迷子の仔猫(6)

 悪い予感っていうのは当たるもんで、相棒の予言はその通りになっちまった。


「ホルス、うちの息子がお前のとこのそいつに噛まれて大変なことになっているんだがどういうつもりだ?」

 こいつ、クリントの親父か。

「すまない、ジダート。そういったことがあったとは聞いている。ただし、クリントもずいぶんと乱暴だったとも聞いているんだが」

「何があったかはとりあえず置いておいて、どうやらうちのは魔獣に噛まれて病気になったという話だ。命に関わったり、後遺症が残るようだとそちらの責任を問わざるを得ないだろう?」

 ああん?

「本当か?」

「あまりに痛がるんで治療院に連れていったがどうにも治らない。原因を訊かれて魔獣に噛まれたんだと言ったら、魔法士は魔獣の持っている病気が移ったのかもしれないと診断したんだぞ」


 妙な話だ。確かにこの小僧、足を引きずってる。病気だといわれりゃそうなのかもしれない。

 でもだ、それだったら軽くとはいえロロに噛まれたり引っ掻かれたりしてきたロイスが真っ先に病気になってるはずじゃん。


「そんなことはあり得ません。万が一のことを考えて傷を塞ぐ前に消毒ディシンを使いました。感染症の心配はないはずです」

 辺境暮らしだからそういうのには慣れてるんだぜ?

「誰だ、あんたは?」

「こちらでお世話になってるフュリーエンヌという治癒魔法士です。息子さんの治療はわたしが行いました。責任なら私にもあるでしょう」

「なるほど。病気にはならないような治療をしたと?」

 決まってる。

「そんな娘の言うことなんか当てにならないぞ!」

 でかい声だな。


 その頃になると揉め事と知って人だかりができてる。その中からどっかで聞いた声が上がった。こいつ、あの冒険者の兄ちゃんじゃないか。確かダグズとかいう。


「魔獣は何するか分からないんだからな! どんなヤバい病気を持ってるかもしれない! だから俺は危ないってずっと言い続けてたんだ!」

 人だかりを味方にする気だな?

「俺の言うことを信じてたらクリントはこんなにはならなかった! あの犬だって魔獣なんだぞ? いつ襲ってくるか分からない!」

「あなたは……!」

 どこにでもこんな手合いはいるんだよな。

「どうした! 反論できないだろう!」


 でかい声に煽動された人だかりは、俺を怖れたのか輪を拡げてる。


「自分勝手な主張など聞けません」

 言ってやれ、相棒。

「あなたはキグノを危険だとおっしゃりたいのですね?」

「そうだ。そいつも魔獣だから……」

「本意ではありませんが、わたしが『魔犬使い』という二つ名をいただいているのは冒険者ギルドも把握しているようです。有益な存在だと認定されているキグノを危険視するということは、ギルドの決定に疑念を抱いているという意味になりますがよろしいんですね?」

 論理的じゃん。

「げ、いや、そうとは……」

「おっしゃりませんよね!?」

「言わない! 言わないから、ギルドに報告するんじゃないぞ!」


 さっさと逃げちまいやがんの。さてはあいつ、素行不良でギルドに目を付けられでもしてるな?


 ダグズの行動を見て大きく空気が変わったのが分かる。相棒が二つ名を持つような有名な冒険者だと認識したせいもあるだろう。相棒の頬が赤いのは興奮してるんだか、恥ずかしいのを我慢してるんだか分からないけどな。


「クリントが悪いのよ。だってロイスを殴ろうとしたんだもの」

「そう! ロロを蹴るから、私、怖かったんだもん」

 ほら、あの雌二人からも援護が来てるぞ。

「もう一度、受診されるのをお勧めします」

「うーん。しかし、息子は痛がっているんだが?」

「本当に痛いんだって、父ちゃん!」


 幻惑の霧を纏うと、そっと後ろに回り込む。そんで、クリントの横で急に頭だけ覗かせてやった。


「ぎゃっ! ま、魔獣だ!」

 邪険にするなよ。

「助けて!」

 舐めてやろうって言ってんだ。


 それよりいいのか? 今、俺の頭を蹴りつけてんのは、お前がずっと痛いって言い続けている足だぜ? 容赦なく蹴ってるけど痛くないのかよ。


「あ!」

「クリント、お前、仮病だったのか?」

「いや、違う。父ちゃん、痛かったんだ。びっくりしたから、つい……」


 クリントの親父は襟首を掴んで吊り上げる。そんで両足をじたばたさせてたら駄目なんじゃないか?


「すまん、ホルス。馬鹿な息子が迷惑を掛けたらしい」

「いいさ、ジダート。子供のしたことだ。水に流そうじゃないか」

 おおらかだな、親父さん。

「どうもこいつは道具屋のうちが魔法具屋のそっちとライバルだと思っているようでな、突っ掛かっていってるみたいなんだ。帰ってからがっつり叱っておくから許してやってくれ」

「客層の違いとか、難しいことはまだ分からないだろう。ほどほどにな?」

「ああ。悪かったな、ロイス」


 安心して力が抜けているロイスの頭に手を置くと、ジダートはクリントを引きずって帰っていった。ありゃ、相当絞られちまいそうだな。


「良かったね、ロイス」

「うん。ありがとう、リーエ」

「ロロも」

みぎゃうありがとー


 ぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

 いやだからそれは俺の役目だって言ってんじゃん!

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