9 PAiNT it BLACK

 あれから、3ヶ月。私はトントン拍子でいろんなことを学ぶことが出来た。

 

 

「先生、これなら文字を書けますよ!」

「爪の先にインクを付けて書くのか……いいじゃないか」

「えへへ」



 自分の体が不器用なら、工夫をすればやりようがある。だから、無理だと諦めないほうが言って分かったの。

 それに、ちゃんと言葉も話せるようになったし、昔取った杵柄って言うのかな、文字もちゃんと覚えているわ。

 一応、フランク語以外にも、プロギア語、ブリテン語も小さな頃に習得してたし。

 

「良かったね、ジャン。あんた、私なんかよりもずっと学があるんだねぇ」

「だから、ジャンはやめてって! これでも貴族の子女だったんだからね! えっへん!」

「この、生意気な奴め~」

「きゃぁ!? だから、胸を揉まないでったら!」

「胸まで大きくなりやがって、生意気じゃ!」


 手付きがすっごくくすぐったくて、乳房をこねくり回されてしまう。スキンシップが激しいわ! セクハラよ!

 何度も嫌って言ってるのに、やめてくれないんだもの! 恥ずかしくて赤面しちゃうわ。


 しかし、相変わらずデジレは私のことをジャンって呼ぶの。他のメイドさんも同じようにね真似しちゃって。理不尽!

 最初は獣を見るような感じで接してきた執事さんや会計係の人も、最近は少しだけ優しくなった。

 

「小さい頃にいっぱいお勉強してたんです。お勉強は私大好きだったし、ご本も色々読んでたんですよ」

「すごいね……この歳で純文学の本を理解できるのはなかなか。

 数学も化学も、ブランクがあるとは思えないぐらいだ。素直に感心しちゃうよ」


 褒められるたびに鼻が高くなる。というか、先生が褒め上手なんだわ。

 最近は力の加減もある程度調節出来るようになったから、本を読んだりすることも出来る。

 机に置いて、爪先で丁寧にめくっていくの。穴があかないようにね。

 このお館には色々と蔵書があって、私の知的好奇心を満たすには十分だったわ。

 

「先生、私。破壊の魔法以外にも使えるんですよ?

 ちょっとこのコップを壊しちゃったんですが、元に戻してみます」


 眼の前にあるのはひしゃげてしまった鉄のコップ。私はそれに右手を覆って呪文を唱えた。


「あるべき姿に、元の存在に戻るが良い……リペア」


 柔らかいうぐいす色の光がコップを覆い、カチカチと音を鳴らしながら再生していく。

 先生は私の魔法にとても驚いていて、ちょっとだけ優越感を感じた。

 

「すごい! ミーシャ、その魔法は昔教えてもらっていたのかい?」

「ええ、私、初歩的な魔法が使えてたんです。今は魔力が体に満ち溢れてますから、割と簡単に行使出来るんですよ」

「魔法が使えるのはごく限られた人間だけだからね……やっぱり、ミーシャはすごいなぁ」

「うにゅ~もっといっぱい褒めてください!」


 頭をよしよししてくれるのがとっても好き。デジレは犬みたいだなって言うけど。

 お耳も尻尾もピコピコと無意識に動かしちゃう時点で、言い訳できないのがちょっとだけ歯がゆいわ。

 


「この幸せがずっと続けばいいのに。私、今本当に楽しいですよ」



 正直に、私は今の生活に満足していた。恵まれた環境で私は自由に生きている。呼吸をして、ご飯を食べて、遊んで。

 永遠にこの時間が留まればいいのにと思うけど、時は刻一刻と進んでいく。

 

 

 週末へと。

 

 

「ミーシャ、君の出撃の日にちが決まった……」

「……覚悟はしてます、先生」


 □   □   □

 

 穏やかな風で草花が揺れる丘の上。いつもはそこで日光浴をするけど、私と先生以外にお客さんがいた。

 この館にやってきたのは、如何にも偉そうな素振りをするカールを描いた白髪のおじさんだった。

 ふとっちょのだらしない容姿。本当に軍人なのか怪しいわ。

 私のことをじろじろと見ては、吐き捨てるように言う。


「その娘が例の兵器か。無駄に着飾りおってからに」

「ゲクラン少佐、それはあまりにもお言葉が」

「どうでもよい。いちいち茶々を入れるな」

「申し訳ありません、少佐」


 私はむっとしてしまう。私がバカにされたからじゃない。先生が軽く見られたからだ。

 それでも私は一生懸命表情を隠し、睨み返す。おどおどとした表情なんか見せてたまるものですか。


「この日曜日に、例の作戦を決行する。このバケモノがちゃんと使えるように調教しておくのだぞ」


「しかし、少佐。この子にはあまりにも荷が重すぎる……それでも、やらなければ―――グゥッ!!」

「先生!?」


 少佐の容赦ない鉄拳が先生の頬を殴る。

 そのまま先生は倒れ込み、口からにじみ出た血を手で拭う。

 

「だまれ! この、臆病者の恥知らずが! 貴様が懲罰大隊でやった失態を知っているのだぞ」

「あれは、人命を守るためで……ウガッ! グハッ!!」


 次は2回。先生を容赦なく殴りつける。そして、なじる。

 

「ゴミクズの命などどうでも良いわ! 貴様は反革命的な人間なのだろう? ええ!?」

「私は革命から逃げてなどいません。ただ、人の命は平等だ……私には味方を助ける義務がある!」

「消耗品に情けをかけるな! そこの娘も使い物にならなければ、すぐにでも粛清してやる!」

「少佐、それはあんまりです!!」


 情けない声を上げいると、何も知らない誰かは思うだろう。

 現に少佐の護衛の人間はくすくすと嘲笑していて、殴られっぱなしの先生を見下している。


(余ならば、すぐに粗奴らの臓物を切り裂き、頭をトマトのように潰してやるところだ。

 我が娘よ、お前は怒りをどう扱う?)



「それ以上先生をいじめたら、ただじゃおかない」



 あくまで冷静に。私はジっと少佐を睨みつける。冷たい殺意を向けながら、振り上げた手からは稲光を放つ。

 口をニヤリと開けて、歯をむき出し。私は青い雷光と共に牙をギラつかせた。

 

「やめろ、ミーシャ。僕のことはいいんだ……」

「先生、私はとっても怒っているわ。大丈夫。こんなやつら、指一本でも皆殺しに出来るもの」

「力をそんな風に奮っちゃだめだ……ミーシャ、お願い」


 先生は弱虫なんかじゃない。誰かのために体を張れる人なんだと、私は再確認できた。

 怖気づいたくせに、あの少佐は私に向かって面罵を始めたわ。

 

「この、バケモノが! ちゃんと手綱を握っておけ! 調教が足りんぞ!」

「この子はまっとうな人間です……1人の女の子なんですよ」

「まだ言うか!! ぬう!?」


 また先生に暴力を振るう! 私は先生を庇い、そのへなちょこなパンチを顔面で受けた。

 大したことはない、痛みなんてないし、傷一つ付いてない。むしろ、少佐のほうが拳をいわしたみたいね。

 

「~~~ッ!? なんだ、このとんでもない硬さは」


「先生を殴るな! 先生を傷つけるな!! 許さないッ!」

「落ち着け、ミーシャ!!」


 すぐにでも噛み付いてやりたかった。でも、先生はそれを望まないのであれば、やらない。

 それくらいの理性は私も持ってるわ。でも、理性があるからこそ、先生の仕打ちはあってはならないことも分かる。

 矛先を収め、少佐を再度睨みつけた。

 

「まあいい……今日はこのバケモノが使えるかどうかを確認しに来た。

 どれほどの力があるか、見定めさせてやる。

 もし使い物にならなければ、国民公会に伝えて人権を剥奪させてもらおうかな」


「私がどれくらい強いかって? ええ、見せてあげるわよ。とことんね!」


 不安げに私のことを見る先生にニコリと小さく笑う。そんな、心配しなくても大丈夫だわ。

 だって、私の力は魔王の力なんだもの。

 どれだけ強大なものなのか、私がどれほど恐ろしいバケモノなのか。徹底的に見せつけてやる!

 

「あの向こうにある山肌を見て。なんにもない茶色い岩で出来たお山。あれを、雷で壊してみせるわ」


「やってみるがいい」

「言われなくとも」


(我が娘よ、力の行使は任せておけ。好きなタイミングで、お前の思うがままに力を振るうがいい)


 両手を掲げて、私は晴天を漂う白い雲を集めだす。ゆっくりとゆっくりと、それは渦を巻いて、漆黒へと染め上がった。

 膨大な電気を孕んだその暗雲はゆっくりと、10kmほど離れた山の上を覆い尽くす。

 ゴロゴロと音が鳴り響く。魔力でじっくりと稲妻を溜め込み……そして叫んだ。

 

 

「荒野を切り裂く迅雷はここに至れり! 暗雲は怒涛となって、天の裁きを与えるだろう。『紫電雷光の破城』!!」



 黒い雲の塊から吐き出された紫色の雷が山肌に直撃する。そして、轟音がそれに続いた。



 ゴォオオオオオオオオ!! ドオオオオオオン!!

 


 鼓膜を打ち破るような爆発音。そして、真っ白な光があたり一面を覆う。

 館の人たちも何事だと窓ガラスから顔をだし、そして黒い煙が立ち込む山肌を見た。

 

「ば、バカな……山が、割れた!?」


 大きな音と共に、山肌の一部がこそげ落ちる。普段眺めていた山があっという間に形を変えてしまった。

 その後、山火事を防ぐために私は滝のような雨を振らせて鎮火する。

 ああ、こんなに爽やかな気持ちになれたのはいつぶりだろう。やはり、暴力を振りかざすのはとっても楽しいわ。

 

 

「これダけじゃツマらないでしょ? ほら、アの木ヲ見て?」



 人差し指で、いつも日向ぼっこをしている楢の木を指し示す。

 そして、呪文を唱えることもなく、天から絹糸のような細い一筋の雷光が落ちた。

 

 

 バキバキバキッ!!!

 

 

 力を調整して、木を真っ二つに出来る雷を落とす。焦げ臭い匂いがあたり一面を覆う。

 あまりの逆光に私以外のみんなが目をつむり、そして耳をふさいで怯えていく。

 この止めどなくあふれる解放感はなんと言えば良いんだろう。体が身震いして、興奮が止まらないわ!

 

「もっト見せてあげヨウカ? 次はドウする? あの山が粉々ニなるマデ雷を落とシテやろうカシら?」


「ミーシャ、もういい。それ以上はダメだ!」

「どうシテ? こんなニ楽シイノに? 先生っタラいけズだわ」

「だめだ、ミーシャ。戻ってきてくれ。普段の優しいミーシャに」


 こんなにも悲しい表情をしちゃうだなんて。流石に私の良心も傷んでしまうわ。

 本当はもっと暴れたいけれど、どうやらここまでのようね。

 みなぎる魔力を抑えこみ、普段どおりの私に戻る。そして、満面の笑みで応えてみせた。



「先生、これが私の本性なんです。破壊を心から愛し、全てを焼き尽くすことに喜びを感じる。




 ね、私は魔王でしょ?」

 

 

 

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