大切なもの(3)

 宿を取って部屋に収まると、フェルが血相を変えて騒ぎ始める。黙り込んでいたと思ったら悩んでたのか。


「パーティーなんて無理なのよ!」

「でも、ご招待を受けたのよ」

 きっと美味いものが食えるんだぜ?

「相手方のお気持ちなのだから遠慮するのも失礼ではないですか、フェル」

「ティムはいいのよ。お父さんは獣人騎士だもん。慣れてるのよ」

 育ちが良さそうなのはその所為か。

「でもフェルは両親とも冒険者なのよ。パーティーなんか縁がないし、行っても笑われるだけなのよ」

「それは良くないよ」

「ええ、わたしもいけないと思う。両親が冒険者で自分も冒険者だから上流っぽい方々のパーティーに出てはいけないの?」

 その辺の意識は俺には分らんな。

「でもぉ」

「あなたは胸を張っていけばいいんです。もし、生まれを笑うような相手であれば、それは相手方の狭い考えが悪い。フェルもご両親も何一つ悪くないの。今のあなたを貶めているのは自分よ?」

「うん、リーエが正しい。そんな相手だったらこっちが願い下げさ」


 俯いていたフェルの顔が上がってくる。少しは考えが変わったか?


「綺麗な服とか持ってないのよ」

「背格好は私と変わらないから貸してあげる。うんと可愛いのにしましょ?」

「それで大丈夫?」

 相棒に任せとけって。

「もちろん。それにキグノを連れていくつもりだし、魔獣だって告げるつもり。もし断られるようだったら、胸を張って踵を返すわ。何一つ恥じるとこなんて無いもの」

「リーエ、強い」

「絶対に自分が正しいなんて思ってないけど、信じてあげないと自分が可哀想よ」

 やっと笑顔になったな。

「分かったのよ」


 ティムも、将来商人になったらそういった付き合いもあると説いてる。今回は練習だってフェルの手を取った。友情だな。


   ◇      ◇      ◇


 午後からの婚礼披露パーティーに赴き、相棒は出迎えてくれた新婚夫婦に有言実行で俺の正体を告げる。


「このわんちゃんが魔獣? こんなに大人しいのに? 王都の王宮敷地では属性セネルや猫の魔獣が放し飼いになっていると聞いたことがあるわ。犬の一匹くらい平気でしょう?」


 ちょっとビビってる伴侶に向けて花嫁は豪語しやがった。さてはこの雌、都会かぶれだな。旦那は苦労するぜ。


 そうしていい匂いに満ちた会場へ。堪らんぜ。腹が鳴きやがる。

 緊張気味のフェルをノインがエスコートして入ると黄色い悲鳴が上がる。おー、びっくりした。耳にキーンときたぜ。


「どこでもそうです。ティムは人族の美醜に疎いのですけど、彼が美形なのは分かります。でも、これほど魅了するものなのですか?」

「ええ、ノインはとても美しい顔立ちをしてるの。女のわたしが時々嫉妬するくらい。でも、彼の本当の魅力は人柄なのにね?」

 ほほう?

「それはとてもよく分かります。ティムたちの夢を真剣に聞き、支援してくれる人族なんて想像もしていませんでしたから」

「えー、わたしも人族なのに」

「もちろんリーエにも感謝しています」


 会が始まって新婚夫婦の挨拶から始まり、皆の祝福の言葉が続く。

 どうやら両人ともに、それなりに名のある商人の子らしい。花嫁の実家があるこの町で婚礼を上げた後は、花婿の街でも婚礼と披露パーティーがあるって話。金のあるところは豪勢にやるもんだ。しっかりとお零れをちょうだいするけどな。


 会が進むと友人たちが余興を始め、俺たちも参加を頼まれる。

 場慣れした風なノインが弦楽器を取り出すとまた黄色い悲鳴。そして相棒が中隔地方北部に伝わる豊穣の歌をうたいはじめると伴奏する。この歌は結婚式の定番だ。豊穣は子宝も意味するんだとさ。

 続いてティムとフェルが陽気な伴奏に合わせてダンスを披露し会場を沸かせたら、俺が頭の上で逆立ちするカッチを乗せて回ると温かな笑いに包まれる。


 その後は新婚さんのもとへ友人が集まり、花嫁は豪華な貴石の付いた指輪を自慢げに見せている。特に雌の感心はそこへ集中してる。

 結婚指輪は嫁への証。万が一、妻から離縁を申し出るときは外して差し出すのが合図になる。夫からの時はそのまま贈られ、すぐに現金化するのが通例。つまり指輪は立場の弱い妻への保証らしい。親父さんはそう教えてくれた。

 必然的に資産家であればあるほど高価な指輪を贈らないといけないじゃん。あの指輪の貴石と料理の豪華さで両家の懐具合が知れるよな。

 

「カッチもあのピカピカほしかったの」

 悪かったな。ありゃ、あの雌の物だ。

「ねえ、フェルやティムもあのピカピカほしがるのかな?」

 うーん、雌は欲しがるもんだろうな。

「カッチもふたりにあげたい」

 あれは普通、雄が雌に渡すんだぜ。お前は雌じゃん。

「でも、カッチはキグノみたいにおしごとてつだえないのに、いつもおいしいものくれるからおれいがしたいんだもん」

 そうか。気持ちは分かるぜ。

「むりー? なんでもがんばるの」

 できないことはないかもしれないな。

「ほんと?」

 ああ、俺に考えがある。手伝ってやるぜ。


 お前の心意気は大したもんだと思うぜぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

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