迷子の仔猫(5)

 あれから三陽みっか。相棒はロイスを託児院に連れていって気を逸らせ続けてくれている。ロロに夢中になって掛かり切りにさせないためだ。

 その間に俺は無自覚な仔猫に人間社会での力加減を教え込んだり、外に連れ出しては狩りをさせて、野に帰っても何とか生きていけるように練習させている。

 ロロが野生を忘れちゃ駄目じゃん。かえって苦労するのは目に見えてる。


「ねえねえ、明陽あすねむりだから託児はないんだ。マージやフェリーナがロロを見たいって言っているから、会わせてあげてもいい?」

「ロロのことを話したのかい?」

「ううん、僕が連れているのを見たんだって。それで触ってみたいって」

 雌の友達の興味か。断りたくない気持ちも分かるし、ロロも加減のほうはできるようになってきたから大丈夫だろ。

「どうなんだろうか?」

「構わないと思います。キグノも尻尾を立てているので」

「よかった! 二人を悲しませないですむや」

 手ぶらで行っちゃ顔が立たないもんな。


 晩メシの席で予定が決まる。打てる手は打ってるから問題ないと思うけどな。

 話の主役は丸々として眠りこけてやがる。う……、ちょっと太ってきちまったか?


   ◇      ◇      ◇


 ロイスは町の中の空いた場所で待ち合わせしていた。何かあってはいけないので、俺と相棒も当然付き合っている。

 そこには子供の雌二人が待っていて、ロロを連れていくとすぐに駆け寄ってきた。


「かわいい」

「本当、人懐っこい」

 そりゃ人間の相手も優しくするように教え込んだからな。

「あはは、舌がざらっとしてるー」

「抱っこしてもいい?」

「うん、平気だよ、フェリーナ」


 一人に抱かれたロロはもう一人のマージって雌に撫でまくられてる。多少扱いが雑だけど、これくらいなら我慢するよう言ってあるから大丈夫だろう。


「でも、この子、大きくなるんでしょう?」

「え、誰に聞いたの?」

「ダグズが言いふらしてるよ」

 あの冒険者の兄ちゃんか。

「魔獣だから危険なんだって。でも大人しくて危険な感じしないね」

「そうだよ、マージ。ロロは危険なんかじゃないから」

「うん、そうみたい」

 とりあえずは問題にはならなさそうだな。


 だが、「見つけたぞ」と言いつつ、そこへ分け入ってきた奴がいた。なんだこの雄の子供は?


「クリント! どうしてここが?」

「探したぞ。なんだ今度は? 余所者の女の次は魔獣か? そんなにしてフェリーナやマージに良い顔したいのかよ!」

「違う! 二人がロロに触りたいって言うから会わせただけだよ」


 なんだ。自分が雌にモテないからって嫉妬か。そんなつまらない口きいているうちは余計に嫌われるだけじゃん。


「ダグズに聞いたぞ。こいつ、魔獣なんだろ。だったら強いのか? 俺はこんな奴怖くないぞ。強いんだ!」

みぎゃ痛い!」

「なんてことするんだよ!」

 おいおい、やめろ。

「クリント、おやめなさい。何もしていないロロを蹴ったりしたらいけないわ」

「なんだよ、余所者の癖に偉そうに! いけなくなんてないんだって! 魔獣は殺してもいいんだからな。討伐だ、討伐!」

「やめなさい!」


 クリントは仔猫を叩き続け、怖がったフェリーナはつい放してしまった。


 堪えろ。

みゅーうん

「こうしてやる!」

「駄目だ! やめろよ!」


 足を振り被ったクリントの前にロイスが割り込む。ロロを蹴るのはやめたが、今度はロイスへ拳を固めて殴りかかりやがった。


「討伐の邪魔だ!」

「やめろって言ってるだろ!」

「ぎゃっ! 痛い痛い! うああー!」


 ロイスを殴ろうとしたクリントに、ロロは咄嗟に噛み付いた。本能的に守ろうとしたんだな。俺も割り込む機を逸していたが、こいつはマズい。


「ああー! 魔獣に噛まれた! 死んじゃう!」

 仔猫が噛んだくらいで泣き叫ぶなよ。

「大人しくしなさい、クリント。消毒ディシン治癒キュア

 ほれ、もう傷は消えたぞ。痛くもないだろ?


 すぐにロッドリングをかざして相棒が治療を施す。濡れた布で流れた血を拭うと、傷痕の確認をしていた。

 雌二人は怯えた顔で手を取り合っているが何もできない。ロイスも仔猫を抱き上げて呆然としちまってる。


「はい、これで問題ないはず。あなたも悪いのよ。反省なさい」

「……たい」

「え?」

 なんだと?

「痛い! 痛い痛い痛い! 魔獣が噛んだ! 俺を殺そうとしたんだな!」

「そんなわけないよ!」

「絶対に許さないからな!」


 そう言いながらクリントって雄は逃げていきやがった。フェリーナとマージも面倒なことになったと思ったのか及び腰になってる。


「ごめんなさい」

「行くね」

「うん……」

 まあ、興味本位じゃな。


 参ったな。どうにもいけない。

「ごめんね」

 悪いとは分かってるな、ロロ?

「うん」


 俺からは何とも言えない。こいつの気持ちも分かるし、リーエを守るためなら実力行使もする。ただ、果たして牙を立てるほどだったかといえば微妙な線だもんな。


   ◇      ◇      ◇


「そんなことがあったんだね」

「すみません。わたしが付いていながら」

「いや、君の所為じゃない」

 悪かったな、親父さん。

「リーエは悪くないよ! 僕が!」

「分かっているな?」

「はい……。でも、ロロも悪くないんだ。守ろうとしてくれたから!」


 そこで抱き締めて庇っちゃ駄目なんだぜ、ロイス。まず叱らなきゃいけない。それだとお前はここでロロとは暮らせない。


「おかしなことにならなければいいのですが」


 俺もそう思うぜ、相棒すりすーりすりすり。

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