3 let me be with you
何を言っているんだろう。私の家族が居ない? 王様が処刑された? どういうコト?
それに、共和国って……古代の国の政治体制の一種だって学んだことがあるけど。
でも、一体なんなの? あれから、たった2年で何が起きたの? お父さんは、お母さんは? え? あれ?
「お前にもそんな表情が出来たのか。まあ、いい。そんな惨めなお前には選択肢がある。
そのまま監禁され続けるか、自由を得るために戦うか」
まるでシチューのように色んなことが混ぜられていって、思考が混沌としてしまう。
この感情を言い表すことも出来ないし、どんな感情を抱けば良いのかもわからない。ただ、唖然とするだけ。
私の混乱に対して容赦なく、おじさんは言い捨てた。
「現在、我が革命軍は市民の自由を犯す叛徒共に囲まれている。
共和制を否定する国々によって、四方八方を囲まれている。
そう、戦力が足りんのだ。喉から手が出るほど欲しい!! この意味、分かるか?」
(ハハハ! 王殺しとはなかなか乙なものよな。しかし。我が娘よ、これは好機だ。利害の一致だ)
魔王が私にそそのかしてくる。私も、私もこの人が何を言うのかを察してしまった。
「魔王の力を我らが革命軍の為に役立てろ。そうすれば、お前は自由にしてやる」
やはりそういうことかと、私は冷めきった表情で聞いた。
(こんな牢屋に引きこもっていてもつまらんだろう。それに、この魔王、暴れたりなくて悶々としておったところだ)
「監視はあるが、それなりに良い場所を提供する。
今よりも体を綺麗にできるし、うまい飯も食える。
こんなカビ臭い地下室よりも爽やかな空気を吸える場所だ。どうだ?」
「ウゥウ……」
私がなんでこの牢屋に閉じこもっているか。強制されたわけじゃない。それは、魔王である自分が嫌だから。
それなのに。また私はこの力を振りかざし、人間を殺さなくてはならないの? もう懲り懲り。
人を殺すのにためらいもなく、ただ暴力の欲に負けた私。
ありとあらゆる物を力任せに壊し尽くし、その燃え盛る紅蓮の焦土の上に立ち尽くす征服感は今でも忘れない。
でも、それはやっちゃだめなことなんだ。人間ならばするべきことではない。
聖書の教えを踏まえることもなく、私の存在はこの世にあってはならない。
いつだって、魔王は人間に嫌われ、そして勇者に殺されるだけの運命しかない。
「ミーシャ、僕は君を1人の人間として扱うよ。1人の人間として対等な関係を築きたい」
(甘言極まりないな。人間は偏見と差別に満ちた生き物だ。騙されてはならぬぞ。あくまで利用するのだ)
もう、どうだっていい。私はもう、何もかもを諦めたのだから。
けれど、こうやって閉じ込められたまま一生を終えるのは口惜しいのも確かだと思う。
でもね、私はまた魔王として自分の人間性を否定されるのがとても恐ろしい。
少なくとも、私はまだそれが感情として処理できていない。
2年間閉じ込められて、考え抜いたけど。やっぱり、まだ答えは出ないよ。
「グゥウウウウ」
私はまた牢の奥へと引き返す。せっかくのお話だったけど、今はいいや―――
「僕が、僕が自由を教える! 人間として生きていく方法も教える!
君はまだ幼い、か弱い女の子なんだ! だから、君が強い大人になれるように教えてあげるから!
君は、君はバケモノなんかじゃない、人間なんだ!」
人間だなんて、こんな姿をみて良くもそんな大口が叩けるんだ。なんだかイラっとしてしまう。
私は怒りを込めてお兄さんの瞳を見た。赤い瞳の威圧感に2人共たじろいでいる。
でも、お兄さんはそれでも私に語りかける。その真摯な姿に、私は聞き入れてしまった。
「君は普通の人よりも違って、とてつもない力を持っているのかもしれない。
けれど、君は脱走するためにその力を使わなかった。
自分が怖かったんだろ? 自分の力が暴走しないかって思ってたんだろ? だから、この牢屋に留まっていたんだろ?」
「ウァアアア」
止めどなく溢れてくるお兄さんの言葉はおべんちゃらでもなく、とても優しい声に聞こえた。
けれどこのむしゃくしゃする気持ちはなに? なんで、こんなに心を掻きむしられるの?
「力を制御する理性があるのなら、君は立派な人間だ。だからこそ、君は人間としての自由を与えられるべきなんだ。
僕は、僕は君の教師として人間として生きられる道を一緒に探したい……
自由には代償が必要だけれど、その道がどれだけ業が深くとも。僕も背負うから、ここから出よう」
(惑わされるな。この男の言葉は空虚だ。結局はお前を兵器として扱うための詭弁だ。
だが、それを踏まえても、利用できるものは全て利用するべきだ。絶対に、心を許すな。そして、己の力をまっとうせよ!)
この人の言葉は真剣だ。理想を語ってるだけのうぬぼれ屋さんなのかもしれない。でも、この人は本気だ。
魔王の言う通り、私は自由を得る代償に魔王として、便利な兵器として戦う必要がある。
私が館を壊した時、私は人間を初めて殺した。その罪悪感で吐いたこともあったけど、それはすぐに収まってしまった。
魔王になることは簡単だ。でも、私はそれに見合う何かを手に入れられるのだろうか?
それをこの人が与えてくれるのだろうか?
分からない。分かんないことばっかりだ!! 鬱陶しい、難しい、頭が痛い、目障りだ!!
みんな、みんな私が嫌いなのに、この人はなんで私のことを人間だなんて言うの!? 絶対に、絶対に嘘だ!!
「グァアアアアアアアアアア!!」
鉄格子の隙間に指を入れて、力任せに檻を破る。ガリガリと金切り音と一緒に、赤い稲妻が弾け飛ぶ魔法防壁。
それを物ともせず、怒りのままにこじ開け、私は2人の元に近寄った。
「檻に戻れ、今すぐにだ!!」
おじさんが後ずさりしながら私に命令する。弱いくせに吠えている姿がとっても滑稽だわ。
でも―――
「ミーシャ……」
あの人は、ちっとも物怖じしない。それどころか、私に近づいてくる。なんで?
私は牙をむき出して唸ってみせる。こっちに近づかないでって。傷つけたくないから。
でも、この人は違った。
「グゥウ、ウゥウウォオオ!!!!」
「大丈夫、大丈夫だよ……」
突然覆いかぶさったと同時に、私の体をギュッと抱きしめる。
こんな垢まみれで薄汚い私を。汚れることを顧みずに強く抱きしめてくる。
分かんない、どうしてこの人は私が怖くないの? 醜いと思わないの?
だって、私はバケモノなのに。
「ウァ、ウァア、ヒック、ウゥ、ウウ、ウワア、ウワァアアアアアアアンン!!」
とても久しぶりだった。こうやって誰かに抱きつかれるなんて。
これが人間の優しさなんだ。小さな頃にいっぱい貰った優しさはこれだったんだ。
ああ、私は今まで諦めていたんだ。だれかに愛されることを。こんなにも嬉しいことを忘れていたんだ。
「大丈夫、大丈夫だから。もっと泣いてもいいよ」
「ウェエエエエン!! ウァアアア!!」
もっと、もっと私は暖かさが欲しい。人間の暖かさ。寂しさを紛らわせるような優しさ。
肌と肌が触れ合って、お互いの体温を交換するような抱擁。
私が欲しかったのはこれだったんだ。人間は、人間は誰かに愛されないと生きていられないんだって。
バケモノになってから、私には二度とないと思っていたことが蘇った。
「一緒に、行こう」
「ウゥウ、ウウウウウ!!」
耳元の囁きと共に、涙で顔を濡らした私は強くうなずく。
これから何が起きるか分からなかったけど、私はこの人についていこうと思った。
またぎゅって抱きしめて欲しい、お話もいっぱいしてみたい。
たとえ、私がまた魔王になろうとも、この人になら受け入れてくれそうな。そんな淡い希望があったから。
私は、魔王になることを選んだ。今なら言える。これは正しい選択だって。
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