阻む風(5)
これは完全に賭けさ。こんな高さから落ちれば俺だってただじゃ済まない。
「ぐああ! 見えない!」
両目に突き刺さった堅刃は真っ先に振り払われちまった。あれがとどめを刺すには一番有望だったんだけど、一番痛かったんだろう。視界を奪えただけでも良しとするしかないな。見えてたら俺が狙われる。
「何をする気だ、貴様ー!」
ここまできたら倒すしかないんだよ、お前を。
手負いのまま逃げ出したりすれば、こいつは獣人郷や人族の集落を襲うだろう。一方的にはやられないにしても、倒すまでにどれだけの人間が犠牲になるか想像もつかない。間違いなく禍根になっちまう。
そうすれば、魔獣排斥論を胸に抱く一派を喜ばせるだけじゃんか。俺と相棒はますます肩身が狭くなっちまう。そんなの許せない。
があっ!
「そこかー!」
「
横腹を深く引っ掻かれた。すぐに
ぎっ!
「うががが!」
「
耳をかすって背中を裂かれた。発作的に悲鳴で口を開けたくなるが耐える。逆に牙を深く打ち込んで我慢してやるぜ。
「ラウディ、キグノを助けて!」
「
助かるぜ、ラウディ。援護になってる。
かはっ!
「落ちろ!」
「
今度ばかりはさすがに牙が抜けそうになった。何かが潰れるような感触とともに激痛。右側の視界は失われた。どうやら目玉をやられちまったらしい。治癒じゃ再生まではしない。
でもな、見えたんだ。こいつの鼻面に降り立って攻撃を避けようと周囲を窺ったときに。
そこからは東にとびきり幅のある大河があった。冗談みたいに大きな橋も掛かっていたから問題ない。
そして、その先の森。樹々の間から尖塔が突き出ているのがはっきりと見えた。あれが目的地なんだ。相棒と俺の幸せの場所。もう少しなんだ。もう少しなんだから邪魔をするんじゃねー!
目玉がどうした! 脚の一、二本くらいくれてやるさ! あの場所へ辿り着けるんなら惜しくなんてない! さっさとくたばりやがれ!
食らえ!
「ぎゃあぁー!」
全力で制御した堅刃が一気に頭蓋へと埋まり込んでいく。魔力も膂力も気力も全て総動員して、この一撃に賭けた。
「が…………」
血が足りない。もう意識が……。
風鳴がする。眩暈が止まらない。自分がどんな状態なのか分からない。なんかすごい衝撃がきたな。
……これは相棒の匂い。忘れるもんか。なんだ、これ、濃い若草のような匂い……。
◇ ◇ ◇
あめ、ふってきたな。こかげににげこもうぜ、あいぼう。あんがいおおつぶだ。かぜ、ひいちまう……。
治癒魔法士が風邪を……、違う! どこだ! どうなった!
見上げれば相棒が俺の頭を抱え込んでぼろぼろと涙を零してる。そうか、これを雨だって思っちまったか。
「キグノ……。良かった……」
心配させたか、すまん。ちゃんと生きてるみたいだぜ。
頭を上げるけど視界は半分しかない。そうか、無くなったんだな。でも、片目は残ってるからお前の顔を見ることはできる。耳も鼻も正常だ。声は聞こえるし、匂いもちゃんと嗅げるくんくん。
ん? 若草の匂い? 草原にぶっ倒れてんのか? それにしちゃ揺れてるし、車輪の鳴る音が聞こえてる。
見回すと初めての雄の顔。なんだ、こいつ。どうもお前からの匂いだぞ。
思いっ切り緑色じゃん。長い真っ直ぐな髪も、瞳も。それで草の匂いまで纏っているとか何者だ?
「どうやら無事目を覚ましたようだね? 問題ないだろうか?」
いや、そこら中痛い。だから敵とか言わないでくれ。
「私はエルフィンのテオドール。君の働きに感謝する」
もうちょっと詳しく。
驚いたことに「エルフィン」てのは、あのおとぎ話に出てくる森の民のことらしい。ちびの頃に相棒と読んだ絵本に出てたな。
外を見せてもらうと、そのエルフィンが数百人も軍団をなして
その中に数台だけある馬車に相棒と俺は乗せられていたんだ。
ラウディも一緒に走ってるけど、雌に囲まれてデレデレしてやがる。こいつ、俺がボロボロになっている時に色気出しやがって。
「あの
奴を倒せたか、俺。
「その功績を讃えよう。こちらのお嬢さんが、目的地は赤燐宮だというので案内するところだ。君も構わないな?」
異存はないぜ。なにより運んでもらうしかない状態なんだ。
「ようこそ、ゼプル女王国へ」
駄目だ。もうひと眠りさせてくれぺろぺろ。
舌の動きも冴えないだろぺろぺろぺ……。
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