大切なもの(2)

 街道から見える丈高い草むらでゆらゆらと揺れているのは非常に目立つじゃん。だからつい見入っちまうよな。


「フェルがいる」

 いるな、相棒。

「フェルがたくさんいますね?」

「困っちゃうね? どれがうちのフェルだろうね?」

 見分けがつかないよな、尻尾だけじゃ。


 草の上に突き出されて揺れている尻尾は、全部黒と金の縞模様がある。それが四本、揺れながら移動してるんだ。


「あれはフェルじゃないのよ! フェルはここに居るのよ!」

「え、そうなの?」

「あれ、おかしいな」

「変ですよね?」

 目の錯覚か?

「だからフェルじゃなくて、あれはソウゲンシマオギツネなのよ! ただの狐なのよ!」

「なんだ。そうだったのか」

「言われてみればそうかも?」

「言わなくても分かるのよ!」


 全ては冗談。フェルをネタに遊んでるだけ。

 あの尻尾はフェルの原種であるソウゲンシマオギツネ。おそらく家族だろう。そうやって尻尾を立てて相互に自分の位置を報せながら、小動物を追い込んで狩っているんだ。狐にしては派手な柄は、その為にあるんだろうぜ。


 縞の尻尾は徐々に近付いていき、包囲が狭まったところで本体が顔を現す。小さく跳んでは前脚から降りる仕草は、獲物を押さえ付けて仕留めているところだ。それを何度も何度も繰り返す。

 追い込んで集めた後に一遍に仕留める独特な狩猟法。小さな獲物一匹を追い回すよりは少ない労力で済む。この狐種が編み出した方法は実に効率的じゃん。


「さあ、フェルの尻尾が見えなくなったから先に進もうか?」

「呼んでこなきゃ」

「だからフェルじゃないって言ってるのよ!」

 行こうぜ。もう狩りは終わって食事中だ。


 ところが少し進むと街道の半分以上を占めるように馬車が停まってる。さっき、尻尾を眺めている間に抜き去っていった馬車だ。

 尻尾に負けず劣らず派手な馬車だったから印象に残っている。間違いないだろう。


「どうかなさいましたか?」

 相棒のお人好しが発動したぜ。

「参ってるんじゃ。馬車がぬかるみにはまってしもうての」

昨陽きのうは一雨でしたもの」

「お困りでしょう。お手伝いしますよ」

 ノインまでその気になっちまったか。


 馬車に取り付いているのは護衛だろう雄が三人。それと今の爺さんが一人と若い雄がもう一人。爺さんは見ているだけだが、馬を引っ張る御者以外は後ろで押しているがビクともしない。

 ごてごてと飾りが付き過ぎなんだよ。だから車輛が重くなっちまってんだろ? しかもあまり揺れないっていう新型車両は車輪が小さい。こんな風に泥道ではまると脱出が難しい。


「じゃあ、オドムスとラウディを馬車の腕に縄で繋ごう。僕たちはその縄を引けばいい。どうかな?」

 名案だぜ。

「それなら、わたしでも役に立ちそう」

 いや、相棒の細腕じゃ無理。


 結局、リーエの代わりに俺が引っ張って馬車はぬかるみを脱したぜ。ふう、ひと仕事したら腹が減ってきた。


「本当に助かったよ。ここで夜明かしせにゃならんかと思うておった。待ちなさい。お礼をしよう」

「結構ですよ。皆の街道では助け合いが基本です」

 なんだ。食い物もらえるかと思ったのに。

「謙虚な青年じゃの。君には神の恩恵があろう。すまぬが急ぐので行かせてもらおう」

「ええ、お気を付けて」


 馬車に乗り込んだ二人は走り去っていった。残った俺たちはついでに休憩に入る。よし、甘いもんをくれ。


「何だったのかしらね? ずいぶん飾り立てて」

「商人風だったけど、隊商ってわけでもなさそうだったね」

「お急ぎのようでしたので、違う用事だったのでしょう」


 俺がクッキーを三つ飲み込む間に、背中のカッチはまだ一個を齧ってる。頼むからそこで欠片をこぼしてくれるなよ。


「あまくておいしかったね」

 ああ、仕事の後の甘いもんは格別……、ん? なんだ?

「どうしたの?」

 残り香にしちゃ妙だもんな。


 ぬかるみから漂ってくる匂いを探る。前脚で泥を撥ねると何か転がり出てきた。


「なにかでたー!」

 何だろうな? さっきの若いのの匂いが強い。

「わーい、ピカピカだ。もらっていい?」

 いや、ちょっと待て。これ、指輪じゃね?


 カッチが前脚で泥を拭うと確かに輝きが見える。小さな輪の形をしたそれはたぶん指輪だ。欲しがるカッチを説き伏せて、相棒に渡した。


「大変! 立派な指輪よ。貴石まで付いてるわ」

「本当だ。これは高価なものだろうね?」

「もしかして結婚指輪とかでは……」

「うひゃー、おおごとなのよ!」

 水で流したから匂いが薄まったが、あいつのだぜ。

「あの若者が落としたんだね、キグノ?」

 たぶんな。


 慌てて追い掛けた俺たちは、間もなくさっきの馬車の姿を捉えるが、既に大きめの街に入るところだった。街中で速度を上げるわけにもいかず、あとを追う形になる。

 一軒の邸宅の前で停まった馬車から例の若い雄が降りてきて、待ち受けていた若い雌の前に跪くけど、そこであたふたし始めた。ポケットを探っても仕方ないぜ。中身はここだ。


「待ってください! 落し物はここに!」

「おや、さっきの君たちではないか? 落とし物じゃと?」

「大伯父上、どうやら僕の落し物のようです」

 だろ?

「良かった。大切な結婚指輪だったんだ。助けてもらってばかりですまない」

「ふむ、これは是非に礼をせねばなるまいの。そうじゃ、明陽あす、婚礼披露パーティーをするので君たちも招待しよう」


 美味い食い物の匂いがするぜ。期待で尻尾ぶんぶんぶぶんぶーんぶんぶん。

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