鏡に映るは、赤い月
秋月忍
序章
東の空には十六夜の月。
冷たい夜風がひゅうひゅうと肌をなでる。
月明かりが明るいせいで、晴れ渡っているにもかかわらず、星の光は控えめだ。
今日は、十年に一度の、
かつて、この
東雲家は、代々、皇帝のそばで封魔衆として仕えていて、大祭での役目は重い。
とはいえ。それは父である
広い境内には、拝殿脇にかがり火がふたつ。パチパチと炎が音を立てて燃えている。
月明かりに照らされて、石造りの鳥居が黒く浮かび上がり、玉砂利にわずかな影を落としていた。
境内にいるのは、誠治郎の他、数名。
他のものは、鳥居の外にある下り階段の下で待つ決まりだ。
大祭といっても、儀礼が中心で、民が楽しむような華やかさはない。
冬の始まりの十六夜の月は、美しいが、愛でるのには寒すぎる。誠治郎も羽織を羽織ってはいるが、肌寒い。特に足の裏から冷たさが沁みてきて、立っている、という行為が実に苦痛だ。
「誠治郎」
不意に、儀式中の拝殿の戸がわずかに開いた。
隙間から、険しい顔の、父、源蔵が顔を出している。
「どうしました?」
「
走り寄った誠治郎に、源蔵は小声で耳打ちした。瑞花は現皇帝、
「儀式のさなか、抜け出してしまわれたようだ。たぶん、拝殿の裏側の出口を使われたと思われるが、もう半刻(※約一時間)になる。さすがに何かあっては大変だ。お探し申せ」
「はい」
誠治郎は頷いた。大祭の儀式は長い。
皇族や、封魔衆とよばれる祀りに携わる人間は、日没から夜半過ぎまで、拝殿の中で儀礼をおこなうことになっているから、途中で抜け出ることも、ままあるらしい。しかし、何処に行くとも当てのない場所である。そのような長い時間、抜け出るのは、どう考えてもおかしい。
誠治郎は、提灯に明かりを灯すと、拝殿の裏側へと向かった。
星山大社は、山の中腹にあり、木々の少ない岩場にある。
拝殿の裏側近くは、大きな裂けめがあり、深い谷になっている。その向こうは、人を拒絶するかのような険しい山だ。
霧氷山は、既に雪の衣をまとっているため、月あかりを浴びて闇の中で白く浮かび上がっている。山から降ろす風は、刺すように冷たい。
拝殿の裏側に入ると、建物から漏れる明かりが消えた。あたりは月が照らしているだけだ。
おぼろげな光の中、誠治郎は、足元に気を付けながら歩いた。ゴツゴツした岩場で、歩きにくい。
「……これは?」
ちょうど、裂けめの前に何かが落ちていた。
「なんだ?」
誠治郎はそれを拾い上げようと手をのばした、その時──。
ぐらり。
突然、大地が揺れた。
霧氷山が禍々しい青白い光を放ちはじめる。
天に、赤く光る星がいくつも流れ、ごうごうと風がなった。
裂けめの下から妖気が吹き上げる。妖気は霧氷山の光と鳴動しているかのようだ。
その時、拝殿から大きく金色の光が山に向かって伸びた。
「あれは?」
金色の光は、山を焼くように広がり、そして、静かに消える。
やがて、大地の揺れがおさまると、霧氷山の光は消え、星も流れなくなった。
大気は、冷たい清浄なものに戻った。
誠治郎は、落ちていたものを拾い上げる。
檜扇だ。それも、一見して、高貴な人間が持つもの、と思われた。
『私は鬼を封じる』
開いた扇に、そう記されていた。
十年に一度の大祭の日に、大地が揺れ、赤い星が降り、人々は恐怖した。
その後、皇帝が急死し、その子が跡を継いだ。
そして。
十年の月日が、流れた。
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