獣人の夢(6)

「君に伝えておかなきゃいけないことがある」

 ほら、先手を打たれちまったろ?

「実はあのあと、スリッツに行って色々と調べたんだ」

「え、わたしのことをですか?」

「それも含めて諸々ね」


 ずいぶん入れ込んでくれたもんだな。何考えてるんだか聞かせてもらおうじゃんか。


「シェラード氏には数後に家名申請の話があったらしい」

「父さんは家名を持てるはずだったんですか?」

 そりゃ名誉なことだ。

「その代り、商業ギルドは氏に弟子取りを要請するつもりだったって言っていた。隊商を組んで、後継を育ててもらう意図があったんだろうね」

「働きが認められていたのですね」

「当然さ。それはシェラード氏にも伝わっていて、将来の計画を語っていたのさ」


 隊商となればそれなりの人数で移動するようになる。そうなれば一人くらい加わってもそう大差ないと言える。その時に親父さんは相棒を呼び寄せてまた旅の一団に加えようとしてたらしい。

 その頃にはリーエも一人前といえる年齢だ。商人を志すなら鍛えるし、治癒魔法士を続けるなら今みたいに冒険者登録して流しでやればいい。他に夢があるなら応援するつもりだって言ってたそうだ。


「父さんが……」

 泣かすなよ、ノイン。

「別に悲しませようと思ったんじゃない。君はお父上が望んだ道の一つを着実に歩んでいるんだ。胸を張って生きて欲しいと僕は思う。シェラード氏もきっと魂の海で君の成長を喜んでいるんじゃないかな?」

「はい……」


 隣に腰掛けたノインが抱き寄せ、相棒はその肩を濡らす。俺も膝に前脚を置いて見上げていたら、その口元には笑みが戻ってきた。


「ありがとう、ノイン。父さんの思いを持ってきてくれて」

 俺からも礼を言うぜ。

「自分で気になったことを調べてきただけさ。感謝は受け取っておくから、その左腕の見慣れないリングのことを教えてくれないかな?」

 気付きやがったな?

「あ、これ、その……、魔境山脈でクージェ様にいただいたもの」

「クージェ様?」

「信じてもらえないかもしれないけど、ドラゴンに出会って」

 信じなくてもいいぜ。

「リーエ、ドラゴンに会ったのよ?」

「本当ですか、それは?」


 話の内容から遠慮していた獣人娘たちも身を乗り出してくる。


「うん、とても立派でとても美しい方だったの」

「よく生きてるのよ」

「美しい? 人化ですか?」

 ティムのほうは知ってるみたいだな。

「おとぎ話は事実だったんですね?」

「この強力な記述。間違いなさそうだね」


 リングを預かったノインが眺めまわしてたけど、疑っていた感じじゃないじゃん。


「魔境山脈。銀の王か」

「知っているの? クージェ様のこと」

「いや、お会いしたことはないけど噂は耳にしてるね。ドラゴンが目を付けたか。これはいよいよだな」

 おいおい、今のはどういう意味だ?

「それと君の魔法のことも気になっているんだけど、キグノ?」


 俺が前脚でトントンと追及しようとすると、話をすり替えてきやがった。


「特性魔法どころでないあれは一体何をどうしているのかな?」

 く、卑怯だぞ。

「そうです! キグノが複属性持ちなのは聞きましたけど、魔獣があんな高度な魔法制御をしているのは見たことがありません」

「どんな秘密なのかなぁ? お姉さんたちに教えるのよ! 教えなきゃこちょこちょするんだからなのよ!」

 無茶言うな! 話したところで通じるわけないじゃん!


   ◇      ◇      ◇


 皆が寝静まってから相棒はベッドを抜け出す。俺もノインのベッドの横で鼻を一つ鳴らすと続いて出ていった。厩舎のラウディのところで待っていると、黒髪の雄が姿を現す。


「ねえ、あなたは誰なの、ノイン?」

「どこかで誰かに聞いたのかな?」

 こいつ、誤魔化す気満々だな。

黒縞牛ストライプカウ牧場でルテヴィ殿下にお聞きしました」

「ルテヴィかぁ。それは決定的だね」

「わたし、あなたのことを信じたいの。教えてはもらえないの?」

 悪意は感じないけど、意図は気になるんだよ。


 座り込んだラウディにもたれ掛かるよう促すと、自分もその横に腰掛けるノイン。俺も横たわって、騙されないよう瞳を覗き込む。


「この御仁の話でやんすね?」

 ああ、そうだ。お前も牧場で色々と聞いたろ?

「オドムスさんに訊いてみたんでやすけど、ご主人が語らないうちは何も言えないんだそうでやんす」

「すまないが理解してほしい」

「人間の都合なんて複雑なものよ」

 それは分かるんだがよ、フィッピ。俺は何があろうと相棒を守らなくちゃならないんだよ。こいつの思惑によっちゃ、遠ざけることも考えなきゃならない。

「絶対に悪意はない。それは私が保証しよう」

 分かったぜ、オドムス。


 俺たちの話し声だけで、二人は沈黙を保ってる。


「こんなことを言っても難しいかもしれない。ただ、正直に言って君には好意的な感情しかない。それだけは信じてほしい」

「本当はこんな風に肩を触れ合わせるのもおこがましいような人なんでしょうね?」

「……怖いのかい?」

 相棒の心一つだぜ。

「たぶん、わたしが感じてる意味の怖さは解ってもらえないと思う。でも、あなたとキグノが傍にいると安心してしまうの。矛盾してるね。ごめんなさい」

「いや、君に頼られるのは嬉しいことだね」

 仕方ないな。今陽きょうはここまでにしといてやる。


 部屋に戻ろうぜ。夜気は身体に良くないぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

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