第3話 弟子と試験
「サンタさんの……弟子!?」
わたしは驚いて、持っていたココアをこぼしそうになった。なかで瞬いていた星たちもビックリしたらしく、波紋を作ってココアの底に潜ってしまう。
「そっ! オレは一人前のサンタクロースになるために、サンタさんのもとで修行中なんだぜっ!」
青年は自信満々に、腰に手を当てて言った。
魔法を使えて、サンタさんの弟子で、修行中……。怪しい気持ちは消せないけど、ウソをついているようにも見えない。
「修行中って、なにをしてるの?」
わたしは首を傾げて
興味を持ってくれたことがうれしいのか、青年はほおを上げ、楽しそうに指を折りながら言う。
「例えば、掃除とか、洗濯とか、買い物とか、あと、ご飯作ったりとか!」
「それって、ただの雑用じゃない……」
わたしのツッコミに、青年は「うっ」と顔を引きつらせる。けれどもすぐに首を横に振り、抗議するように叫んだ。
「ち、ちげぇよ! これも試験に受かるための大事な仕事なんだ!」
「試験? サンタクロースになるのって、試験がいるの?」
訊くと、青年はこくりとうなずき、人差し指を立てて説明を始める。
「そっ。サンタクロースになるためには、試験に合格して、資格をとらないといけないんだ。試験は何段階かあって、一つ受かるごとに、合格証代わりのサンタクロースの服とか帽子とか靴とかがもらえるんだ」
「へぇー、そんな仕組みなのね」
初めて聞かされる事実に、関心の声がもれる。まぁ、わたしの記憶、ほとんどないけど。
青年は立てていた人差し指を曲げ、拳を握るようにして話を続ける。
「で、その試験が、もうすぐあるらしいんだ! まだ詳しいことは聞かされてないけど、オレにとって初めての試験だから、絶対に合格してみせるぜ!」
拳が小刻みに震えている。青年の周りから、やる気に満ちた空気があふれる。
「そうなのね……、がんばってね」
「もちろんだ! サンタさんの名に恥じないよう、がんばるぜっ!」
青年は勢いのまま、テーブルに足をのせて叫んだ。
「テーブルに足はのせないで。きたない」
「はい。すみません……」
わたしが注意すると、すぐに気をつけの姿勢になる。
こんなので、試験なんて大丈夫かしら……。関係ないけど、心配になってしまう。
「ところで、あなたの名前はなんて言うの?」
わたしはずっと気になっていたことを訊いてみた。
持っていたココアの水面で、「飲まないの?」と言うように星たちがチラチラ顔をのぞかせている。匂いをかいで、口をつけてみる。変な味はしなくて、ちょうどいい温かさと甘さが口に広がった。
「名前はない!」
でも、青年の一言で、口に含んだものを吹きだしそうになってしまう。慌てて飲みこみ、立ったまま腰に両手をあてている青年を見上げた。
「な、ないって、どういうこと!?」
「サンタさんはサンタさんだ。名前なんてないだろ?」
「えっ……そ、そうね……」
言われてみれば、「サンタのなになにさん」って聞いたことがない。サンタさんは、サンタさんだ。
「弟子入りするときに、自分の名前は捨てる決まりなんだ。だからオレに名前はない」
「じゃあ、なんて呼べばいいの?」
「弟子でいいぜ?」
「で、弟子……」
なんだか言いづらい。けれども他に呼び方がないなら、弟子と言うしかない。そしてなんとなく、弟子さんって、さん付けもしたくない……。
すると突然、弟子が羽織っているコートのフードがモゾモゾと動き出した。弟子はそれに気づいて、背中を見返る。
「そうだ。他の仲間も紹介するぜ? まずは、オレの相棒のクロウ!」
そう言うと、上着のフードからなにかが飛び出してきた。翼を広げて、弟子の肩に飛びのる。
「鳥? カラス?」
「そっ。コクマルガラスって種類なんだ」
ハトくらいの小さなカラス。頭や翼、尾は黒いけど、お腹や首まわりは白い。まるで白黒のパンダみたい。
「キュン! キュキュン」
鳴き声もカラスらしくない。甘えるように鳴いて、弟子のほおにすりよった。かわいいっ。
弟子も目を細めて、クロウと呼んだカラスの頭をなでる。
「あと、あっちにいるのが、トナカイのカイ。もう一頭、トナっていうのがいるんだけど。そいつは今、サンタさんといっしょに外に出てるんだ」
弟子は指を差しながら、部屋の奥、カイと呼ばれたトナカイのもとへ向かった。わたしもカップを置いて立ち上がり、そのあとを追う。
全身はほとんど茶色で、首回りは白い毛におおわれている。鼻の先は赤く、頭からは三日月のように曲がって先が枝分かれした立派な角がはえている。
弟子はカイのそばまで行き、その頭に手を伸ばす。
「この子が、わたしを運んできてくれたのよね?」
「そっ。こいつも急にいなくなったから、ビックリしたんだぜ? いたぁっ!?」
なでようとする手を、「さわるな!」と言わんばかりに噛みつくカイ。
噛まれた右手を振りながら、弟子は話を続ける。
「いてて……。あと、今はいないけど、スノウって妖精もいるんだ」
「えっ、妖精!? 妖精って、あの羽のはえた、こびとさんみたいな?」
妖精という言葉に、思わず胸が高鳴って訊きかえした。
「そっ。このくらい小さいんだけど、口うるさくてわがままで、いっつもオレをこき使うわりに、『ありがとう』の一つも言わないで文句ばっかり言うんだ」
「な……なによ、それ!」
弟子は親指と人差し指を開きながら話をする。せっかく妖精に会えると思ったのに、ひどい言い方にほおをふくらませた。まるで自分のことを言われたみたいで、腹がたってしまう。
「まぁでも、物知りで賢くって、サンタさんもオレも、一番頼りにしてるんだ」
そう言って、弟子は明るい笑顔を浮かべる。
「スノウならなんでも知ってるからな。帰ってきたら、ユキのこと、どう調べればいいのか訊いてみようぜ?」
「う……、うん……!」
わたしはこくりとうなずいた。
その妖精に、早く会いたくなった。きっとかわいいだろうな。
「……って、ユキってわたしのこと!?」
「そっ。考えたんだ。雪のなかからやってきたから、ユキ!」
弟子はそう言って、胸を張る。カラスはクロウで、トナカイはトナとカイ。もしかしてこの名前、全部弟子が付けたのかしら。
「安直ね……」
「いいだろ? スノウみたいに、口うるさいところも似てるからな」
「なっ!? なによ、口うるさいって!」
「いてっ!? そんなに怒るなよ?」
本当に自分のことを言われたら、いくらなんでも怒るわよ!
両手をグーにして、弟子の太ももをポカポカたたいた。
カイがため息をつくように「グゥー……」と鳴き、弟子の肩にのったクロウが困ったように「キュ? キュ?」と声をだす。
怒りをぶつけながら、わたしはあることに気づいて手をとめた。
「ところで、サンタさんはどこにいるの?」
肝心のサンタさんが見当たらない。弟子の話では、外に出ているって言っていたけど。
「サンタさんは、明日の準備があるって、トナとスノウ連れて出掛けてるんだ。そろそろ帰ってくると思うんだけど、吹雪がひどくなったからな……」
そう言って、弟子は部屋の窓へ目を向けた。
わたしもそっちを向こうとして、壁にかけられたカレンダーに目がとまる。
日めくり式のカレンダー。今日は十二月二十三日らしい。
「もしかして、明日はクリスマスイブなの?」
「そっ。サンタさんにとって一番大事な日だ。まぁ、オレは試験に受かってなくてソリにも乗れないから、たぶんまた留守番だろうけどな……」
苦笑いを浮かべながら、弟子は肩をすくめる。
クリスマスのことも、なんとなく覚えている。子どもがプレゼントをもらえる日。イブの夜に、サンタさんが街へやってくる。そうすると、いつの間にかプレゼントがくつしたのなかに入っているんだよね。
「ねぇ、もしかしてサンタさん、プレゼントを準備しているの? どんなプレゼントがあるの? わたし、見てみたい!」
期待に胸がふくらんで、思わず飛び跳ねて訊いてしまう。
すると弟子は、わたしを見下ろして首を傾げた。
「プレゼント? そんな物ないぜ?」
「えっ? でもサンタさんって、子どもたちにプレゼントを届けるんでしょう?」
「プレゼントなんか、やるわけないだろ。それは、子どもの親がやる仕事だぜ?」
「えぇっ!? じゃあ、サンタさんはなにをしてるのよっ!?」
衝撃の事実に、今日何度目かのビックリを味わって叫んだ。
弟子は片ひざをついて、わたしと視線を合わせる。微笑を見せて、口を開いた。
「サンタさんの仕事は、子どもたちの夢を守ることだ」
「夢を守る? でも、プレゼントは届けないんでしょ?」
「だから……」
弟子が人差し指をたてて説明しようとした。
その時。
ガタガタッ!
部屋の窓が、大きく揺れだした。窓の外は変わらず吹雪のまま。でも、見える雪の粒が、なんだか黒い。それに部屋の空気が、急に冷たくなったような。
「キュッキュッ!」
「ブルル……!」
クロウとカイが、警戒するように鳴く。
弟子の顔からも、笑顔が消える。立ち上がって、窓をにらんだ。
「敵か!?」
言うやいなや、わたしを置いて走り出す。
出入り口の扉を開け、外へ飛び出していった。
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