大切なもの(1)
ティムが尻餅をついたから間に入るように前に出る。
その代わりに
流れ出す血はすぐに止まる。それと同時に活力も湧いてきた。相棒の
リーエはラウディの背から油断なく全体を見渡している。傷付いた仲間が出ればすぐに治癒できるように。
近くの村を荒らして討伐依頼の出ている赤爪鼬はあと二匹。一匹はノインに仕掛けていって爪を斬り飛ばされている。あれはもう終わるな。
もう一匹はフェルが相手しているが、機敏に駆け回って決定的な攻撃を避けている。いくら狐娘の動きが良くても、
「もらった!」
馬鹿め。
草に足を取られたフェルに、赤爪鼬が大きく跳ねて襲い掛かる。俺は堅刃の一本を、宙に浮いてる奴の身体に向けて撃ち出した。
「ぎゃう!」
跳ねた時点でお前は終わりだ。
「まだだぁー!」
諦めろ。
発現した
「案外手強かったね?」
お前がのんびりしてるからじゃん。
「僕だって三匹は倒したんだよ?」
どうも本気出してる感じがしないんだよ。
「ノインを責めないでください。赤爪鼬がこんなに強いなんて思わなかったんですから」
「しかも八匹も居るとはね」
「誰も大きな怪我無く討伐できたのは上出来でしょう?」
俺、痛かったんだけど。出た血ぺろぺろ。
「庇ってくれてありがとう」
ティムは俺の肩の血を舐め始める。こういうところは人族と違って躊躇いがない。仲間の傷を舐める習慣があるんだろうな。
気分は良いんだけど、それくらいで十分だぜ。駆け付けた相棒が膨れっ面で見てるじゃん。
「もう、心配したのに!」
気にすんな。ちょっとした交流だ。
「あ、嫉妬しないでください。そういう感情での行為じゃないんです」
「それはこの
「信頼と敬意の表れなんですが」
お礼だ。尻尾の付け根はむはむ。
「あはぁん」
「こらー!」
さあ、逃げろ!
◇ ◇ ◇
北にいくほどナーフスの品揃えがよくなる。宿場町の野菜屋はもちろん、大きめの街だと露店売りなんてものまで出てくるから明らかだ。
このナーフスって果物は見た目単なる棒に見える。両端が先細りになった黄色い棒だ。それの皮を剥くと薄黄色の果実が現れる。
齧ると、ねっとりとした食感に鼻に抜ける独特の香気、甘味で満たされた後に程よい酸味が舌を刺激する。ガツンと来る癖が無く、全体に柔らかな味なのがいい。
しかもこの果実には種が無い。実に気楽に齧れる。本当によくできた食いもんじゃん。
皆でこのナーフスを齧りながら話しているが、味の話とは全然違う。
「どうして尻尾を甘噛みされちゃうの? キグノの悪戯にも慣れてきたでしょ?」
「いえ、来るんじゃないかとは分かるようになったんですけど……」
「避けようと思えば避けれるのよ。フェルはあまりやられてないもん」
ほう、そうか?
「フェルも何度かやられてるでしょ!」
「あぅ……! でもティムみたいに油断してないのよ!」
「ティムは油断し過ぎです!」
まあ、そうだな。
「でも……、その、強い殿方に求められていると思えて、すごい幸福感が」
「なっ!? 幸福感?」
「ティムは狼獣人だからね」
俺に惚れるなよ。
「何考えてるの? それはキグノは強いけど、人じゃないのにそんな感情が湧いてくるものなの?」
「これはもう本能じゃないかと思うんです」
「本能に身を任せたら駄目でしょ!」
そんなに怒るなよ、相棒。
薄っすらと頬を染めるティムに呆れ顔の相棒。その後も理性がどうの、貞節がどうのと言い募られているが、今一つ狼娘には響いてないみたいだ。ノインに宥められて頬を膨らませている、
「キグノ、むけたのー」
おう、ありがとな。
「かわむくの、へたなんだもん」
お前みたいに前脚も後ろ脚も使うのは俺には無理ってもんじゃん、カッチ。
「おせわしてあげる」
そいつは助かるぜ。
カッチが剥いてくれたナーフスに齧りつく。甘味が身体に染みるぜ。
ラウディたち
いつもはリーエに剥いてもらうが、カッチと一緒に行動するようになってからは世話になってる。
「とっても仲良しになったのよ。でも、他の狼さんには近付いたら駄目なのよ。食べられちゃうのよ、カッチ」
「
そんなに馬鹿じゃないよな。
俺の齧り掛けのナーフスに食いついて頬をいっぱいに膨らませている姿には、若干の不安感はよぎるけどな。
「キグノはとくべつ」
そう言いながら鼻面を舐めてくるこいつは確かに愛らしい。二人が大事にしているのも分かるってもんだ。
よし、お返しだぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます