迷子の仔猫(2)

 れーろれーろ……。

「気持ちいー」


 はっ、子供の匂いがするからつい毛繕いしちゃったじゃん!

 違う違う! 問題はこいつだ、こいつ! いくらこんな魔境山脈近くの辺鄙な宿場町とはいえ、どう見ても猫科の大型肉食魔獣が居ていいところじゃない!


 お前、なんでこんなところに……、ってか怪我してんのか?

「大きな鹿が角でドーンって」

 いや、ドーンされたからって人間の町に来ちゃ駄目だろ?

「逃げてたらお父さんもお母さんも分からなくなって、傷も痛いからぺろぺろしてたらちっちゃい人間が来て連れてきてくれたんだよ。お腹いっぱい食べさせてくれて……」

「ロロー!」

 まさか……。


 少年が金髪をなびかせながら走ってきた。俺の前にいる仔猫を焦ったように抱き上げて、訝しげに相棒を見てくる。


「お姉ちゃん、なに? ロロに犬をけしかけてどうしようっていうの?」

「ううん、別に何もしないよ。でも、その子は……」

「猫だよ! うちの猫!」

 そりゃ無理があるぜ。

「ねえ、話をしましょう? その前に仔猫の治療をさせて」

「え? お姉ちゃん、治癒が使えるの?」

「ええ、わたしは治癒魔法士よ」

 見せとけ見せとけ。

「良かった。困ってたんだ」


 仔猫、ロロっていうらしいが、こいつの傷は受けてから割と時間が経ってる。まだ幼いから治りも早くて、後ろ脚の傷そのものは癒えつつあるがまだ痛いだろうな。


「温かくてふわっとするー」

 相棒の治癒は効くぞ。

「もう痛くないや。傷も無い。はげてるけど」

 毛までは治らないって。

「この人間、優しいね」

 だろ?


 ロロは「ありがとー」と言いながら、傷痕の様子を見るリーエの手を舐めてる。


「もう大丈夫みたい。あはは、ざりざりしてちょっと痛いよ」

 あ、こら! お前、舐め方が下手なんだ。もっと撫でるように舐めろ。

みぎゃこう?」

「うん、痛くなくなった。ありがとね」

ぎゃう僕もー


 微笑んだ相棒は仔猫の喉を撫で、盛大にぐるぐる言わせてる。


「お姉ちゃん、ありがとう。疑ってごめんなさい。治療院で頼んだけど、ロロに治癒キュアを使ってくれる人いなかったんだ」

 当たり前だろ。どっから見ても肉食獣の仔じゃな。

「わたしは気にしないけど、普通の人は怖がるからね。許してあげて」

「うん」

 なんでまた、魔獣の仔猫なんぞ拾ってきたんだ?

「僕はロイス。お姉ちゃんは?」

「フュリーエンヌ。リーエよ」

「それじゃ、お姉ちゃん。僕の……」

 なんか来たぞ。

「ロイス! お前、まだそいつを連れてたのか? さっさと捨ててこいって言ったはずだぞ? じゃないと俺が狩るしかない!」

「ダグズ! だからロロはうちの猫だって言ったじゃんか!」

「どこが猫だ! こいつは大牙獅子グレートファングの仔だろうが、間違いなく」

 おー、ライオンの仔かよ。


 冒険者っぽい兄ちゃんが都合よく教えてくれた。

 少し黄色っぽい薄茶色のふわふわした短い毛のロロには、ところどころ黒い斑紋がある。これは大きくなるにつれて消えるんだよな。そんで、雄だから派手なたてがみが生えてくる。大牙ってくらいだから牙も伸びるんだろう。属性はなんだっけ? あとで調べてもらうか。


「殺すってどういうことです? この子が何かしましたか? それともこの辺りでは大牙獅子が被害を出しているんですか? 確か、あまり人間には近付かない種のはずですけど」

「いや、だって魔獣だぜ?」

「だから何なんです? 今だってロイスに抱かれて大人しくしているではありませんか?」

 でかすぎて尻尾が地面まで垂れてるけどな。

「何言ってる? お前だって冒険者……。おい待て、犬連れで紫の髪の女だと? まさか、『魔犬使い』か?」

 お、知ってるな。こいつは好都合じゃん。


 特に威嚇するでもなく俺が前に出て近付くと、ダグズとかいう冒険者の雄は腰が引けたように後退ってく。ほれほれ、ここは退いとけ。相棒がご機嫌斜めだ。


「ちょっと、おい! この馬鹿でっかいのが魔獣なのか? どれだけヤバいんだ!」

 抜くなよ。その手で剣を抜けばただで済ませられなくなるぜぺろん。

「ひっ! なんで舐めるんだよ! 味見か!?」

 お前まで食われたがるのかよ。

「うう……。魔犬使い! ここは見逃すから、お前が責任とれよ!」


 捨て台詞残して逃げ出すとか、雄として情けなくないか? 軽く舐めてやっただけじゃん。


「わあ、ダグズが逃げていっちゃった。リーエってもしかしてすごく強い冒険者だったりする?」

「ち、違うのよ!」

「憧れちゃうなぁ。大の男まで逃げ出すとか格好良いじゃん!」

 期待に応えなよ、相棒。

「そ、そうじゃなくてね、わたしが実績上げているのはキグノが強いからなの。ほら、強そうでしょう?」

「へぇー」


 ロイスは怖れげもなく俺の藍色の瞳を覗き込んでる。リーエと同じタイプか?


「キグノー? 強いのー?」

「旦那は強いでやんすよ」

「でも鳥のほうが大きいよ? 嘴も大きいー」

 な? 凶悪そうだろ?

「おいらは善良な鳥でやんすー!」

「そうなんだー」


 まったく。屈託の無い仔猫だぜ。だからって人間の町に住むには問題あるよな。こいつはたぶん、俺よりでかくなるだろうからな。さて、どうしたもんだ?


 まずは舐め方の手本を見せてやろう。こう、優しくぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

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