幸せの場所(2)

 女王様はチャム・ナトロエンっていうんだそうな。涙でぐちゃぐちゃになった相棒を宥めながら、気に入ったのか俺を撫でまくってる。


「あなたたちのことは把握していたのよ。私は保護すべきだって言ったんだけど、あの人は見極めるって主張したから様子を見てたの。彼が言った通り、ちゃんと辿り着いたわね」

 そんなに注目されてたのか?

「不思議? あなたの存在そのものがよほど不思議よ」

 なんだ、この通じる感じ。誰かさんに似てる。

「本当にあの人が大好きそうな子。もう数陽すうじつしたら帰ってくると思うけど、きっと喜ぶわ」


 どうも、この女王様でも遠慮するような発言力がある人物に気に入られてるみたいだな。なら、追い出されることはないだろう。


 俺の見た限り、ここはまさに楽園だ。リーエや俺みたいなのが住むには最高の環境だと思う。

 街中じゃ、屋根の上でひなたぼっこしているばかりか、そこら中に猫がいた。当然魔獣だぜ。餌をもらってじゃれついてるし、抱き上げられてるし、完全に風景に溶け込んでる。

 更には、狼魔獣まで通りを闊歩してた。当たり前みたいに子供の遊び相手までしてるんだから、さすがに俺も目を丸くしたぜ。

 ここは噂通りに変な場所だ。俺たちが住むには最高の、な。だから上の人間には愛想振り撒かなきゃいけないと思ってたんだが、何の心配もなく受け入れてもらえそうで安心した、チャムぺろぺろ。


「すみません、みっともない姿をお見せして」

「気にしないで。あなたの気持ちは分かるわよ」

 優しい女王様だ。

「遅ればせながら、こちらを。聖騎士伯様から紹介状をいただいております」

「ん? ああ、ラグのことね」

「憶えておいでかご心配なさっておられました」

 フラグレンを愛称で呼ぶのか。


 手渡した書状にさらりと目を通して微笑んでる。


「懐かしいわ。あの子なりに頑張っているみたいだから、あまり干渉しては妬まれてしまうと距離を置いていたの。元気みたい。といっても、もうお婆ちゃんね」

「お歳の割に壮健にしていらっしゃいます」

「ふふ、会いたくなっちゃったわ。今度、あの人に連れていってもらおうっと」

 婆さんも報われるな。

「改めてお願いいたします。わたしとキグノとラウディがこちらに住むことをお許しいただけますか?」

「もちろんよ。ずっと居て。追い出したりしたら私が叱られちゃうもの」

 予想以上に歓迎されてるじゃん。

「お客様として遇します。まずは赤燐宮に部屋を用意させるからそこに住みなさい」

「そんな、もったいない」

 あそこにか?

「遠慮なんて要らないわ。待ってたんだもの」

「ありがたきお言葉を」


 嬉し涙にふける相棒の肩をずっと抱いてくれてる。頼もしい味方ができて肩の荷が下りたぜ。担いだことはないけどな。


「ずるいなぁ。彼女は僕のお客様だよ、チャム」

「え、ノイン?」

 意外なような意外じゃないような、だな。似すぎてる。

「教えてくれても良かったのに」

「あんたの手柄にしたくなかったから、わざと報せなかったのよ」


 目の覚めるような青髪に緑色の瞳のチャム。漆黒の髪に深い緑の瞳のノイン。こうやって見比べてみればそれとなく察しが付くよな、リーエ?


「いらっしゃい、リーエ。僕の国にようこそ」

「僕の国? あなたも神使の方なの、ノイン?」

「彼女は母さんなんだ。僕は息子」

 見た目で裏切ってんじゃん。


 ゼプルっていうのは外見の成長は二十歳前後で止まってしまうらしい。だから親子でこんなでも変じゃないんだろうけど、戸惑うよな。


「違うでしょ? 駄目って言ってるわよね」

「いや、でも……」

「知らないわ、母さんなんて呼ぶ子は」

 どうした、これは?

「そんなこと言わずに……」

「あの人が教えてくれたでしょう? 『ママ』って呼ぶなら返事してあげるわ」

「それはちょっと気恥ずかしい感じがして堪らないんだよ」

 なんだ、ただの家族内ルールの話か。

「…………」

「勘弁してよ、チャム」

「仕方ない子ね」

 名前がぎりぎり許容範囲なのか。変な親子だな。

「うふふ、あなたが頭が上がらない人がいるなんて思わなかった。なんか新鮮」

「そう言わないでくれよ、リーエ。ここじゃ僕は頭が下がりっぱなしさ。ディアム姉さんにはこてんぱんにされるんだから」


 ノインの上には四人も姉がいるんだとさ。誰一人として頭が上がらないって嘆いてる。そんな環境じゃ雄は肩身が狭いよな。


「頼りにしているよ、キグノ。君なら姉さんたちだって抑えられそうだ」

 変に買い被るなよ、ノイン。このチャムの娘なら俺のほうが惚れ込んじまうかもしれないぜ?

「これからは味方がいないと困るのさ」

「ティムとフェルは?」

「無事手続きも済んでホルムトに向かってる。アムレ北辺爵の伺候の一行に加わってるから心配ないよ」

 そいつは良かった。

「ともあれ、心に決めていたんだ。君が自力でここへ来たなら話そうって」

「な、なに……?」

「リーエ、僕の伴侶になってほしい。君以外考えられない。君ほど心の美しい人を見たことが無い。どうか、お願いだ」


 呆然とすんなよ、相棒。お前の願いはなんだぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

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