第6話 最終章

 振り下ろされた鈍器の先端がジュリーの頭蓋で構造物がへしゃげる音を立てる。それを見たブライアンは「次はアンドロイドだ! 二人ともプレスにかけて逃走時間を作る。早くしろ!」と、叫んだ。その刹那、トムと揉み合うデヴィットの間から腕が割って出ると、デヴィットの顔面に押し当てられたEPMガンが無機質な作動音を奏でた。崩れ落ちる二台、その間から這い出したのはジュリーだ。


「大丈夫!? トム!」


「はい。ゼロ距離射撃に感謝です!」


 二人の無事な姿を確認したブライアンは慌ててその場を逃げ出そうとするが、二人に即座に腕を捩じ上げられ拘束された。


 乱れた髪を掻き分け息せき切ったジュリーがミランダ警告を読み上げる。


「AIの裁判官に泣き落としは通じないわよ。覚えておきなさい!」





*


 トムはプレスされ、まだ生暖かい熱を保つAT-0928に左手で触れている。右腕はジュリーを守る為にカーボンフレームごと粉砕され、腕からぶら下っていた。

 

「彼は知り合いだったのね?」


「えぇ」


 トムは、ハローワークから処分を言い渡された時、訪れたリサイクルセンターで出会ったAT-0928の話を始めた。


「雨ざらしの私に、彼は言ったんです「最後まで諦めるな。人間は見た目を重視する」そういって、順番を後回しにし、ウエスを渡してくれました」

 

「彼は何故そんな事をしたの?」





「勿論、私に情けを掛けた訳ではないでしょう。彼はブライアン達の不正を知っていたんです。高額な部品や不正改造部品を闇に流している事を。彼らは当然、最新型の私を見逃す筈が無い。廃棄が義務付けられている論理回路や記憶装置を回収し、闇に流そうとするでしょう。彼はそれを阻止しようとしたのです」


手摺にも垂れ、話しを聴くジェリーは納得いかない表情でトムに食って掛かった。

「だから何故? 旧型アンドロイドが犯罪を阻止しようとする合理的説明が無いわ!」


「AT型アンドロイドは随分と古い機種です。骨董品といってもいい。しかし、ブライアン達にとってはメリットもあった。旧式はAIの倫理基準が甘いんです」


「不正を知っていた貴方は、あたし宛ての捜査資料に巧妙にメッセージ残していたわ。 あたしが以前担当した臓器売買事件を想起させる様なね」





「それは買いかぶり過ぎですよ。闇で違法売買や違法改造行為が行われている事を遠まわしに仄めかしただけです」


「アンドロイド同士のデータ共有は管理者の立会い無しには違法よ」


「えぇ。私がすぐに警察に通報していれば今回の事件は防げたのかもしれません」


「でも、それではAT-0928は不法行為に加担した事、犯罪を通報する為とは言え許可なくアンドロイド同士で情報の共有をした罪で廃棄処分されてしまうわ。だけど、今回の事件が起こり、AT-0928の処分は確実になった」


「人間は裁判を受けられますが、アンドロイドは所有者の承認で即座に処分されます。しかし、私は知りたかったのです。AT-0928は本当に人間を殺したのかを」





*


「さぁ、答えなさい、ブライアン!」


 手摺に手錠で繋がれ、項垂れていたブライアンは人が変った様にわめき始めた。


「俺がやったんじゃない! 正当防衛だ、アンドロイドが奴をぶん殴って殺しやがったんだ!」


「残念ながらそれは嘘ね。アンドロイドに人は殺せない。そんな事をする前にシステムがダウンするわ」


地面に蓄えた脂肪で緩みきった体を投げ出しているブライアンを、ジュリーは腕を組み見下す様に睨みつけながら語り始めた。


「すると、論理的回答はこうよ」





「あの日、ブライアンとミハエルは分け前の分配を話しあう予定だった。丁度サマータイムも終わり、就業後に時間があったから。手伝わせていたデヴィットを殺害して薬液ででも処分する打ち合わせも兼ねていたのかもしれない。デヴィットに似せたヒューマノイドを事前に用意していた位なのだから、元からそのつもりだったのよ」

 

 ところが、ブライアンはミハエルもこの時殺害するつもりだった。分け前を独り占めする為にAT-0928の作業テーブルにサマータイム中、誤った命令を書き込み終業後に稼動させておいて、ブライアンはミハエルを襲った。ミハエルの方が若く体格もよく体力的に勝てない。そこでAT-0928を利用してハンデを克服しようとしたのだ。例え事件が発覚しても、AT-0928に罪を擦り付ければいいと考えた。


 ここで計画に思わぬ誤算が生じた。争っている二人をAT-0928は案の定、止めようとした。アンドロイドには人間を助ける義務があるのだ当然の事だった。しかし既に、体力的に勝るミハエルはブライアンの命を奪おうとしていた。そこへ割って入ったAT-0928は、ブライアンを助ける為にミハエルを殴ってしまう。そこで、倒れたミハエルにブライアンがトドメを刺した。

 




「これが事件の真相でしょう? AT-0982はミハエルを殺そうとしたのではなく、ブライアン貴方を助けようとしたのよ! AT-0928の判断は正しかった。人間の命を救う為に正しい判断を下していた。でも、結果的に貴方のミハエル殺害を手助けしてしまう結果となった。AT-0928はその自己矛盾から自らのシステムを緊急停止した。その為に制御を失い、論理回路が焼き切れた。それがブルーバック状態で発見された理由よ」 


 ブライアンは声を荒げ尚も食い下がる。


「そ、そんなのは、お前の憶測だ! 証拠は無いじゃないか!」


「勿論よ。でも裁判官達は、公判中に実証実験をするでしょうね。人を傷付けたアンドロイドが自動停止する事を実験し証明する。それに対し、貴方はデヴィットの様な保護プログラムが存在しない違法アンドロイドとは違い、保護プログラムが存在するアンドロイドが人間を殺せる事を証明して見せればいい。そうすれば裁判官も貴方の言い分に納得するでしょうよ!」





 長年エンジニアとしてロボットに係わってきたブライアンは、項垂れブツブツと独り言を呟き始めた。それを横目に踵を返したジュリーはトムに語りかけた。

 

「これでどうかしら?」 


「ブライアンが天才的科学者でもない限り、公判は維持できそうです。しかし、不思議ですね。この事件は最初からAT-0928がブライアン達の犯罪を止めようとしていた意識を感じるんです」


「またまた、人間みたいな事を言う!」


「そうですね。だから彼も私を助けたのかもしれない」


「そうね。彼もきっと貴方みたいな人間臭いアンドロイドだったのね。奇跡を信じる様な」


 連絡を受け、応援に駆けつけた警察車両を出迎えに、一人と一台は並んで歩き始めた。

 

〈了〉

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TO-M&ジュリー 青ざめる機械 宮埼 亀雄 @miyazaki3

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