獣人の夢(7)

「お前ぇ、最近金回りいいよな?」

「頑張って依頼こなしてんだよ」

「嘘をつけ。いつも飲んだくれてるくせに」

 今もな。


 酒も出す料理屋で耳に挟んだ会話だ。こっちの四人は別の会話をしてる。


「こいつは絶対に秘密だぜ?」

「儲け話か?」

「ああ、ちょっと先の森林帯に発電山猫ジェネリンクスが湧いてる場所があるんだ」

 なるほどな。


 獣人娘二人の耳がそちらを向いている。こんな場所でも、俺と同じくらいに聞こえてるんだろう。


「聞こえた?」

「聞こえたのよ」

 やっぱりか。

「上手に狩れば相当な儲けになります」

「ほんとなら大儲けできるのよ」

「どうしたのかな?」


 ティムが声を落として発電山猫の巣の話をする。魔獣目録を調べた相棒は、その種が群れを作ることはないが餌が豊富であれば一定範囲に多頭で生息する習性があると伝える。


「行ってみるかい?」

「もちろん!」

「…………」


 ここは黙っておくか。もし金儲けにしか興味が持てないんなら、今のうちに遠ざけないとな。仲良くなってからリーエが傷付かないように。


   ◇      ◇      ◇


 話に上った森林帯に到着した。匂いを嗅ぎつつ森へ分け入っていくと、猫の匂いが引っ掛かる。どうやら情報は本物だったみたいじゃん。


「いるの、キグノ?」

 ああ、いるな。発電山猫ジェネリンクスかまでは分からないぜ。

「尻尾見て。何かいるんだって」

「当たりみたいだね。目的は毛皮なんだろうけどどうするのかな? 刃物を使うと価値を下げてしまう可能性が高いけど」

「罠で捕獲するのが理想ですね。でも、おそらく罠には掛かってくれないくらいに賢いんじゃないかと思います」

 それもあり得るな。

「あの男もたぶん刃物を使ってるのよ。それでも十分美味しい儲けになっているはずなのよ」

「じゃあ、できるだけ腹側を狙うしかないかな」


 囁きかわすように作戦を練りながら森林帯の奥へと進んでいく。すると茂みの向こうに目的の山猫の姿が見えた。

 確かに毛皮は美しい。歩いて身体がうねると、その部分が焔光ようこうを反射して、緑や青、橙といった色に煌めく。そりゃ、こいつは高く売れるんだろう。


「ずかずかとひとの縄張りに入ってきてくれるね?」

 分かっちゃいるんだが成り行きでな。

「問答無用ってわけじゃないんだ」

 それならもう仕留めてる。


 茂みを分けて更に何頭も姿を現す。こっちの気配を察した上で、集団で襲ってくる気だったみたいだな。


「そっちの人間の都合か?」

 そういうこった。

「困るね。ここしばらくは仲間が毒餌にやられて数が減ってる。掛かってくるなら全力で抵抗させてもらうけど?」

 毒餌か。ひどいことをしやがる。

「その人間じゃないって意味だね。それでも目的は同じだろう? 迎え撃つしかないんだけど、君は仕掛けてこないのかな?」

 俺にも都合がある。様子見だ。


 四人は多数現れた発電山猫を相手に剣を抜く。互いに警戒すべき状況なんだけど、山猫連中は鼻を合わせるようにして何か囁き交わしてる。作戦でも練っているんじゃないか?


「ねえ、ティム。本当にやるのよ?」

「ええ、あれなら高く売れるでしょう?」

「それはそうなのよ」

 手が震えてるぞ。

「……駄目なのよ。お金は欲しいけど、人に危害を加えない、狩って糧にするわけでもない相手を殺しちゃいけないと思うのよ」

「冒険者にとっては普通のことじゃない。そんなこと言わないで。ティムの決心が揺らいじゃう……」

「やめるのよ。こんなことして稼いだお金で夢を叶えたくないのよ」

 そうしてくれると良いんだがな。

「そうね。きっと後悔しちゃう。ごめんなさい。ここまで来ておいて」

「いや、君たちがそう思うんなら構わないさ」


 剣を持つ手を力無く下げた二人に、ノインは笑顔を向ける。


 やめるんだとよ。ここは場所が割れてる。移動したほうがいいぜ?

「ああ、仔を成すのには固まっていたほうが有利なんだが、それが良くないらしい。当分は散って暮らすさ。またどこかに集まればいい。その人間たちには感謝を」

 分かった。そのうち伝えとく。


 山猫たちはそれぞれ別の場所へと離れていった。


「ありがとう、フェル。ティムも」

「え、どうして?」

「もし二人が山猫さんたちを無理にでも狩ろうとしていたら、止めようと思ってたの。わたしには耐えられないから」

 相棒には無理ってもんだ。

「でも考え直してくれた。それが嬉しくって」


 リーエは二人まとめて抱き締める。それくらい嬉しかったんだろうな、二人の決断が。


「ねえ、お願い。二人の夢を叶えるお手伝いをさせて。そうしたいの」

「一緒に来てくれるの? 大歓迎なのよ!」

「回復役がいると楽になります。それに心強い味方も増えますし」

 そんなに見なくても、俺も力を貸すって。

「よし! じゃあ、町に帰って乾杯しよう。僕たちの未来に」


 手を取り合う三人へとノインが声を掛ける。

 こりゃ賑やかになるな。仲良くしようぜ。俺は大きく振られてるティムの尻尾の根っこを甘噛みする。


「はふん」

 ほら、気持ちいいだろ?


 腰砕けになったティムは、俺にしなだれかかって頬ずりを始める。雌の匂いをぷんぷんさせてな。


「ど、どうしたの、ティム?」

「んー、あそこは弱点というか、求愛の印になる場所だからね」

「え?」

 雌と仲良くするにはそこが一番じゃん。

「こら! なんてことするのよー!」


 滅茶苦茶追い掛け回された。機嫌直せよ、相棒ぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

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