魔獣の敵(5)
ボゴス・カルの中央広場は一瞬の静けさがざわめきへと変わる。
「この魔獣暴走の兆候には原因があるのです。それを取り除かない限りは、一時的に退けたとしても魔獣の脅威にさらされるでしょう」
そういうこと。
「うむ、言わんとしているところは理解できる。しかし、その原因究明が進んでない以上、目の前の脅威を排除するほうに尽力願いたいのだが?」
「いえ、原因は究明しました。これです」
相棒が反転リングを大袋に戻し、獣人娘二人で中から
「それは!」
騎士団の偉い奴のほうが驚いてんな。
「この通り、魔獣避け魔法陣です。これが森林帯に設置されていました。いえ、これは一枚に過ぎず今も設置されています」
「それでは魔獣は!?」
「森林帯に居られなくなったから逃げ出し、平原部に姿を現しているのです。そして、この石板を設置した人間を恨み、集団で襲撃しようとしています」
つまりはそういうことだ。居場所を奪われた連中が騒ぎだしてるのさ。そんなの当り前じゃん。
で、平原に出ると我が身が危ない奴らはぎりぎりまで森林帯で踏ん張った。挙句に狂っちまって、集団で人間を襲ってる。たぶん襲ってるのは人間だけじゃない。魔獣同士でも争って全滅させられた事例もあるだろう。その恨みを人間にぶつけようとしてるだけ。
「何ということだ! そちらを何とかしないと事態は好転しませんぞ、メイデス殿」
「しかし、ポトマック隊長、外の魔獣を先に排除しなければ手の打ちようがありません。ご協力願えませんか?」
騎士の親分、ポトマックっていうのか。
「無論、それは騎士団の使命なので協力は惜しみませんぞ」
「危険の排除は必要でしょうが、その後のことも考えなければならないでしょう。代官殿は石板の撤去には賛成ではないので?」
なんか変だぞ、この流れ。
「そんなことはない。対応はこちらでやるから、君たちは魔獣暴走を食い止めるのに注力してほしい」
「撤去に消極的なのは、あなたの指示だからではないですか、代官殿?」
「馬鹿なことを! 何を根拠に!」
そいつを今から調べようぜ。
石板の匂いをくまなく嗅いだ俺は、お立ち台に近付いていく。すると、代官のボリスは距離を取るように後ずさった。
「どうなされたんですか、代官殿。彼に探られて困るようなことでもお有りなんですか?」
さっさと嗅がせろ。
「な、何も無いに決まってるだろう!」
「では責任者としてご協力願いたいのですが?」
「やめろ!」
ノインと俺が追い詰めるように動くと、代官は手を振り回して拒否する。さあ、吐けよ。
「代官殿、何を怖れていらっしゃる? それではまるで関与をお認めになっているようですよ?」
「ま、魔獣が悪いんだぁ! どうしてこっちに向かってくる! 森林帯が駄目なら北の密林に行けばいいじゃないか! 人間の領域に入ってくるんじゃない!」
馬鹿か、こいつは。
「無茶を言ってはいけません。密林は密林、森林帯は森林帯で彼らは棲み分けているんですよ。居られなくなったから入れてくれで済むような話ではないんです」
「そんなの知ったことか、畜生如きの流儀など!」
「それを破った報いがこれです。あなたの勝手が、巡り巡って人々を危険にさらしているのです。だいたい魔獣避け魔法陣の使用は規制が設けられています。これは完全な違法行為ですよ?」
観念しろよ。
「ここを取り仕切っているのは私だ! どこで何をするのかは私が決める! お前のような冒険者にとやかく言われる筋合いなど無い!」
「本官はその限りではありませんぞ? 貴殿の違法行為は今耳にしました」
「ではこうしましょう」
ノインは隠しから円盤状の装飾品みたいなのを取り出した。何だ、それ? 何か浮き彫りみたいなのがしてあるぜ?
「ほ、ホルツレインの聖印! そんな!」
「騎士隊長殿、僕の指示に従っていただけますか?」
「しかと確認させていただきました。聖印をお持ちであるということは、あなた様は王家がお認めになったお方。どうぞご命令を」
ただもんじゃないと思ってたけど、相当の大物みたいだな、ノイン。
「彼の捕縛をお願いします」
代官は騎士団に囲まれると、その場で拘束されて縛り上げられちまった。こうなると憐れなもんだな。
「私は悪くない。森林帯から魔獣を追い出して開墾しないと領民の平和と利益は守られないじゃないか」
勝手な理屈をこねてくれる。
「レヴァイン殿下はそんなことなど望んではいませんよ。可能な範囲での農耕による産品と、危険な魔獣の狩猟による肉と魔石の確保。デメテル地方に期待しているのはその辺りです。あなたは納税額を上げて、自分の点数稼ぎのために無茶をしようとした。その見返りがこの状況なんです」
「あああっ!」
後悔したって手遅れじゃん。
「メイデス爵子を牢へ。現状が回復し次第、王都へ連行いたします」
「協力感謝します」
騎士に連れられてボリスは衛士詰所の牢屋行きだ。だがな、これだけで事態が解決するわけじゃない。奴についてた領務官たちは顔色を変えておたおたしてるだけだ。
「この後の全体の指揮はお任せします、騎士隊長殿」
「しかし、それでは……」
「僕は冒険者なんです。社会貢献のために魔獣と対峙しなくてはいけません」
そっちも手を貸すぜ。尻尾ぶんぶんぶぶんぶーんぶんぶん。
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