獣人の夢(5)

「くすぐったいの、キグノ」

 一気に綺麗になるだろ。

「カッチもけづくろいするー」

 お前の小さい舌じゃ、俺の全身を毛繕いするのに一掛かりじゃん。


 また俺の背中に登ったカッチが頭の上あたりをぺろぺろしているのに任せながら、四人の話に耳を傾ける。


「ノインはそうと知っていて、ティムを手助けするって言ったのですか?」

 行動がちぐはぐだもんな。

「僕は君たちが事業申請すれば商業ギルドは許可を出すと思っているんだ」

「でも規制されてるって」

「うん、人族が魔法具を郷に持ち込むのは自粛されているね」

 その、人族がってのが肝心だな。

「ティムたちの行商はその範囲ではないと見做されるのね?」

「もう一段階上だね。彼らはきっと先駆けだとされると思うんだ、リーエ。獣人が自発的に魔法文明的な暮らしを望んでいるとの判断を王国は下す」

「二人はその先駆者として今後の基準になると?」


 つまり二人が獣人ごうに持ち込もうとした魔法具が、獣人の暮らしに必要だとされる基準になるのだとノインは言ってるわけだ。その魔法具が普及するにつれて、規制は緩和されていくんじゃないかって話。


「フェルはそんな重大なことをしようとは思ってないのよ。そんなに期待されても困るのよ」

「気にする必要は無いよ。君たちは思うがままに獣人郷を深く知り、彼らの生活の助けとなるような魔法具の知識を与えればいいだけ。郷を変えていく切っ掛けとなるティムとフェルを僕は応援したいと思ったんだよ」

「そこまで考えてくれていたんですか、ノイン」

 感動してるな、ティム。


 あいかわらずすっとぼけた振りして気の回る奴なんだ、こいつは。だから俺も相棒に近付くのを止められない。


「頑張ってね、お二人さん」

「ありがとう、リーエ。治癒魔法士のあなたが商業的な知識に秀でているとは思いませんでした」

 言葉の端々から察せられるだろ?

「そりゃあね、彼女の父上は交易商人だったから」

「そうだったのですか?」

「うん。だからいっぱいお金が必要なのは分かるんだ」


 ティムは今後必要になるものを相談し始める。

 今のところは少しずつ反転リングを買い揃えていってるらしい。獣人である二人は『倉庫持ち』能力は望めない。反転リングで代用するしかないじゃん。

 あと最低限必要なのは初期の運転資金だな。或る程度魔法具を仕入れなくては行商にならない。


「確か北辺府に申請すれば、新事業融資制度もあったはずだって伝えたんだけどね」

「まず自分たちで稼ぐって決めたんです。それができなきゃ商人になんてなれないって思って」

「そうなんだ。わたし、父さんが遺してくれた反転リングをいっぱい持っているから譲ってもいいって思ったんだけど」

 この二人なら有効利用できそうだしな。

「お気持ちだけで結構です。今は夢に向けて自力で頑張りたいので」

「うん! じゃあ、お金ができたら安くしてあげる。それじゃ駄目?」

「喜んで」


 フェルから感謝の抱擁を受け取って笑顔の相棒だけど、ノインへと向ける目は疑問に満ちている。そりゃそうだよな。

 二人は気付かなかったようだが、王国の規制の話は一般人が知ってるような情報だとは思えないじゃん。お姫様の口にも名前が上ったし、この緑眼の雄はどうにも秘密がいっぱいだ。

 さて、機会を見つけて問い詰めないとな。こいつの意図を。


   ◇      ◇      ◇


 ステッケンに着いた俺たちは衛兵詰所で賞金首荷物を引き渡す。代わりに捕縛証明を受け取ったら、あとは冒険者ギルドでの事務処理だ。

 とりあえず一緒に行動すると決めてたので相棒もパーティー登録する。これで捕縛分のポイントが入るからな。賞金の分け前は断ろうとしたけど、二人は納得してくれない。一方的に助けてもらっておいて、賞金まで受け取ったら立つ瀬がないと。気にしなくてもいいのにな。


 その代わりと言っちゃなんだが、リーエとノインの奢りで祝勝会をすることにして、食って騒いで楽しんだ。


「へえ、ここは冒険者ギルド提携旅宿のはずなんだけど、まさかあの『魔犬使い』を泊めたくないなんて言うんだ?」

 俺の宿泊を渋るからってそんなに言わなくてもいいんだぜ?

「『魔犬使い』! とんでもございません! どうぞうちをご利用くださいませ。おい、いいお部屋を用意して差し上げろ!」

「……恥ずかしいからやめて」

「何を言っているんだい? 名前っていうのはこうやって使うものさ」

 確かに上手いな。今度からこの手でいこうぜ、相棒。


 体よくいい感じの四人部屋をせしめた俺たちはようやく柔らかい寝床にありつけることになる。


「おなかいっぱいー。くだもの、おいしかったの」

 たらふく詰め込んでたもんな。

「おにくもまあまあだったの。ほんとはむしがたべたかったけど」

 おうふ。そういえばお前たちは虫も食うんだったな。ラウディと一緒で。

「むし、きらい? ぱりぱりしておいしいのに」

 そいつは遠慮させてくれ。俺は肉のほうが好きだ。


 装備を外して身軽になった四人もそれぞれにくつろいだ空気を出して、ぽつりぽつりと世間話をしてる。


 そろそろ切り出せよ、相棒つんつんつつんつーんつんつん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る