銀の女王(3)

 上空に浮遊していた銀の女王クージェは、風が巻くとともに瞬時に小さくなってしまうと、ゆっくりと河原へと舞い降りてきた。


「わあー、人間にもなれるんですね!」

「このほうが話しやすいでしょう?」

「はい」

 存在感は変わらないけどな。

「だから、あなたを潰したりはしないと言っているでしょう? そんな事をすれば、彼を怒らせてしまうわ」

 彼?

「無為な殺生を嫌うのよ、彼。人間でありながら神の強さを持つ男。あなたたちは武神と呼んでいるんじゃなくて?」

「武神様ですか」

「そう。彼を怒らせれば、わたくしとて銀の王の地位を追われるばかりか、存在そのものを消滅させられるかもしれないわ」

 そんな人間が居るのか。


 とんでもない存在感を放っているクージェは、見た目人間の雌になってる。

 地まで届こうかという長い銀色の髪に銀の瞳。胸元から足首までを覆うシンプルな銀色のドレスを纏ってる。それだって何かを変化させたものなんだろうけどな。

 凹凸も豊かで人間の雄なら盛ってるところだろうし、相棒が顔を赤くして見上げているところを見ると、造作も相当のもんなんだろうな。ありゃ、憧れとかそんな感じの反応だ。

 とにかく魔法の扱いにかけては魔獣どころか人間の比じゃない。平気で姿まで変えるとか、いったい何をどうしてるかさえ想像もつかないじゃん。


「じゃあ、クージェ様はどうしてここに? お散歩の途中か何かですか?」

「興味をそそられたの」

 嫌な予感しかしないし。

「わたし、何の変哲もない人間ですけど」

「そうね」

 あ、ちょっと傷付いてんな。

「あなたは性質よりは感性のほうに興味があるわ、フュリーエンヌ。でも、わたくしが気になったのはこの子」

 やっぱりか。あ、でも撫で方は上手いな。舐め返しとこうぺろぺろ。

「キグノですか」

「そう。キグノっていうの? 彼くらい魔法構成に踏み込んでいってしまった魔獣は、だいたい変異してしまうのよ」

「変異!」

 おい、それ!


 変異っていうのは、後天的に脳に異常が発生する病気のようなものじゃないのか? 今の言い方だとより高度な魔法を使おうとすると、魔獣は変異してしまうって意味になるぞ。


「あの大きくなり過ぎてしまう魔獣のことですか?」

「ええ、まともな思考も奪われてしまうみたい。元来、魔獣の脳は魔法構成を編めるほど発達していないの。感覚的に使っているもの」

 お見通しか。

「でも、より大きな魔法力を求めてしまう個体が時折り現れてしまう。脳に掛かった負荷は障害を起こし、成長に関わる脳の一部をも壊してしまう。それがあんな形で表れて問題になってしまうのよ」

「それが変異種の原因なんですか」

「キグノも変異してもおかしくないくらいの魔法力を持っているわ。なのに変異しない。不思議に思ってもおかしくないでしょう?」

 ってことは、俺の行動を観察してたのか?


 つまり堅刃ロブストブレードを使った戦闘を監視されてたってことになる。全然気付いてなかったぜ。


「同胞があなたのことを報告してきた時は驚いたの」

 それで目を付けられちまったか。

「ふふ、あの面白い魔法を見せてもらった時はわくわくしてしまってよ」

 困った女王様だな。じゃあ種明かししないといけないか。


 俺はクージェに魔法構成を習得した過程を説明した。仔犬の頃から相棒と暮らしてたからだってな。


「ふうん、つまり脳の構造の差異よりは、成長環境に寄与する部分のほうが大きいと考えるべきかしら?」

 あんたほどの大物がそんなに興味を惹かれるようなことか? もしかして暇なのか?

「暇だといえば暇ね。我らの役目は空を飛び回ること。何か面白いものを探してでもいないと飽きてしまうもの」

 そりゃ失礼。俺なんかにゃ計り知れない理由があんだろ。

「そうね。二十前に先代より銀の王の位を受け継いだ時は気負っていたものだけど、今はそこに在るだけで良いのだと思えるようになってよ」

 そうしてくれ。頑張れば頑張るほど面倒なことになりそうな立場だしな。

「うふふ、わたくしにそんなこという子はあなたが初めて」


 クージェは愉快そうにころころと笑う。妙なのに気に入られたか?


「それで、キグノは大丈夫なのでしょうか? 変異種になったりするんですか?」

「分からないわ。でも、特殊な魔獣なのは分かったの。あなたたちが可能性を見せて、わたくしに」

「そうしたら人と魔獣の関係を変えることはできるのでしょうか?」

 それは大願だな、相棒。

「容易ではないわね。でも、そういう潮流が起こりつつあるのだけは確かかしら」


 銀の女王は、希望への投資として贈り物をくれるんだとさ。

 相棒はレジストリングをもらった。防御が苦手なリーエにはぴったりじゃん。かなり強力な魔法散乱レジストが張れるらしい。

 ラウディは体型に合わせた鞍を作ってもらった。木製だが、簡単な背もたれも付いた見事な品だ。


「それでどうかしら?」

 ありがたいね。この首輪は優しいフラグレンがくれたもんだからお気に入りなんだ。


 俺には首輪の金属板だ。皮の部分は変えないで、金属板だけ相当良い材質に変えてくれた。少々の刃物じゃ斬れないとさ。


「お世話になりました、クージェ様」

「構わなくてよ。よい旅を」

 あんたを楽しませられるよう、せいぜい頑張ってみるさ。

「そうしてちょうだい」


 額にキスしてきたクージェの頬を舐める。ドラゴンを味わう機会なんてそうはないじゃんぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る