迷子の仔猫(3)

 放っとくと色々と目移りして駆け出しちまうもんだから、ロロは俺の背中に掴まらせてある。


「もふもふであったかい」

 寝てもいいが涎はたらすなよ。

「うん……」

 怪しいじゃん。


 八歳の人間の雄の腕にはこいつは重すぎるだろう。抱っこから解放されてほっとしたロイスは相棒に理由を話し始めてる。


「前の雲のに町の外に遊びに行ったんだ。友達の都合が悪くなったから一人で」

一巡むいか前のことね」

 それもどうかと思うぜ、あの怖ろしい山の近くで。まあ、この辺りの子供は慣れちまってんだろうが。

「そしたらロロも一人でとぼとぼと歩いてた。足の傷からはまだ血が出てたからいけないと思って、連れて帰ってとりあえず包帯をして血を止めて」

「治してあげたいと思って治療院に連れていったの?」

「うん。でも人間以外は駄目だって。お小遣い全部持っていったのに」

 そりゃ言い訳。魔力に余裕があれば犬猫でも治癒を掛けてくれるかも。


 ちょっとした探検がこいつとロロを出会わせたんだな。

 だが、ロイスが魔境山脈が見える辺りまで行けば相当危険な状態だったはずだろうし、親とはぐれて怪我してるロロが彷徨っているのもかなりヤバい状態だっただろう。

 少年ロイスが無事に町に帰りつけたのも、怪我した仔猫ロロが保護されたのも、たまたまのことに過ぎない。ただ、その偶然がこの奇妙な状況を生み出しちまったか。


「うち、ここ」

「へえ、魔法具店ね」

 着いたはいいが眠りこけてんじゃん。誰か涎たらしてないか見てくれ。

「お帰り、ロイス。そちらは?」

「リーエだよ、母さん」

「フュリーエンヌと申します。この子のことで少し縁がありましてお邪魔しました」

 ロロを撫でてないで見てくれ、相棒。涎、大丈夫か?


 そう聞いたロイスの母親だっていう雌の表情が曇る。ロロのことは家族内でも考えものだと思ってるはずだもんな。


「アムリナよ、リーエさん。その猫のことで迷惑かけたの?」

 とりあえず猫ってことにしときたいのか。

「いえ。ただ、わたしはこの問題をなんとかしたいと感じただけです、アムリナさん」

「問題、ね」

「ロロは大牙獅子グレートファングという魔獣の仔のようです。そして、キグノ、わたしの家族も闇犬ナイトドッグという魔獣なんです」


 問題と聞いて顔色の変わったアムリナも、リーエが告げた事実に目を瞠ってる。驚きもするだろう。でも、その意味をよく考えてみてくれ。

 表に休憩中の札を下ろし、戸締りをしたお袋さんは俺たちを奥へと誘う。裏手は工房になっているみたいで、そこで汗して働いている雄が居た。


「ここの主人、ホルスだ。この子の父親だよ、リーエさん」

 まあ、親父だろうな。

「リーエで結構です。まだまだ若輩の身なので。ご主人は、えっと……、刻印士なのでしょうか?」


 聞かない職業だな。相棒も眉根を寄せたところをみると珍しい種類の職業で、あまり口にすることのない単語なんだな。

 聞けば、魔法具に魔法文字を刻印するそのまんまの職業らしい。適性属性が足りない魔法士見習いが魔法文字を習って転身したりするんだとさ。


 ホルスの場合は、適性は光にしか出なかったけど魔力容量は人並み以上だったって話。だから、魔法の知識を活かして刻印士をしつつ、魔力屋もやっているみたいだ。魔石に魔力を充填するやつな。

 親父さんがこの工房で魔法具を作りながら、お袋さんが表の魔法具屋を切り盛りする。そんな一家だな。


「君は詳しそうだな。上がってくれ。良かったらうちに泊まりなさい」

 若い娘に世話になるなら寝床くらいは提供するってか。

「やったー! 上だよ、リーエ」

みゅうあれ?」

 起きたか?

みぎゃぐるうおうちに着いてる

 涎たらしてないよな? 頼むぜ。


   ◇      ◇      ◇


 痛いぜ。お前、強過ぎなんだよ。

「え、痛いのー?」


 食卓の横で早々に晩メシを終わらせた俺にロロがじゃれ付いてきたんだけど、噛みつき方の加減がなっていない。


 甘噛みっていうのはこうだ。人間は皮が薄いからすぐ穴空いちまうから気を付けるんだぞ?

「ちょっぴりしか力入れちゃ駄目なんだねー?」

 そうだ。そんな感じ。

「これならロイスを痛くしなくて済む?」

 憶えとけ。


 どうやらメシをくれるから懐いているだけじゃなく、結構ロイスのことが好きみたいだ。それはそれで厄介なんだがな。


「キグノがロロを噛んでるよ。大丈夫? ロロも反撃してるけど」

「あれはね、キグノが甘噛みするときの加減を教えてあげているの」

 そうだぜ。

「普通は兄弟同士で噛み合って憶えるものみたいだけど、それができないとちょっと苦労するわ。わたしも仔犬の頃のキグノにはいっぱい噛みつかれたり引っ掻かれたりしたの。血が出るくらい」

「怒らなかったの?」

「叱れないでしょ? だって少しでも血が出たら、申し訳なさそうにずっと傷口を舐めているのよ。悪いことしたって分かっているのに、それ以上に痛くしたら可哀想じゃない」

 やめてくれ。恥ずかしい過去を。

「遊んでいるつもりなの。でも、力が強いから加減が大変なのね。わたしとキグノは一緒に学んだけど、ロロには彼が教えてくれているから」

「あなたが来てくれて本当に助かるわ、リーエ」


 夫婦の機嫌はかなり良くなってるな。歓迎されて嬉しいだろ、相棒?


 毛繕いはこうだぺろぺろ。

「こうぺろぺろ?」


 このくらいでもいいぜぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

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