大切なもの(1)

 ティムが尻餅をついたから間に入るように前に出る。赤爪鼬レッドクローの一撃は俺の肩に突き立った。

 その代わりに堅刃ロブストブレードが相手の胸の真ん中を貫いている。引き抜くとそのまま前のめりに倒れた。


 流れ出す血はすぐに止まる。それと同時に活力も湧いてきた。相棒の治癒キュアが飛んできたんだ。

 リーエはラウディの背から油断なく全体を見渡している。傷付いた仲間が出ればすぐに治癒できるように。


 近くの村を荒らして討伐依頼の出ている赤爪鼬はあと二匹。一匹はノインに仕掛けていって爪を斬り飛ばされている。あれはもう終わるな。

 もう一匹はフェルが相手しているが、機敏に駆け回って決定的な攻撃を避けている。いくら狐娘の動きが良くても、250メック3mもの身体をあれだけ速く動かせるとなかなか捉えきれない。


「もらった!」

 馬鹿め。


 草に足を取られたフェルに、赤爪鼬が大きく跳ねて襲い掛かる。俺は堅刃の一本を、宙に浮いてる奴の身体に向けて撃ち出した。


「ぎゃう!」

 跳ねた時点でお前は終わりだ。

「まだだぁー!」

 諦めろ。


 発現した岩弾ロックバレットをかがんで躱したフェルは、赤爪鼬の首筋を斬り裂きながら走り抜けた。血を噴きながら倒れた奴はすぐに痙攣を始める。


「案外手強かったね?」

 お前がのんびりしてるからじゃん。

「僕だって三匹は倒したんだよ?」

 どうも本気出してる感じがしないんだよ。

「ノインを責めないでください。赤爪鼬がこんなに強いなんて思わなかったんですから」

「しかも八匹も居るとはね」

「誰も大きな怪我無く討伐できたのは上出来でしょう?」

 俺、痛かったんだけど。出た血ぺろぺろ。

「庇ってくれてありがとう」


 ティムは俺の肩の血を舐め始める。こういうところは人族と違って躊躇いがない。仲間の傷を舐める習慣があるんだろうな。

 気分は良いんだけど、それくらいで十分だぜ。駆け付けた相棒が膨れっ面で見てるじゃん。


「もう、心配したのに!」

 気にすんな。ちょっとした交流だ。

「あ、嫉妬しないでください。そういう感情での行為じゃないんです」

「それはこの一往一ヶ月強で理解したんだけど、なんか面白くないの」

「信頼と敬意の表れなんですが」

 お礼だ。尻尾の付け根はむはむ。

「あはぁん」

「こらー!」


 さあ、逃げろ!


   ◇      ◇      ◇


 北にいくほどナーフスの品揃えがよくなる。宿場町の野菜屋はもちろん、大きめの街だと露店売りなんてものまで出てくるから明らかだ。


 このナーフスって果物は見た目単なる棒に見える。両端が先細りになった黄色い棒だ。それの皮を剥くと薄黄色の果実が現れる。

 齧ると、ねっとりとした食感に鼻に抜ける独特の香気、甘味で満たされた後に程よい酸味が舌を刺激する。ガツンと来る癖が無く、全体に柔らかな味なのがいい。

 しかもこの果実には種が無い。実に気楽に齧れる。本当によくできた食いもんじゃん。


 皆でこのナーフスを齧りながら話しているが、味の話とは全然違う。


「どうして尻尾を甘噛みされちゃうの? キグノの悪戯にも慣れてきたでしょ?」

「いえ、来るんじゃないかとは分かるようになったんですけど……」

「避けようと思えば避けれるのよ。フェルはあまりやられてないもん」

 ほう、そうか?

「フェルも何度かやられてるでしょ!」

「あぅ……! でもティムみたいに油断してないのよ!」

「ティムは油断し過ぎです!」

 まあ、そうだな。

「でも……、その、強い殿方に求められていると思えて、すごい幸福感が」

「なっ!? 幸福感?」

「ティムは狼獣人だからね」

 俺に惚れるなよ。

「何考えてるの? それはキグノは強いけど、人じゃないのにそんな感情が湧いてくるものなの?」

「これはもう本能じゃないかと思うんです」

「本能に身を任せたら駄目でしょ!」

 そんなに怒るなよ、相棒。


 薄っすらと頬を染めるティムに呆れ顔の相棒。その後も理性がどうの、貞節がどうのと言い募られているが、今一つ狼娘には響いてないみたいだ。ノインに宥められて頬を膨らませている、


「キグノ、むけたのー」

 おう、ありがとな。

「かわむくの、へたなんだもん」

 お前みたいに前脚も後ろ脚も使うのは俺には無理ってもんじゃん、カッチ。

「おせわしてあげる」

 そいつは助かるぜ。


 カッチが剥いてくれたナーフスに齧りつく。甘味が身体に染みるぜ。

 ラウディたちセネル鳥せねるちょうは嘴の先を器用に使って上手に皮を剥くし、果物を主に食べるカッチは人間並みの器用さだ。だけど、俺みたいに長距離を駆け抜けたり、獲物を引っ掻く爪を持っている脚じゃ、そんな器用な芸当は不可能。

 いつもはリーエに剥いてもらうが、カッチと一緒に行動するようになってからは世話になってる。


「とっても仲良しになったのよ。でも、他の狼さんには近付いたら駄目なのよ。食べられちゃうのよ、カッチ」

ひゃんうんぎゅろろろるわかってるの

 そんなに馬鹿じゃないよな。


 俺の齧り掛けのナーフスに食いついて頬をいっぱいに膨らませている姿には、若干の不安感はよぎるけどな。


「キグノはとくべつ」


 そう言いながら鼻面を舐めてくるこいつは確かに愛らしい。二人が大事にしているのも分かるってもんだ。


 よし、お返しだぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

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