幸せの場所(3)

 ノインの言葉がやっと心まで届いたのか、相棒はほろほろと涙を零している。やっと自分の本当の気持ちに辿り着いたんだな。

 でも、歓喜の表情は迷いに変わり、視線が彷徨ってる。


「わたしもあなたが好きです」

 言えて良かったな。

「でも、わたし……」


 躊躇いの言葉が近寄ろうとしたあいつの足を止めちまう。


「あなたは神使のお方なのでしょう、ノイン様。こんな村娘にお目を掛けてくださったのは嬉しくてしかたありません」

「そんなつもりは……」

「ただの人族なんです。長生族の方と同じ時間を生きることができません。わたし……、ごめんなさい」

 お前の気持ちも痛いほど分かるぜ。


 相棒を人間社会に置きたかったのは、俺が同じ時を生きられないからだ。普通の獣ほど短命じゃないけど、長生きしたってあと四十数ってとこだ。リーエはまだ六十以上は生きられるだろう? 俺は最後まで傍にはいられない。本当の幸せをやれないんだ。

 だがな、その男ならお前を本当に幸せにしてくれるんだよ。覚悟決めて飛び込んじまえよ。


 背中に近付いた俺は、腰に額を当ててぐいぐいと押す。


「キグノは僕を認めてくれるみたいだよ?」

「求められたのは本当に嬉しいの。でも、わたしじゃあなたに同じだけの幸せを返してあげられない。最後には悲しませてしまうの」

 そんなの忘れて我儘になっちまえ。ひとのことは言えないけどな。

「そうかな? よく考えてみて」

 押せよ、ノイン。

「カッチはセアカキツネザル。長く生きても二十くらい。それだとティムとフェルとカッチは悲しい関係なのかな? そんなことないよね? 彼らはお互いにお互いを幸せにする関係だよね」

 そうなんだよな。

「先に逝ってしまうから相手を不幸にさせるとは限らないと思うよ。確かに君は逝ってしまうだろう。僕もその時は悲しむと思う。でも、生きている間は君を幸せにしたい。君が愛してくれるなら僕はそれだけで心の底から幸せだ。それじゃ駄目なんだろうか?」


 痛いところを突いてくるな。俺の心にまでぐさぐさと刺さってくるぜ。

 なあ、相棒。ここまで言わせておいて拒んだんじゃ、女が廃るんじゃないのか?


「わたしはあなたの人生のひと時の彩りになれるの?」

「きっと僕の全てになるよ」

 そう願うぜ。

「あなたを本当に幸せにできる?」

「君が傍にいてくれるならね」

 それで十分だろ?

「一つ、約束して」

「なんだい? ずっと愛するって誓うよ」

「ううん。わたしが老いて、妻の役目を果たせなくなった時、別の誰かを幸せにしてあげてほしいの」

 お前はそう考えるよな、相棒。

「ずいぶんと難しい注文だね。努力はしてみるよ」

「お願いね」

「ずるいな。僕はたぶん、そんな君を忘れられないよ」


 ノインは腰を抱き寄せる。相棒もさすがに拒まない。


「思い出にして。それならわたし、あなたと同じだけ生きられる」

「約束する」

 ふぅ、やっとか。

「まずは本当の僕をもっと知ってほしい」

「うん」


 女王様がにっこりと笑って二人を抱き締める。こいつは嬉しくってしょうがない感じの顔だな?


「あんまり呑気にしてるものだから思い切って放り出してみたんだけど、こんなに良い娘を見つけてくるとは思わなかったわ。試してみるもんだわね」

 そういうことか。

「人を見る目は私に似たのね」

「言ってくれるね。結構、途方に暮れたんだよ。何をすればいいのか分からなくてね。長い時間を掛けて彼女を見つけて、やっと意味が分かったんだ」

 こいつ、案外歳食ってそうだな。


 落ち着いたのか、親子のたわいもない会話をしてるな。


 何とか収まるとこへ収まったぞ、ラウディ。

「上手くいきやんしたね。おいらもホッとしたでやんす」

 上出来だろ?

「そうでやすね。これが娘を送り出す父の気持ちでやんすか」

 卵産む鳥の癖に、何言ってやがる。

「愛情は同じでやんすよー!」


 俺もお役御免だな、尻尾ゆらゆら。


「これで君とは相棒だね?」

 どうしてだ、ノイン?

「これからは僕と君とでリーエを守って幸せにしていくんだろう? 任せっきりになんてさせないよ」

 俺は守るほう担当でいいじゃん。

「君抜きで幸せになれるなんて思っちゃいけないよ。リーエとは切っても切れないんだから」

「そうよね。色々と期待しているわ、キグノ」

 あんたもか、チャム!

「とりあえず洗わせてくれない? なんだか楽しそう」

 畏れおおいぜ!

「楽しいですよ。油断するとぶるぶるされてしまいますけど」

「コツを教えてね?」

「はい」

 覚悟するか。


「大事にしないとね」

「え?」

 何だって、ノイン?

「君たちの出身は穢れなき泉の守部ステインガルドだけど、本当は彼こそが穢れなき心のステイン乙女の守護ガルドなんだから」


   ◇      ◇      ◇


 三人は連れ立って王宮のほうに歩いていく。洗われるのは我慢するから、その前に何か食わせてくれよ。


「ねえ」

 お、なんだ?

「あなた、強いのね?」


 おおう、とびきり別嬪な雌狼じゃないか。話し掛ける機会を待ってたのか?


 まあな。お前は?

「ライラよ。わたしに興味無い?」

 お前さんみたいな綺麗な狼に興味無いわけないだろ?

「ありがと。わたし、あなたに興味津々よ」


 おいおい、そんなに言われたら尻尾が伸びちまうだろ。俺にもこんな色気が残ってたのか。


 よーし、まずは毛繕いからだぜぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。




予告) 次回はエピローグ。一話だけです。明日のいつもの時間にエピローグとあとがきを同時更新します。あとがきでは本作の仕掛けを公表しますので、よろしければ目を通してください。

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