魔獣の敵(6)
本当は魔法陣の石板に匂いなんてほとんど付いてなかった。当然だろ? 風雨にさらされてるんだから。あれは自白させるためにノインと打った芝居だったのさ。
「上手くいったのよ。でもノインがそんなに偉い人だったなんて知らなかったのよ」
「ホルツレインの聖印なんて初めて見ました」
そこら中にごろごろしてるもんじゃないんじゃないか?
「リーエはあまり驚いていなかったみたいですけど」
「ごめんなさい。それとなくは知っていたの。全て知っているわけじゃないけれど」
「ごめんね。あまり公にしたい立場じゃないんだよ」
あれはお前の切り札なんだろ?
「それは理解いたしました。ですがあの者が言っていたように、街壁外に集まりつつある魔獣を何とかいたしませんと、石板の撤去指示もままなりません」
騎士の隊長さんは相当弱ってんな。でも、撤去の目途を付けるのが重要だったんだぜ? そいつは今から相棒が説明してくれるって。
「それは彼、キグノに頼ろうかと思ってます」
「はぁ、この狼にですか? 飼い馴らされているのは珍しいとは思うのですが」
「彼女は『魔犬使い』です。キグノは魔犬。お耳にしたことは?」
騎士さんじゃ無理……。
「知っております! そうか、君が!」
知ってんのかよ!
「はい、そう呼ばれております。キグノは魔獣なんです。でも、だからこそできることがあるんです」
「聞かせてくれたまえ」
「彼は人語を解します。今も喉を鳴らせて相槌を入れているでしょう?」
これだ、これ。
「そうなのか。じゃあ、ここまでの話も」
「理解しています。魔獣というのは、おしなべて人間に近いくらいの知能を持っているのです」
「分かるぞ。私が普段駐屯している王太子府にも多くの
あんたも理解が早くていいぜ。
「キグノは人語も解りますし、動物の言葉も解ります。仲立ちになるのです。だから説得してもらおうと思っています」
「説得……」
「こちらの謝意と魔法陣の撤去を材料に、退いてもらえないか交渉してもらう。その役をキグノに委ねようと思っているんですよ」
そういう段取りになってんだよ、ポトマックさん。
騎士隊長は考え込んでる。方法論として理解はできるだろうが、絶対に成功するとは限らない。その辺の計算をしてるんだろう。そういう立場だ。
当然ノインや相棒、俺もそれで確実に解決とは思ってない。あくまで交渉であって決裂しないなんて言えない。準備だけは整えなくちゃならないじゃん。
「何をうだうだと話してんだよ。祭りを始めようぜ。外の魔獣どもを血祭だ。あーっはっはっはっは!」
こいつか。
「君か」
「おっと、そこにも魔獣が居やがる。まずはそいつから仕留めようぜ、騎士さんよぉ。人間様の敵はあんたらの敵だろうが?」
「けしからん奴だな。今、大事な相談をしているのだ。お前のような者に関わっている暇など無い」
まったく厄介者だな。
「ファーマン、君は我欲に騎士や多くの冒険者を巻き込もうとしている。そんなことは決して許されない。正面衝突などすれば、どれだけの被害者が出ると思っているんだ?」
「被害者ぁ? 魔獣に食われるような人間は間抜けだと思ってるんだろ? だったら見捨てればいいじゃないか。ええ、優男さんよぉ?」
「無礼が過ぎるぞ、貴様」
ポトマックも堪忍し切れなくなったのか、ファーマンを追い払う仕草をする。罪は無いから拘束もできないし。
「はっ、勝手にしろ。いいか、憶えとけ? そいつが人間様に毛ほどの傷でも付けてみろ。すぐさま俺が斬ってやる」
そんなことしねーよ。
「で、その毛皮を俺の馬の鞍に貼り付けてやるぜ。ずっと俺の尻の下だ、はっはっは! 魔石も金にして思う存分飲み食いしてやるからな!」
「…………!」
手を挙げるな、相棒。こいつにそんな価値なんかない。
憤懣やる方無い風のリーエの前に身体を割り込ませて止める。悔しいかもしれないが放っとけ。こんな輩はいずれ痛い目を見る。お前が穢れる必要は皆無じゃん。
「彼は大人ですな。それに優しい」
「はい、隊長さん。自慢の家族です」
◇ ◇ ◇
揉め事が多くて時間帯が悪くなっちまったから、交渉は次の
街壁があるから、衛士に警戒してもらうだけで一晩くらいは持つだろうって計算さ。
さて、いよいよ俺の出番か。
「大丈夫そう、キグノ?」
「頑張ってもらおう。僕たちは事態が悪いほうへ転がった時の対処に当たるんだ」
頼む。
「キグノなら大丈夫なのよ」
お前も安請け合いか!
「ええ、彼が呼び掛ければ尻尾を巻いて逃げるでしょう」
だから買い被るな!
正直なところ、どれだけ上手くいくか分からないぜ。そんなに聞き分けてくれるとは思えない。だがな、交渉の余地くらいは残ってると思うんだ。魔獣だって、誰もが最初から人間が餌だなんて思ってないはず。ただ、思ってる奴も少なからず居るのは否めないじゃん。
やれやれ、うじゃうじゃ居やがるぜ。緊張するなぺろぺろり。
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