4 女の子に戻るとき

 あれから1ヶ月後。色々用意をしなきゃいけないらしくて、私は暗い檻の中で待ち続けた。

 食事が良いものになったので、すでに契約は始まってるんだって思ったわ。


 最初にお兄さんにやってもらったのは、体を洗ったり身なりを整えることだった。

 監獄には一応、シャワーがあったので、それで体を洗う。

 冷たい水で体がブルっとしたけど、久しぶりのシャワーはとっても気持ちが良かった。

 それと同時に、大量の垢が洗い流されていく。


 シャワーを浴びた後に、私は体を拭いてエプロンを着た。

 とても大きな手で何もかもを引き裂ける鋭さを持っていたけど、ここ2年で手をある程度器用に動かすことを覚えたわ。

 少しだけ穴が空いちゃうけど、タオルと服を破らなくて良かった。

 相変わらず質素なエプロンのままなんだけど、他の服じゃどうしても入りきれないから仕方ない。

 

「ウァ、ウウウウ」

「せっかくだから、このまま散髪するぞ」


 椅子に座りながら、大きな姿鏡を見る。久しぶりに自分の顔を見たけど、目にクマが出来ていて不格好だったわ。

 けど、ちゃんと顔は洗ったので汚らしくはない。むしろ、歳をとってちょっとだけ大人っぽくなった自分に驚いたの。

 ただ、髪はいくら洗ってもくせっ毛が取れないし、フケも溜まっていて汚い。

 

「髪はこっちでちゃんと洗ってあげるから。毎日風呂入ればくせっ毛も治ると思うよ」


 泡立てた石鹸で私の髪をすいていく。あれだけ綺麗だったパールピンクの髪の毛は黄土色の垢にまみれていた。

 でも、お兄さんが丁寧に髪を洗ってくれたから、少しだけ光沢を取り戻した気がする。


 久しぶりに浴びた空いっぱいの太陽の光ですっごく気持ちがいい。昔は日向ぼっことかしてたわ。

 

「じゃあ、切るからじっとしててね」


 ハサミを片手に私の伸び切った髪の毛を切っていく。シャキシャキと音を立てながら。

 鬱陶しかった髪の毛がバサリと落ちていくと、今までの不衛生だった自分が馬鹿らしく思えた。

 

「とりあえず、このくらいで良いかな」


 肩にかかる程度に髪を切り、そして前髪も緩やかにカーブを描くように切ってくれた。

 とってもスッキリする。のしかかった重さもないし。こんなの久しぶりだわ。

 

「ガウ~!」

「お、気に入ってくれたのかな? そりゃ良かった」

「ウゥー!!」


 わしゃわしゃと濡れた髪を拭いてくれるお兄さん。私も少し鼻歌を歌ってしまった。

 ちゃんと耳を気にしてくれて拭いてくれたから。すごく気が使える人なんだと思う。

 こんなに良くしてもらったのって2年ぶりくらいだわ。楽しいって気持ちを思い出した気がする。

 

「今から山荘に向かうけど、ミーシャには幌馬車に乗ってもらうよ」

「ウァ?」

「ミーシャは秘匿対象だからね……でも、お外はとっても気持ちいいから、我慢してくれ」

「ウー!」


 きっと、バケモノの私を見たらみんな怖がるからだろう。私にとってもあんまりいい気分じゃないし。

 私はこくりと頷いてから、さっぱりした頭をふるい、耳をピンと立てた。

 

「ほら、これを羽織って」


 手渡されたのは赤い頭巾。フードに開けられた穴から耳を立てて、それを被るとちょっとしたおしゃれで嬉しい。


「赤ずきんちゃんって感じだね。よしよし」


 昔読んだことのある童話の主人公を思い出す。林檎のようにかわいい赤ずきんちゃんのお話。

 フード越しになでなでしてくれるお兄さんの手に、きゅうっと自分の手を握って喜びを噛み締めてしまった。

 

 □   □   □

 

 2日ほど幌馬車に揺られてやってきたのはナドレという街。避暑地として有名だったので、世間知らずの私でも知ってた。

 まさかこの容姿になってからナドレに行くとは思わなくて、穏やかな潮風がとても心地が良かった。

 

「ミーシャ、今日からここが君のお家だよ」


 山を登って連れて行ってもらった先には立派な山荘があった。アカイア山荘、木造づくりの綺麗な白い館。

 私が昔住んでいた豪邸には劣るかもしれないけど、これも立派な館だわ。

 

 

「スーシェ少尉ですね。こちら館の管理人をしております、フーキエといいます。そこの……お嬢様は?」



 一瞬溜めたのは私のことを訝しんでいるからかもしれない。まだ、この視線には慣れないわね。私は肉球で顔を埋めた。

 

「恥ずかしがり屋なんです。悪い子じゃないから、今後も仲良くしていただけると助かります」

「当方としても、物を壊したり召使いを傷つけなければ問題ありません」

「ウゥゥ……」

「多少は壊してしまうかもしれません……けれど、この子には悪気はありません」

「調教のためだと聞いていましたが、やはり歴史の深いこの館を壊されるのは、こちらとしてはあまり良い気はしませんので」

「ごもっともです」


 つっけんどんな態度の気品のあるおじさん。

 黒い燕尾服に身を包んだ白髪の執事さんなんだけど、この人は強い人だ。

 でも、やっぱりっていうか。私は他の人から見たらバケモノなんだよね。

 

「お部屋は各々用意してありますので、そちらで荷物を置いておくのがよろしいかと。

 頼まれていたお洋服の方も届いていますので。何度も言いますが、家具を壊さないようにお願いします」

「服も届いていたんですね。よかった……ありがとうございます。

 ミーシャ、フーキエさんの言ってること分かった?」

「グルルル……」


 コクリとうなずく。私だってそれぐらいの分別があると言いたかったけど、この手は器用じゃないから心配だわ。

 相変わらずフーキエさんは私のことを信用していないみたい。

 でも、これから一緒に暮らしていくのなら、私が頑張るしかないのかもしれない。

 

 

「早速、お洋服を着よう」

「ウウ?」


 この姿では私はお洋服を着れない。それはお兄さんも分かっているんじゃないのかな。

 首を傾げていると、お兄さんは小さく微笑んだ。

 

 

「大丈夫。特注のお洋服だからミーシャにも着れるよ」


 一緒に階段を上がって2階にたどり着く。フーキエさんに言われたとおりに、私のお部屋に入った。

 

「ウァー!」


 ガラス越しの窓から入り込む青空と太陽。

 木目調の爽やかな感じのお部屋。そこに机やタンスやふかふかのベッドもあって。地下牢の生活が嘘みたいだった。

 

「ウーー!! アウ、アウウ!!」


 そのまま駆け出して、ボスンとベッドの上に座り込む。お尻がベッドのクッションの柔らかさに沈み、とってもこそばゆい。

 体を転がしながら、ベッドの気持ちよさに酔いしれていると、お兄さんが私の顔を覗いた。

 

「ご満足いただけたようだね。ミーシャもこういう顔が出来たんだ」

「ウア?」

「年相応で可愛らしいなって。もっとふかふかベッドでコロコロしてもいいよ」

「キュウウウ!!」


 ぽんぽんってお腹を撫でられて、恥ずかしさできゅーーって心が引き締まる。

 めちゃくちゃ恥ずかしくなって、私は大きな手で自分の顔を隠してしまった。指の隙間からちょっとだけ覗く。

 

「おめかしする前にやることがあるでしょ」


 タンスの中から取り出したのは、とっても清楚なお洋服。

 赤い水玉模様の吊りスカートに、白いワイシャツ。新品の白い木綿の下着もあるわ。こんなの、ほんと久しぶりだわ!

 

 

「まずはお風呂に入ってから。そのあと、お洋服を着ようね」


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