を天に挙げて、指を鳴らした。

 すると弟子の胸あたりの高さに、箱が四つ、ポンッと浮かび、四方を取り囲む。

 弟子は右手を、手のひらを上にして正面に伸ばす。

 箱が弟子の周りを、まるでルーレットのようにクルクル回りだした。


「ヨコセェェエエエッ!!」


 怪物が二対の翼を大きく羽ばたかせ、弟子へ突っ込んでいく。


「〈 Jack-in-the-boxジャック・イン・ザ・ボックス 〉!!」


 弟子の右手の上で、一つの箱がとまった。

 その箱を手に乗せ、ボールを投げるように、うしろへ大きく引いて、


「これなら、くれてやるぜっ!!」


 怪物に向かって、思い切り投げつける。


「グゥッ!?」


 怪物の大きなくちばしのなかに、箱が突っ込まれた。

 と同時に、ふたが開く。


 ビヨ~~~~~ンッ! 


 なかからでてきたのは、バネがついたふざけた顔のおもちゃ。


 バゴォッ!!


 それが口の、ど真ん中に直撃。


「ギャアアァァァーー~~~…………」


 怪物は勢いよく吹っ飛ばされ、空の彼方へと飛んでいく。

 最後に、キランッとお星さまが見えた気がした。


「よっしゃ! おととい来やがれ!!」

「キュン! キュン!」


 弟子はガッツポーズをして叫んだ。肩にのっているクロウも、翼をパサパサと羽ばたいて、喜んでいるみたい。

 一方、わたしを乗せているカイは、「グゥー……」とあきれたようなため息をはいていた。

 気付けば、黒い雪も黒い雲もなくなって、吹雪も収まっている。


「ユキ! 大丈夫か? ケガはないか?」


 辺りを見ていると、弟子がわたしたちのそばへ駆け寄ってきた。家にいた時のような笑顔に戻って、わたしに訊く。

 わたしはカイから降りて、うんとうなずいた。


「わたしは大丈夫。それより、さっきのはなに?」

「あれは、ワザワイだ」

「ワザワイ?」


 わたしは首を傾げた。

 弟子は片ひざを折ってわたしと目を合わせ、説明を始める。


「そっ。不幸を糧にしている者で、不幸を感じている人のもとに行ったり、自分から災いをもたらして人を不幸にさせたりするんだ。怨念とか悪霊とか悪魔とか、魔物とか魔女とか、いろいろな種類があるけどな。ひっくるめて、オレたちは『ワザワイ』って呼んでるんだ」

「なんでそんなものが、サンタさんの家にやってきたの?」


 わたしは弟子に訊いた。

 それに、さっきのワザワイが言っていたこと――。


『ワザワイ……。ヨコセ……』


 まるで、サンタさんの家にワザワイがいるかのような言葉だった。

 クリスマスに大活躍するサンタさんとワザワイ、全然関係がないように思える。

 けど、弟子が発した次の言葉に、わたしは言葉を失った。


「それは、サンタさんがクリスマスイブの夜に、街のワザワイを集めるからだ」


 サンタさんがワザワイを集めるって、どういうこと……!?

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