銀の女王(1)

「通行料は48ガテ480円です」

 安いな。こんなすごい設備なのに。


 ラウディを引く相棒と俺の前には巨大な穴が口を広げてる。ここは魔境山脈横断隧道トンネルの入り口。いくつもの山を隧道で通過し、間を繋ぐ林道を通らないと西方へは行けない。

 それでも、危険かつ時間を食う船旅無しで西方へと渡れるんだから、この隧道はとてつもなく重要な役割を担っている。隔絶山脈横断隧道トンネルと並んで、現在の大陸の大動脈だと言ってもいいと思うぜ。


「はい、すぐに。あの、犬とかセネル鳥せねるちょうも料金が必要なのでしょうか?」

「いえ、設定しておりません。もしかして、あなたも冒険者なのではありませんか? 冒険者徽章を提示いただければ無料で通行できますよ」

 おお、ただなのかよ。

「そうなんですか!? なんか申し訳無いのですけど?」

「いえいえ、安全を担う方々の通行の障害になるようでは、街道は成り立ちませんので」


 どうやら通行税なんかと同じ考えらしい。商用や娯楽での通行には料金が発生するが、保安要員の負担にはならないようになってるんだろう。そうしないと人の行き来が滞ってしまうんだろうな。


 俺がくんかくんかしてすりすりすると係員のお姉ちゃんは笑顔で対応してくれた。こういう時は愛想を振り撒いておくに限るぜ。

 相棒も慌てて徽章を取り出して見せると、何度も頭を下げながら隧道へと入っていく。


「えへへ、つい通行税を払うのは当たり前だと思っちゃった」

 親父さんと一緒の時は普通だったもんな。

「未だに慣れないなぁ」

 仕方ないだろ。


 薄暗いながらも土魔法で平らに舗装された隧道内を歩きながら、相棒は恥ずかしそうにしてる。顔色までは分からないが、赤くなってるのかもしれないな。


「おいらにはちょっと暗いでやんす。ここは怖くて走れないでやんすよ」

 かもしれないな。俺には見通しが利いているが、お前やリーエにはちょっと暗めか?

「目が慣れるまでは乗るのは遠慮してほしいでやす」

 分かった。ゆっくりと行こうぜ。なんなら休憩したいところだな。


 俺は隧道の端っこのほうにある休憩所のほうへ足を向けた。相棒も釣られるようについてきて、意図するところを察してくれる。


「うん、お茶にしようね」

 水くれ。あと、腹に入れるもんも。


 休憩場所の周辺は魔法の灯り『光輝ブリリアント』の魔法具も多めに設置されて明るめにしてある。壁面からせり出すような作りの設備は魔法具コンロらしい。そこで調理をしたりお茶を沸かしたりできるようになってる。便利なもんだぜ。

 係員のお姉ちゃんが蓄魔器マジカルバッテリーの貸し出しもあるって言ってたのは、これのためだったんだな。魔力容量の小さい人間は、コンロを使って調理までできないじゃん?

 でも、リーエや俺にとって魔法具コンロを使うくらいの魔力容量なんて知れてる。起きている間でさえ一刻72分もあれば一食作るくらいの魔力は回復するぜ。実際にうちだと鍋の中身を温め直す程度のことは俺でもやってたし。


「はぁー、ほっとする。薄暗いから眠くなっちゃいそう」

 このパンも美味いぜ。メレスティで買ったやつ。

きゅう干し肉きゅるるう美味しいでやんす


 こうして落ち着けるのも魔獣避け除外刻印のお陰じゃん。ノインには感謝しとかないといけないな。もしかして、隧道ここを通るのが分かっていたから譲ってくれたのかもしれないな。


 魔境山脈なんて魔獣の巣みたいなもんだ。その密度からいったら隔絶山脈の上を行く。当たり前のように大型魔獣なんかも闊歩してるらしい。相棒に危険が及ばなきゃそんな連中とは戦いたくもないもんな。

 そんな場所に敷かれた街道なんだから、全面に魔獣避け魔法陣も敷かれてる。真っ当なら俺なんて絶対に立ち入れない場所じゃん。刻印が無きゃ、俺たちは乗せてくれる船を探すしかなかっただろうな。


「目も慣れてきたでやんすよ」

 じゃ、行くか。


 リーエのまたがったラウディが大股で歩き始めたのに合わせて小走りで並んだ。


   ◇      ◇      ◇


 隧道の中で一度夜営して一本目を抜けたんだけど……。


 こりゃ林道なんてもんじゃないだろ。

「すごいねー? 鬱蒼としてるね。密林だよ?」


 隔絶山脈と違ってほぼ広葉樹林で埋め尽くされ、更に下生えも豊かな森がまるで壁みたいに迫ってきてるじゃん。切り拓かれてなきゃほとんど見通し利かないんじゃないか? 迷い込んだら最後って感じがひしひしと伝わってくるぜ。


「危ない感じがするよね? 道を外れたら終わりかな。キグノがいれば平気かもしれないけど」

 いや、そんなに買い被らないでくれよ、相棒。こいつはヤバいぜ。

「でも気を付けていこうね? ラウディも明るいからってはしゃがないでね?」

きるきゅるり無理でやんすきゃきゃるきゅー森の奥からきゅりるらすごい気配がきゅるんきーしてるでやすから

 確かにな。無茶したら、大層なもてなしをしてくれそうだ。


 軽く腰の引けてるラウディを先導しながら小走りしていると、正面からは西方からの商隊や旅人が呑気に進んでくる。普通に挨拶を交わしたり、相棒を見て口笛を吹く若造なんかもいるが、あの気配を感じているならそんな真似はできないだろ? 安全な道だと慣れ切ってるんだろうな。


「あ、キグノ、水場があるんだって」

 親切じゃん。


 立て看板があって、小道が河辺へと繋がっていると書いてある。飲み水を補給したり、汗を流したりできるようになってるんだな。至れり尽くせりじゃん。


「なんか蒸し蒸ししてきたから汗流してもいい?」

 そうだな。俺も喉渇いたかも。


 小道の先に入り込むと割と幅のある川が流れてる。水もすごく綺麗だ。人間の集落に面してないからだな。

 水浴びできそうな囲いの場所へと相棒は走っていく。服を置いとく設備まであるじゃんか。


 まずは喉の渇きを癒すかぺろぺろぺろぺーろぺちょぺちょ。

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