魔獣の敵(9)

 四肢に力が漲る。

 どこからともなく魔力が湧き出てくる。

 どんな魔法でも使えるんじゃないかってくらいに頭が回転を始める。


 こいつを発動すると自分が生半可でない状態になっていると感じられる。だから普段は使ったりしない。不用意に色んなものを壊しちまいそうになるからな。


「消えた?」

 幻惑は使ってないぜ。

「あそこ!」

「目で追えないくらい疾いのよ!」


 跳ねた俺は熊魔獣の鼻面に前脚をつく。軽く踏んだだけで首の骨が折れる感触。舞い降りたところへ虎魔獣が飛びかかってくる。

 潜り込んで喉笛に食い付きながら後ろへと振り回す。齧り取った毛皮と肉を吐き出すと、遠く地面と激突する音。奴ももう動きはしない。


 堅刃ロブストブレードを二対生み出して、真横と斜め上に寝かせて群れの間を駆け抜ける。それだけで触れるもの全てが肉片と化している。

 そして三対目・・・の堅刃を立ち上げて正面へと振り向ける。これで突進にも死角はない。


「どうして?」

「とんでもない量の魔力が漏れている。あれは……」

 ノイン、こいつはな……。


 人間でいうところの任意起動型の身体強化。膂力はもちろん、仕組みは分からないが魔力も増すし、魔法演算能力も上がる。だから三対の堅刃だって制御できる。


 拾われて間もない頃、シェラードの馬車を襲った闇犬ナイトドッグの群れを一掃したのがこの能力だ。二歳の相棒が抱きかかえられるようなちびすけの俺がそんな戦闘能力を発揮できるんだぜ? 今の俺が使ったらどうなると思う?


 駆け抜けるだけでばたばたと魔獣が倒れていく。距離のある奴は堅刃を射出して仕留める。すぐに新しい刃を生み出すのも楽勝。

 制御半径だって300メック3.6mから1ルステン12mまで伸びている。狙いは外さないし、身体の何倍もの遠くへ斬りつけるのだって可能。


 短時間で強硬派の魔獣を一掃していく。命が惜しかったらさっさと逃げるがいい。掛かってくる奴は覚悟しろ。


「圧倒的です」

「とんでもないのよ」

「これはまた見事な切り札だね」

 呑気に見てないで周りの奴だけでも片付けろよ、お前ら。


 粘ったが、数百のうちの大半を失った強硬派魔獣の群れは尻尾を巻いて逃げ出していく。いざ苦しくなったら逃げるような気構えしかないなら、最初から挑んでくるなよ、まったく。


「これは勝負あったね?」

「終わり、よね?」

 十分だろ。

「キグノ、すんごく強いのよ」

「素敵……」

 ポーっとすんな、ティム。尻尾が後ろに伸びてるぞ?


 対決の場となったボゴス・カル正門前は静けさを取り戻してる。だけど、むせ返るような血臭が戦闘の余韻を感じさせる。


「おいおいおい! こんなんで終わりじゃないよなぁ!」

 生き残ってたか、ファーマン。

「まだまだ楽しく殺し合おうぜぇ! 居るじゃないか? そっちの見ていただけの魔獣やつら!」

 またくだらないことを言い出したな。

「どうせ敵同士! 殺し合う運命なんだから、今やり合ったって一緒だろうがぁ!」


 ファーマンを始めとした妙な動きを見せていた連中は戦闘態勢を解いていない。せっかく説得に応じてくれた魔獣のほうにまで襲い掛かっていきそうな勢いだ。


「何を言い出すか、貴様! 穏便にとはいかなかったが、ようやく解決への道筋ができあがったというのに!」

 騎士隊長さんが激昂してるぞ。

「知ったことか! 魔獣を狩るのが俺の役目だ。目の前に魔獣が居るのにどうして退けっつーんだよ!」

 退くわけにはいかないよな。困るんだろ、色々と。


 どこかに魔獣暴走が鎮圧されちゃ困る奴がいると思ってた。そっちが収まっちまうと、別の問題に視線が向き始めるからだぜ。

 あのボリスとかいう代官ができるのは魔法陣を描いた石板を段取りするところまでじゃん。誰かが実際に設置に出向かなきゃいけない。荒事向きの手勢だって飼ってたかもしれないが、森林帯に潜るとなりゃ専門家じゃないときつい。そして、そういう場所に出入りする専門家っていったら冒険者だよな。


「つまり実行犯は君たちだろう?」

 俺と同じ考えのノインがファーマンを糾弾してる。

「それがどうしたぁ! 楽しい祭りの準備だろうが! 喜んでやるに決まってるぅ! さあさあ、まだ祭りは終わってないぜぇ! 殺し合え! 魔獣を殲滅しろ! 人間様の怖ろしさを教えこんでやれぇ!」

 させるかよ!


 俺は堅刃ロブストブレードと同じ要領で六本の棒を生み出す。身体強化起動状態の今ならこのくらいの応用なんて咄嗟にだってできる。


 実行犯だと思われる冒険者十数人に向けて棒を飛ばす。応戦しようとするが、剣を弾いて殴り付けりゃ一撃で昏倒だ。なにせ石と同じかそれ以上の重さと硬さの棒じゃん。あっという間にファーマン一人になった。


「くそが。だらしねえ奴らだな。こんな犬ころ一匹に」

 その犬ころと殺し合うか? お望みどおりに。

「分かってんだろうな。俺を殺したりすりゃ、即座にお前も魔獣として処分だ。人間様を傷付けたんだからなぁ!」


 斬り掛かってきたファーマンの剣を、交差させた棒で受ける。そのまま二対目の棒で根元を殴り付けたら剣もへし折れた。

 投げ付けられた柄を弾き飛ばしたら、全ての棒は制御を解除して土へと還す。


 俺はゆっくりと近付き、震えるファーマンの両肩に前脚を掛ける。咢を開いて頭を丸ごと口の中へと入れた。


「ひっ、いいぃー……」


 解ってんだぞ? お前は魔獣が憎いんじゃない。怖いんだ。仲間が食い殺される様を見て心底から恐怖したんだ。

 だから逆にいきがって怖くないと吠える。排除しようと手段を選ばない。そういうことだろ?


「ああっ!」


 俺は咢の中の奴の頬をべろりと舐める。それだけでファーマンは終わりを感じたのか失神して倒れ込んだ。


 けっ! 不味いぜ。ぺっぺっぺーのぺっ。

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