牧場の生活(14)

 視察団へ軽食が供される中、ポレットを挟んで相棒はルテヴィと並んで若草の上に座り込む。お姫様はそんなことをしないかと思えば割と平気みたいじゃん。背後に付こうとした近衛騎士も下がらせてる。


「え、嘘、こんなのって……」

 格別だろぺろぺろ。

「これ、本当に最高なんだー。びっくりするでしょ、殿下」

 緩んだ空気に言葉遣いもくだけてるぜ。

「ちょっと信じがたいわ。モノリコートとナーフスの組み合わせも研究され尽くされたと思っていたのに」


 三人並んでリーエ発案の大麦クリームを食ってる。お姫様の目は真ん丸に見開かれちまってるんだぜ。

 両手持ちの相棒が、膝上の俺の鼻先にも差し出してくれてるから舐めてるぜぺろぺろ。あいかわらず震えがくるほど美味い。なぜかルテヴィが俺の尻尾を抱えて触りまくっているのも気にならない。


「作り方はチーズ棟の子に教えてあるので、食べたくなったらポレットに伝えてくださいね」

「……毎巡まいしゅう視察にきてもいい?」

 暇なのかよ!

「よしてよー。これでも受け入れ準備大変なんだよー」

「ちょっとだけ本気なんだけど」


 二人も冗談として笑い飛ばしているが、お姫様は不穏な発言を漏らしている。やめてやれ。


「気を持たせておいて悪いのだけれど、実は教えられることは少ないの」

 例の件か。

「ノインのことですね?」

「ええ、自身が明かしてない以上、わたくしがあの方が誰なのかは話すべきじゃないと思うわ。特にその記述刻印に関しては国際的な機密に属しているから、教える権限さえ持っていないのよ」

「え、そこまでの物なのですか?」


 相棒が驚くのも当然だ。俺だって驚いてる。

 だってこのメダルの刻印は、魔獣避け魔法陣に付いてる除外従魔法陣と同じもんだと思ってたのさ。あれはセネル鳥せねるちょうとかの除外が記されてあるんだろう? だったらこれは犬用に書き換えられてるだけじゃないのかよ?


「ええ。持っているのだから最低限のことは伝えて良いのだと思うのだけれど、それは魔獸避け魔法陣と対になるもので、どんな魔獸でも身に付けているだけで効果から逃れられるもの」

 そうだったのか。

「特殊のものなのでしょうか?」

「魔獸避け魔法陣も使用にはいくつもの条件が付されているのよ。魔獸の生活を脅かしすぎて暴走を起こさせないために。それ以上に完全除外記述は制限されていて、存在そのものも公にはされていないわ」


 その気になれば、安全地帯と思われている場所での魔獸を用いた殺傷事案を起こすのも可能にする刻印だとルテヴィは説明する。だから厳重に管理されているもんなんだとさ。


「だから、これは内緒ね、ポレット」

「はーい、大丈夫大丈夫」


 つまり、ノインがその存在を知っているだけじゃなく、所持できるほどの人物だって意味になるじゃん。その結論に達しただろう相棒は、口を開きかけて諦める。訊いたところで、言葉を濁すしかないルテヴィを思いやったんだろう。


「秘密ですね。魔獣避けが施されているような貴族街にはご縁が無いので、それほど気にしなくてもよさそうですけど」

 冗談めかして誤魔化したな。

「普通はそうね」

「だよねー」

 笑い飛ばしていいのか?

「ともあれ、さすがわたくしの友人ね、ポレット」

「なあに?」

「フュリーエンヌほどの人を友達に選ぶくらい人物眼に優れているって意味」


 ポレットは身悶えしてる。褒められたのが嬉しいんだか、王族にはっきりと友人と言われたのが嬉しいんだか分からないけどな。


   ◇      ◇      ◇


 それから一巡いっしゅうかんほどで旅立つと告げるとポレットは引き留めてくる。


「もっとゆっくりしてもいいのに。ホルムトのお祭りは盛大なんだよ。一緒に回りたいな」

「ありがとう。でも、そうはいかないみたい」

 厳しそうだもんな。

「どうして?」

「殿下に随伴されていた方々の反応を見たでしょ?」


 俺が魔獣だと知った途端に、政務官たちは半ルステン6m以内にも近付きたがらなくなった。平静だったのはお姫様の秘書官くらい。あの雌は肝が据わってたな。


「ね? 黒縞牛ストライプカウの虫落としにだって怯えるような方々ばかり。あれが普通なの。魔獣は怖ろしいものだって心に刻み付けられているのよ」

「あの人たちなんて視察の時くらいしかやってこないんだから、気にしなくたっていいのに」

 そうもいかないだろ?

「あの方々にとって、わたしやキグノは目障りなの。殿下を始めとした王族の方を思うあまり、危害が及ぶ可能性である大型肉食魔獣は排除したいって考えるかもしれないでしょ? その時、牧場に迷惑を掛けてしまうんだもの。それが嫌なの」

「むー! 分からず屋ばっかりなんだから! キグノはこんなに優しいのに」

 そう言ってくれるのは嬉しいぜ、ポレットぺろぺろ。


 だが、現実問題として相棒が告げた内容は可能性として絶対に捨て切れない。俺たちは、こんな都市になんて住めるわけがないのさ。


「ありがとう、ポレット。あなたはずっと友達よ」

「私だって。また遊びに来てくれるの待ってるから」


 二人ともよく言った。舐め倒すぜぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

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