銀の女王(2)
水の温度はステインガルドのあの小川みたいに程よく温い。あそこに比べたらずいぶんと南のはずなのにこれだけ暖かいってことは、この山脈に吹き付ける風が相当湿気を含んでて暑気が抜けにくいんだろうな。西方はかなり暑いって思っておいたほうが良さそうじゃん。
「ふぅ、気持ちいい。ちょうど良い感じでびっくりしちゃう。キグノも来て。洗っちゃいましょ?」
まあ、この状況じゃ仕方ないか。
ラウディの野郎は綺麗好きだから、さっきから相棒の横で水浴びしてやがる。嘴を使って器用に羽の奥まで入った埃も落としているから感心するぜ。
「はい、じゃばー」
仔犬じゃないんだから擬音まで入れなくても我慢するって。
相棒は薬草の洗浄成分を固めた洗剤を使って髪と身体を流し、俺の身体も泡立てた後に備え付けの桶で水を掛けてる。
もう綺麗になっただろ? あっちでぶるぶるするぜ?
身体の水気を振るい落としたらリーエのとこに戻る。
そういえば髪も伸びたな。村にいた頃は切り揃えていた薄紫の髪も、旅暮らしを始めてから鋏を入れてない。肩までだった髪が背中辺りまで伸びちまってる。
ちょっと背も伸びたか? それ以上に人間の雌っぽく、色んなとこが丸みを帯びてきているから、全体のバランスが変わらなくてあまり実感できない。
きっと親父さんが言ってたみたいに、お袋さんみたいな別嬪に育ってきてるんだろ。寄り付く虫も増えてくるかもな。
「こんな素晴らしい設備を維持できるくらいメルクトゥーもホルツレインも栄えているんだね? ただで使わせてもらうのやっぱり悪いなぁ」
気にしなくても、西方でだってお前の
「あの金属板が魔獣避け刻印なんでしょ? だから安全に使えるんだね」
ああ、あの河原のやつな。
河原に上がって服を着た相棒は温風魔法具とブラシを取り出して毛並を整えてくれる。気持ち良いぜ。しかし、誰もやって来ないな。
すまん、相棒、見逃してた。
「どうしたの?」
これはどうにもならない。覚悟してくれ。旅もここまでだ。悪かった。
「なにか来る!」
言い訳じゃないが空間魔力量は桁違いに高い。そのうえ川の水も普通より魔力を含んでる。その所為で魔法の発現に気付かなかった。こいつは幻惑の魔法の一種だ。今、ここには誰も近付けないようになってる。
くそ、俺の領分なのに気付けないなんてどうにかしてる。それだけ相手のほうが遥かに上手なだけなんだがよ。こんなとんでもない奴からお前を守り切るのは無理だ。
「ドラ……、ゴン?」
すごいのが出てきたなー。
金属光沢をもつ銀色のドラゴンが、衝撃波も派手な暴風も伴うことなく、ふわりと降りてきやがった。なんでだ? 俺、こんなのの腹に収まるような悪いことしたっけ?
「え、どうして? 魔獣避け魔法陣は?」
「我らにはそんな薄弱な魔法は通じなくてよ」
「わ! 言葉が通じるの!」
あー、人語くらいは普通に通じるだろうなー。
「あなたの言葉も理解していてよ?」
マジか! 迂闊なこと言えないじゃん!
「それほど狭量ではないと言っておくわ」
「……キグノともしゃべれるんだ。いいなー」
そこか、相棒!?
このしゃべり方からして雌か。なにせ見分けとかそういうレベルの相手じゃない。
鼻先から尻尾の先までといったら、たぶん
「えーっと、わたし、何か怒らせるようなことしましたでしょうか?」
「していないわ。人族の娘」
「あ、フュリーエンヌと申します」
……普通に会話するのかよ。
「なるほど。わたくし相手でも臆さないのね? それで獰猛な部類に属する魔獣と行動をともにしても平気なのかしら? どちらにせよ、礼儀は守らないといけないわね。わたくしは『空を統べるもの』銀の王クージェルベスティナエウーゼン」
長いな! っていうか、とんでもない大物じゃん!
「な、長いですね」
「ふふふ、呼吸が合うのね。お好きに呼びなさい」
「じゃあ、クージェ様で」
呆れたことに相棒はもう会話に馴染みつつある。度胸があるとか、肝が据わってるとかそういうんじゃないだろう。
リーエの場合、きっと相手が何であろうと関係ない。尊敬できる相手か、敬意を払えない相手か、或いは話も通じないような相手かくらいの違いしかないんじゃないかと思ってる。
で、女王様は何がお気に召さない? あんたはそうそう人前に姿をさらすような存在じゃないんだろ?
「あら、怯えないのね? あなたみたいな子ほど能力の違いが明確に分かるんじゃなくて?」
分かるから怯えないのさ。何もかもが無駄だ。怯えて平伏したところで意味がない。
「どういう意味?」
何をしたって、あんたが気紛れにちょっと指先を動かしただけで俺はぺちゃんこだ。なのに腹を見せりゃ許してくれるってのか? 何があんたの気に入らないかも分からないのに?
「道理ね。みっともなく命乞いされるのも確かに気に障るわ」
だろ?
まったく緊張で欠伸が出ちまうぜふぁーふあふあふあー。
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