第2話 第一章
「事件と認定したのですか?」
「君が現地で判断したまえ」
刑事課に出頭したジュリエッタに、AIの部長刑事スパイクが無機質な声で答えた。現在、事務関係の殆どをアンドロイドが担当している。人間は、労働基準法によって、一日最大六時間の労働しか許可されず、重要な案件ほどAIが担当する。無論、機械にも一日の最大稼働時間とメンテナンスチェックが義務付けられている。
「AIがそうしろと言うなら従いましょう」
事務机しかない殺風景な一室で、黒いワンピースのミニスカートから覗く、すらりと伸びた美しい足を挑発的に組み、用意された資料に目を通す。どんなに過激な服装をしていても、気にする相手は人間に限られる。人間の数が減っている昨今、男女のセックスアピールは過激の一途を辿っていた。激化する環境問題の様に。
「続きは担当に聞いて欲しい。私は予定が入っているのでね」
そういうとスパイクは、カイゼル髭が目立つ無表情な顔を入り口に向け示して見せた。その先には、事務用ヒューマノイドTO型が一台畏まる様に佇んでいるのが見えた。
「容疑者はロボットなのでしょう? 事務専用ヒューマノイドでは安全労働義務違反になりませんか?」
その問いにスパイクは「容疑者は既に無効化が確認されている」とだけ告げ、ジュリエッタを部屋から追い出した。
「こんにちは、ジュリエッタ刑事。私はTO型M01と申します。どうぞよろしくお願いします」
流暢に挨拶する細身なボディのM01は、元々ハローワークで働いていたのだと言う。彼は生粋の事務型ロボットだった。人間との交渉業務に適正化され、コミュニケーションに特化したスキルを備える。しかし、メンテナンステストでエラーを吐く為、廃棄処分にされる所を予算の少ない警察が拾い上げたという事らしい。確かに、人間のサポートに向いてはいるが、凶悪犯相手では役に立たないだろう。
「私の事はジュリーでいいわ。貴方はそうね、TO-M型ならトムがいいわ。その方が便利よ。それであなた、何ができるの?」
足早に廊下を移動しながらジュリーは早口で捲くし立てる。相手は機械だ、遠慮は無用なのだ。
「ではジュリー。私は事件の説明と現場の案内、連絡業務が出来ます。そして貴女の盾にもなれる」
「それは頼もしいわね。危険が無い事を祈らなきゃ」
ジュリーの皮肉にもトムは笑顔で会釈する。事務用ヒューマノイドにとって、人間からの憎悪など日常茶飯事なのだ。
「では、事件の詳細と状況報告を」
トムによると被害者はクリーンセンター管理者、ミハエル・ムーア。彼はロボットによる廃棄物処理の確認業務を担当していた。その彼が、何故か就業時間後に、作動している筈の無いロボットに殺害されているのを、同僚のブライアン・パーマーに発見される。証言によると、襲われたのは午後五時二十五分。死亡時刻は同三十分。発見は同四十二分。
クリーンセンターの広大な敷地には無数のアンドロイドと重機が稼動している。その殆どは監視カメラで撮影されていた。そんな場所で、十年務めたベテランオペレーターが、事故に遭うのは確かに不自然だ。
「メールで送られてきた資料では、他殺の可能性は皆無だったわよね」
殺風景な廊下を独り颯爽と移動するジュリーと、その後をトコトコとコミカルな歩行音を残しトムが追いかける。
「確かに。状況は明らかに事故です。しかし――しかし何処に向かっているんです? ジュリー」
「殺人事件なんでしょ? 武装するの。保管庫でね」
地下武器庫で、ジュリーは対アンドロイド用EPMハンドガンを選び、形のよいバストに寄り添うホルスターへと仕舞った。
「貴女は本当にアンドロイドが犯人だと思っているのですか?」
「そうね。貴方みたいな人間臭いアンドロイドなら、殺人さえ犯しかねないんじゃないかな、とは思ってる」
「これはお褒めに預かって光栄です。しかし残念ながらアンドロイドには保護プログラムが備わってます。人間に危害を加えるのは不可能に近いでしょう」
「準備出来たのなら出掛けましょう!」
「それでどこに向かうのかしら?」
「勿論。クリーンセンターです。現場の確認は捜査の鉄則でしょう? 刑事さん。ではクルマを回します」
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