第1話 吹雪と少女

 凍てつくような寒さが、肌を突き刺していた。ヒューヒューと吹きすさぶ風が、鼓膜を揺さぶる。残酷なほどの冷気で目が覚め、すぐに意識が飛びそうになった。


 ――ここは、どこ?


 目に映ったのは、暴風に身を任せ、降り注ぐ雪たち。その奥には、うっそうとした森が見えて、視界の上から下へとゆっくり流れていく。

 首を動かすと、ほおにフワフワとした感触があった。茶色と白色の毛が目に入り、そのさきには大きなつのも見える。角といっしょに自分の身体が揺れ、森のなかの一本道を進んでいる。

 どうやらわたしは、動物の背中の上で横になっているらしい。


 ――あれ? わたしは……。


 身体を起こし、動物の背中にまたがる。すると、吹雪のさきに明かりが見えた。動物は一歩一歩、雪道を踏みしめながら、その明かりへと近づいていく。

 左右に茂る木々が開けると、そこには一軒のログハウスが建っていた。窓ガラスから、オレンジ色の光が外にもれている。


 動物はその家の前で立ち止まり、角でドンドンと木の扉をたたく。三歩うしろへさがって、ほどなく、扉がバンッと勢いよく開けられた。


「カイ!? どこ行ってたんだよ、明日は大事な日だってのに……って、なんだ、その背中の……っ!?」


 目が合ったのは、一人の男の人。子どもというほど幼くはなく、大人というほど大人びてもいない。けど、言葉づかいも顔も子どもっぽい。そんな第一印象の、青年。


「女の子!? どうしたんだよ、この子!? 雪のなかにいたのか!?」


 でも、わたしが感じたのはそこまで。

 次の瞬間には、彼のうしろから差しこむ光と、ほおをなでる暖かな風に、気と力が抜けてしまう。


「おい、大丈夫か!? おい……!」


 身体を揺すられる感覚がした。

 でも、わたしはそれに答えることができず、まぶたを閉じた。



  *   *   *



 包み込まれるような温かさが、肌をなでていた。パチパチと火のはぜる音が、鼓膜を揺する。天国にいるような温もりに目が覚め、すぐに意識が飛びそうになった。


 ――なに、これ?


 顔が触れそうなほど近くにいたのは、さきほどの青年。

 柔らかな毛布のなか、わたしは青年に抱かれていた。


「おっ、起きたか?」


 わたしの目を見て、青年はホッと息を吐いた。その吐息が、ほおに触れる。

 背中が小刻みにさすられている。お腹と胸はぴったりとくっついている。


「身体もあったかくなってきた。熱は……大丈夫か?」


 すると突然、青年の顔が、わたしに近づいてきて……!?


「きゃぁぁぁああああああああっ!!」


 おでことおでこがくっつく寸前、あらん限りの声をあげた。


「えっ!? ど、どうしたんだよ!?」

「いやぁっ! はなして! はなれて! この変態っ!!」


 わたしはその場で、じたばたともがいた。

 服は着ているけど、この状況。いったいどういうことなの!? なんで知らないベッドの上で、知らない青年といっしょにいるのよ!?


「オ、オレは変態じゃない! お前の身体が冷たかったから、あっためようと思って」

「だったら、なんでいっしょに寝てるのよっ!」

「だ、だって! 身体が冷えた時は、まず心臓近くからあっためたほうがいいらしいんだぜ!?」

「だからって、いっしょに寝なくてもいいじゃないっ! とにかくはなれてっ!!」

「いたっ!? おい、やめっ……暴れるな!?」


 わたしはなんとか引きはがそうと、手で足で、たたいてけって抵抗した。

 青年が背中から手をはなし、わたしのパンチを受け止める。

 その時。


「う゛……っ!?」


 青年の足と足のちょうどあいだに、わたしの右キックが決まった!

 青年の顔が引きつり、青ざめ、身体をひねって、次の瞬間、消える。


 バタッ! ガタッ! ガシャーンッ! バシャーッ!


「ぐわっ!? いてっ!? うわぁーっ!? あつーっ!?」


 下へ落ち、テーブルに身体を打って、ティーポットを落とし、なかに入っていた紅茶を浴びた。


 わたしは身体を起こした。どうやらここはベッドではなく、大きなソファーの上らしい。

 おそるおそる首を伸ばして、ソファーの下をのぞいてみる。


 そこには、右手を顔に、左手を下半身にあてて、もだえる青年の姿があった。

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