獣人の夢(1)

 北へ向いた街道にも夜営陣がある。ホルツレインって国は北部を要所だって見做している証拠だな。あのナーフスって果物は北でしか採れないもんらしいから、それを運ぶ主幹街道だって位置付けらしい。

 当然、目的地のゼプル女王国との関係性も重視してるんだろうけどな。どちらにせよ国が相当潤ってなきゃできないこと。相棒も、そこの王族とも友達になったんだから大したもんじゃん。


「どんどん暑くなってくるでやんすねー」

 羽毛にくるまれているお前にはつらいか?

「何とかなるでやんす。羽ばたけば熱は逃がせるでやすから」

 器用だな。俺はあまり暑くなると舌を出すしかないんだぜ。


 まだ、はぁはぁしなくちゃならないほど暑くはない。このまま北に向かえばその限りじゃないがな。


 しかし、魔獣だらけだぜ。

「確かにすごい頻度で襲撃されるでやすね? 旦那の匂いを嗅いでも近付いてくるんだから始末に負えないでやんす」

 度胸だけでもないぜ。それなりに手強い。

「土魔法を隠していられないほどでやんすね?」

 ああ、加減してられない。


 闇魔法と土魔法を併用していかないと対処できない。もっとも、それを見せてやりゃ大概は尻込みするし。


「ねぇねぇ、もしかして愚痴ってる? そろそろ休みたい?」

 そんなことはないぜ。ほれ、尻尾がぴんと上を向いてるだろ?

きゅるるまだまだきゅいっきー走るでやんすよー

 いや、走るな。

「うん、お尻見えてるんだから大丈夫なんだよね?」

 ひとの尻を鑑賞すんな。……待て。いや、走れ!


 俺の鼻と耳が異変を伝えてくる。金属の匂い。打ち合わせる音。嗅ぎ慣れない匂い。それと記憶にある微かな匂い。


 ラウディが鳴き声をあげて警告するとリーエは鞍に伏せる。こんなのにも慣れてきちまってるんだが、今回はいささか事情が違いそうだ。

 丈高い草むらを迂回すると剣戟の音が大きくなった。これなら相棒にも聞こえてるだろう。


「誰か戦ってる? 助けなきゃ」

 状況次第だけどな。どっちに加勢するかは決まってるが。


 草むらを更に回り込むと視界が開けてくる。ようやく印象的な黒髪が拝めたぜ。


「ノイン!」

 やっぱりな。

「急いで、ラウディ!」

 あいつには加勢は要らないだろ。それよりも……。


 手前の雌が二人、見えてきた。相手しているのは雄が二人と雌一人か。ノインの騎鳥オドムスが牽制してるが明らかに劣勢じゃん。


 ラウディはあっちの雄の援護に回れ。こっちは俺が片付ける。

「合点でやす!」


 人間相手じゃ無理は禁物。俺は躊躇わずに堅刃ロブストブレードを発現させる。両前脚の横に立ち上がった刃を翼のように横に寝かせず、前に向けて振り下ろす。突進体勢だ。


「魔獣! これ以上は無理なのよっ!」

「ノインが戻ってくるまで黙って戦いなさい!」

 お前ら二人があいつの仲間だな。匂いで分かるぜ。

「でも厳しい」

 そいつが本音だな。まあ、見てろ。


 走り寄った俺は、敵の雌を狙う。標的が自分だと覚った雌は怯んで腰砕けな斬撃を落としてきた。

 左刃で受け止めたら、右刃を下に回して腹で足を払う。剣を放り出しながら派手に転んだ雌の頭を左刃で強打。一撃で白目をむいた。

 計算通りだ。これで数的劣勢はまず引っ繰り返せたろ?


「わー! 強いのよっ! あの狼が襲ってきたら食われちゃうのよ!」

「今のうちに二人でゴドフリーを倒して彼と合流するの!」

 そうだ。油断すんなよ。

「させねえよ」

 大剣の雄。お前は二人と遊んでろ。


 もう一人の雄は藍色の瞳が捉えているのに気付くと油断なく間合いを取る。何者かは知らないが魔獣の相手も慣れてるみたいだな。

 鋼の剣と堅刃を打ち合わせると鈍く軋む音がする。お互いに刃こぼれがひどい。とはいえ俺も金属剣を鞘に納めて身に帯びるのは無理だからな。こいつで戦い抜くしかないじゃん。


 両刃を高い位置から同時に落とすと剣を掲げて受け止める。その隙に突進した俺の頭突きが腹を捉えてる。溜めた息を盛大に吐いた雄は息を吸うために動きが鈍り、俺の連撃が受け切れなくなって横腹に一撃を受ける。あばらが砕けてのたうち回る横面を後ろ脚で蹴って昏倒させた。


「ひゃあ! もう駄目なのよ!」

 そんなに俺の動きが気になって仕方ないか?

「偶然? じゃないと思いたいけど!」

「ほらほら、後ろから魔獣が迫ってんぜ。往生しろ!」

 そうでもないぜ?


 雌二人の間をすり抜けると、横に沿わせるように後ろ向きにしていた堅刃を正面に振り出してやった。


「俺とやるだと!? 嘗めるなぁ!」

 嘗めてんのはどっちだよ!


 大振りの大剣に右刃を合わせると一合で砕ける。薄茶色の破片が派手に飛び散って視界を塞ぐ。


「終わりだぁ!」

 お前がな。


 雄は動けない。左刃の切っ先が喉元に突き付けられてるんだからな。

 その間に俺は右刃を再び立ち上げる。抵抗できない奴の側頭部を強かに殴ってやると、一回転して地面に顔面を埋めている。もうピクリとも動かないぜ。


「はわぁつ! 強過ぎるのよ!」

「下がって」

 つれないな。援護してやったってのに。


 強気なことを言う雌も腰が引けてる。もう一人に至っては、黒と金の縞々の尻尾・・・・・を何倍にも膨らませちまってる。ゆっくりと振り向いた俺は縞尻尾の雌の肩に両前脚を乗せる。


 舐め倒してやるぜぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

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