5 カモミール・バスルーム

 きれいな白いタイルを張り巡らせた浴室。金細工のシャワーヘッド、つるっつるの浴槽。

 お湯から蒸気が湧いて、一面霧がかっている。

 

「…………」


 わしわしと私の頭を洗ってくれるのは、この館に住むメイドさんだった。

 メイドさんはすっぽんぽんな私と違って、タオルを体に巻いている。お胸は小さいけど、美人だわ。

 ショートカットの金髪。どこかクールな、ぼーっとしてるような感じのお姉さん。私よりも身長が高いわ。

 無表情なままで私の体を洗うものだから、どう接していいか分かんない。多分、メイドさんも分かんないのかも。

 

「ウゥウ……」


 なんだかいたたまれない気持ちになって、少しだけ声をこぼした。

 

「痒いところはない?」

「ウウン」


 首と小さく横に振る。メイドさんのお手手は繊細で、長年培ってきたくせっ毛を丁寧に洗ってくれる。

 気持ちいいのだけれど、やっぱり黙ってばっかりだと居心地が悪いと言うか。

 

「あんたの体を洗っていると、実家で飼ってた犬のことを思い出すわ」

「ウウ?」


 察してくれたのか、メイドさんが唐突に語りだした。え、私が犬と同じなの?

 

「ジャンっていう犬でね、あの子も結構毛深かったのよ。それにやんちゃだったからすぐに汚れるし。

 誰もやらないから、私がジャンの体を洗ってあげたの。あの子はとってもいい子だったわ」

「ヒャウ!」


 そのまま私の体にヘチマのスポンジを這わせて洗っていく。石鹸の白い泡立ちで体をなぞれると、ぞくっとしちゃった。

 でも、そのまま私の胸を揉まれるのは恥ずかしいわ! しかも、とってもいやらしい手付きでモミモミって。

 

「なかなか良いものを持ってるわね。羨ましい」

「ウウ、ウウゥ」


 お腹を円を描くように拭き、おへそに指を入れられてくすぐられる。

 おまたもちゃんと洗ってもらって、そのまま太ももから足元まで。相変わらず無表情で何を考えてるのか分かんない。

 

「尻尾も洗ったほうが良いかしら?」


 ぴょこぴょこと自然に動いてしまう尻尾をメイドさんが掴む。そのままニギニギと石鹸の付いた手で拭っていく。

 背中を現れるときはちょっとだけ安心感を覚えたと言うか、自分じゃ洗えなかった場所だから久方ぶりだわ。

 

「そのおっきなお手手も洗っちゃうわ。少し上げてもらえる?」


 いわれるがままに腕を上げて、そのまま擦ってもらう。

 こんなモサモサで大きな腕なのに、丁寧に洗ってくれるのはとても斬新だった。

 化物の象徴である腕なのに、メイドさんは臆することもなく。

 

「じゃ、流すわね」

「ウブブ」


 桶でそのまま流されて、バシャリと体がお湯を弾く。首を振って水っけを飛ばした。

 すると、メイドさんは私の頭をよしよしと撫でてくれる。

 

「うん、ジャンに似てる。あの子、洗われてる時だけ大人しかったのよ」


 浴槽を出てから、タオルでゴシゴシと拭かれる。耳を優しく摘まれたときはちょっとビクっとしちゃった。


「ふぅ……」

「ギャウ!?」


 くすぐったい私の反応を見て。メイドさんは意地悪く、耳の穴にふうって息を吹き込んできた。

 

「やっぱり、あんたはジャンだわ。ふふ、なんか怖いのをイメージしてたけど、案外可愛いじゃない」


 犬と一緒なのはちょっと癪だったけど、メイドさんの表情はとっても明るかった。

 髪に串を入れて梳いてくれるけど、鏡で見ている分にはやっぱりストレートにするには骨が折れそう。

 

「私の名前はデジレ。あんたのこと、気に入っちゃった」

「ウー……」

「この館の人たちはあんたのことを警戒してたけど、私はあんたを信じたくなった。

 あのお坊ちゃん少尉以外にも、私も味方だって思って構わないよ」


 確かに、私はこのお館にとってイレギュラーなのだわ。それは仕方のないこと。

 でも、そんな醜い化け物の私に対して優しい言葉を掛けてくれたのは、純粋に嬉しかった。

 

「このお洋服を着せたげる」


 カゴに入ったお洋服を取り出す。最初はパンツを渡されたので自分で履いた。

 でも、それ以外の服に関してはどう着ればいいのかわかんない。この腕じゃ、まともに着れないもの。

 

「腕を水平に伸ばして。これは腕の裾部分に切れ込みを入れて着れるようにしてあんのよ」


 言われたとおりに手を上げると、袖付きの白いワイシャツを着せてくれた。

 いつもは袖のないエプロンばっかり着せられてたから、ちょっと戸惑ってしまう。

 

「これね、袖の部分が留め具で着れるようにしてあるの。これならあんたでも着られるってさ」


 前と一緒に、袖の上部分と脇の下がぱかっと空いている。それとボタンも並んでいて。

 Yシャツを背中から被せて、そのまま開いた部分をパチパチと袖を留めれば、ちょっと不格好だけどキチンと着られた。

 なんか、感動的で、おおーって声を上げてしまったわ。

 

「じゃ、どんどん着せてあげるから。おめかししてあげる」

「ウー!!」


 姿鏡に写るのは、白いYシャツに、足元から履いた赤い水玉模様の吊りロングスカートの女の子。

 まるで、私じゃないみたいだわ!

 でも、この仰々しいお手手と、お耳と、尻尾と……やるせない。



「おー似合うじゃん。やっぱ、ジャンも女の子なんだなぁ」


「ウ?」

「ん? なにかおかしいこと言った?」


 せっかくのおめかしだけど、ちょっとだけ聞き捨てならない事がある。

 私のことを、もしかしてジャンって呼んだのかしら?

 

「ミーシャがあんたの名前らしいけど、私にとってあんたはジャン。だから、ジャンって呼ぶことにしたの」

「ウガー!」


 やっぱり私を犬扱いして! 抗議だわ!!

 

「キュウゥーッ!!」

「はは、何言ってるのか分かんない。喜んでくれてなによりよ、ジャン」


 ガシガシって乱暴に頭を撫でられて。本当に犬みたいじゃない!

 でも、どうしてだろう。嬉しくて尻尾が跳ね上がっちゃって。こんなの久方ぶりで、ニヤケが止まらない。

 

「グウゥ……」

「そろそろご飯だから、そのお洋服で行けばみんな驚いちゃうよ」


 なんでだろう。こんなに嬉しいのに、お目々がうるんじゃって。どうしてなのかしら。

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